承認欲求モンスター『ダンジョン配信』
完全にやってしまった。
明日は休みだからと、夜更かしをしすぎた。
空はうっすらと白み始めている。
これ以上は、生活リズムに関わる……そう分かってはいるのに、私は最も現代的で、低俗なジャンク小説に手を伸ばしてしまった。
近年、爆発的な勢いで増殖したジャンル。
それが『現代ダンジョン配信モノ』だ。
彼らはもう、異世界に転生する手間すらコストカットしている。
舞台は現代日本。
突如出現したダンジョンに、自律型ドローンと共に、己の無双っぷりをネット生配信するのだ。
否。
主人公は、それすらしないことが多い。
そう、たまたま他の人気者の配信に映り込んで、無自覚に無双するのだ。
0から1を作る努力の必要すらない「またオレ何かやっちゃいました?」の変則パターンだ。
このジャンルの真の主役は、主人公やその強さそのものではない。
画面の横で、恐ろしい速度で流れていくコメント欄の描写だ。
『おいなんだこの素人丸出しの奴は』
『逃げろぉぉ!死ぬぞぉぉ!』
『あぁ……もう、おしまいだあ……』
『おい嘘だろ、ボスの攻撃を素手で止めたぞ!?』
『うおおおおお! 同時視聴者数100万人突破!!!』
『世界ランク1位確定キタアアアア!!!』
画面の向こうの有象無象のネット民(=つまり、私のような読者たち)が、手のひらを返して狂ったように大騒ぎし、高額な投げ銭を雨あられと降らせる。
主人公を配信に映してしまったアイドル配信者は、そのまま主人公へ一目惚れし『メスの顔になってるw』とチャット欄で冷やかされる。
そんなお祭り騒ぎの描写を、私たちはただ指を動かしながら、何万文字も延々と読み進める。
――まさに、動画や配信をダラダラ見ながら食べる『スナック菓子』だ。
掲示板やチャット欄といった、ネット民にとっては実家のような安心感。
そして『ネット民のテンプレな反応』という人工的な旨味だけで構成されている。
小説内の『限界スパチャ配信』もどきを眺めながら、無意識に無限に食べてしまう。
ふと気づいたら袋が空(読了)――そんな中毒性がある。
なぜ、私たちはこんな架空のコメント欄を読んで、これほどまでに脳汁を分泌させてしまうのか。
それはこれが、現代人が抱くドロドロに煮詰まった承認欲求の、純度の高い縮図だからだ。
現実を生きる私たちは、何者でもない。
SNSにどれだけ渾身の投稿をしても、つく”いいね”は片手で数えるほど。
仕事の成果は組織の数字に埋もれ、街を歩けば数百万人の有象無象の一人として風景に溶ける。
誰からも、リアルタイムで注目されることなど、一生かかっても起こり得ない。
私たちの存在は、現代社会という名の砂漠の中で、乾ききっている。
だからこそ、私たちは『架空のネット民』の狂騒を、ダイレクトに自分に流し込む。
主人公が画面の向こうで剣を振るい、万単位の人間が「神降臨!!!」と狂喜乱舞する瞬間。
そのコメントの羅列を網膜に焼き付けているとき、脳は完全にバグを起こしている。
主人公に向けられているはずの、羨望と賞賛の嵐が、まるで『自身』に向けられているかのような、強烈な錯覚となって脳の芯を痺れさせるのだ。
物語を読んでいるのではない。
他人のバズを触媒に、文字で書かれた数字と記号に、熱狂しているだけだ。
しかし、生配信が終われば、アーカイブの向こう側は一瞬で静寂に包まれるように。
読み終えた後、静まり返った薄暗い部屋の中で、私は独りだ。
熱狂のあとに残されたのは、誰からも認知されず、誰のタイムラインにも載らない、ただの閲覧者の抜け殻のみ。
休みが終わればまた、仕事以外で通知の鳴らないスマートフォンをポケットに入れ、誰からも見られない透明人間としての日常が始まる。
流石にもう寝よう……。
そう思っているはずなのに、なぜか私の指は『幕間:掲示板の反応』をタップしている。
昼夜逆転は、免れなさそうだ。
※この作品はAIちゃんとの共同作品です。




