社畜の残業代は『内政無双』で支払われるか?
今日の私の脳が求めているのは、ギラギラした”攻撃の味”ではなかった。
もっとこう……ずっしりと胃に溜まる、主食のような”安心感(炭水化物)”だ。
近年、総合ランキングの勢力図を塗り替えた一つの巨大なジャンルがある。
『内政・事務処理無双』と呼ばれるものだ。
かつて異世界トランスファー(転生・転移)といえば、チートスキルや聖剣を握ってダンジョンや敵を圧倒していく冒険ものが主流だった。
しかし今のトレンドは違う。
主人公が剣の代わりに握りしめるのは、羽ペンと帳簿。
戦う相手はモンスターではなく、杜撰な国の財政や、非効率きわまりない王宮の書類仕事だ。
作中の無能な貴族たちが「そんな方法で税収が上がるわけない!」と喚き散らす中、現代からやってきた主人公が淡々と言い放つ。
「これは『複式簿記』という手法です」「ただの『業務効率化』ですよ」と。
そこからはもう、怒涛のドカ食いタイムだ。
Excel並みの圧倒的なスピードで処理されていく書類。画期的な物流改革。
それまで主人公をナメていた国王や宰相、異世界の美女たちが、手のひらを返したように声を震わせる。
「な、なんだこの神がかった処理能力は……!」「あなたこそ我が国の救世主だ!」
――これぞ、文字に姿を変えた『深夜の特盛ラーメン』である。
それも、チャーシューとニンニクを限界までトッピングした、カロリーの爆弾だ。
なぜ、私たちはこんなにも『異世界の事務処理』に夢中になってしまうのか。
理由はあまりにも明白で、あまりにも切ない。
これを読んでいる読者の大半が、現実のデスクで報われない事務処理に忙殺されている社畜だからだ。
現実の労働環境は過酷だ。
どれだけExcelのマクロを組んで業務を爆速で終わらせても、上司からは「あ、そう」の一言で片付けられる。
むしろ「手が空いたならこれもやって」と、他人の分の仕事まで押し付けられるのがオチだ。
複式簿記の知識を使って会社のコストを削減しても、給料が上がるわけでも、同僚から拝まれるわけでもない。
毎日、自分の時間と知性を切り売りして、誰の記憶にも残らない地味な歯車として消費されている。
私たちが本当に求めているのは、世界平和でも、チートでもない。
『自分が毎日やっている、この地味で、退屈で、泥臭い仕事が、誰かにめちゃくちゃ大絶賛される世界』なのだ。
だからこそ、深夜のベッドの上で、私たちは異世界の内政官に魂をシンクロさせる。
現実では1円の残業代にも、1ミリの評価にも変わらなかった自分の『実務能力』が、ナーロッパという異世界を経由した瞬間に、国家を救う奇跡の力へと変貌する。
惜しみない賞賛。
ほかの人間よりも主人公(自分)が認められているという優越感。
ああ、脳が、心が、喜んでいる……。
この全肯定の快感は、空腹の胃に白米をかき込むような強烈な多幸感をもたらす。
「よくやった!」「君がいないと我が国は滅びていた!」という文字の羅列が、乾ききった承認欲求を満たし、胃袋をパンパンに膨らませてくれる。
なんとなく感じていたどうしようもない飢餓感……それが満たされていく。
しかし、深夜のドカ食いが、翌朝の激しい胃もたれを約束するように。
読み終えてブラウザを閉じた瞬間、私は強烈な現実に引き戻される。
明日の朝、私が向かうのは、救世主として崇められる王宮ではない。
昨日と変わらない、灰色のオフィスだ。
そこでは私のスキルは”使えて当然の常識的社会人スキル”であり、誰も拍手なんかしてくれない。
異世界の王宮を救った無双の知識で、明日も理不尽な始末書を書き、他人の尻拭いのためのデータをまとめるのだ。
満腹感のあとに訪れる、このひどく虚しい倦怠感。
「……結局、現実の残業代は、文字なんかじゃ支払われないのに」
そう呟きながらも、今度は『辺境開拓もの』のページに目を奪われている。
まともな評価(食事)を与えられないディストピアで、明日もまた使い潰されるために。
私は今夜も、文字の炭水化物で胃袋を満たしている。
※この作品はAIちゃんとの共同作品です。




