21.
アランジェールの庭園はシンプルでありながら、よく手入れされた美しい庭だった。
「父が言語を教える代わりに、ディートリヒが時々庭の状態を見てくれるんだ。病気になっている植物があると間引いたり、近くに植えると育ちが悪くなるものもあるらしい」
「彼は本当に植物が好きなのね……。」
植物に対する興味の一割くらいをこちらに向けてくれればいいのに、とフレデリカは思った。
「食べられるものを植えたいと言ったら、ほら、イチゴの苗をくれたんだ。春になるとイチゴが食べ放題なんだよ」
「もう、あなたは本当に食べることばかりね……。今度は私にも食べさせてね。」
「もちろんだよ。味だけじゃないよ。花もかわいいだろ?」
庭の隅でイチゴを眺めていると、遠くから話声が聞こえた。
ちらりとその方向を見ると、ディートリヒとアランジェールの父が歩いてくる。
「来たね。」
ちらりとディートリヒの顔を見ただけで、フレデリカは心臓がぎゅっと縮むような気がする。
好意を伝えて、だめだったらすぐに帰る。二度と会わない。フレデリカは心の中で繰り返した。
アランジェールは立ち上がると、歩いてくる2人の方を向き直った。
「父さん!今友人を招いているんだ。おや、ディートリヒもいたんだね。こんにちは。」
後半は少し白々しかった。
「紹介させてくれ。フレデリカだよ」
フレデリカの心臓は限界を迎えそうだった。意を決して、立ち上がる。
「はじめまして、ご挨拶遅れました……。アランジェールとは仲良くしていただいています。フレデリカです。」
アランジェールの父は笑顔を向け手を差し出した。
「フレデリカ、始めまして。アランジェールがお世話になっています。アランジェールは迷惑をかけていないかな?」
隣にいるディートリヒは驚いて目を丸くしている。
「君は……。」
「おや、知り合いかい?」
事情を知らないアランジェールの父がぼんやりと聞いた。
「父さん、フレデリカがここで採れたイチゴのジャムをどうしても食べたいっていうんだ。お客さんのお願いは叶えないとね。シェフに聞いて来ようじゃないか!」
「ええ、そんなの侍女に頼めばいいじゃないか」
「いーや、家主が持ってきた方がおいしいに違いないよ!すぐに取りに行こう!」
私がとんだ食いしん坊になってしまうじゃないか。
フレデリカはアランジェールの無理のある言い分にあきれたが、ディートリヒと二人きりにしようとしてくれる気遣いは感謝がしきれなかった。
「おい、どこに行く……!」
「おっと、ディートリヒは待っていてくれよ。お客さんにキッチンを覗かれるわけにはいかないからね」
アランジェールと父は、あっという間にキッチンに向け歩き出した。
フレデリカはディートリヒと取り残される。
「……なぜ君がここにいる」
「ええと、偶然ですね……。」
「あの小娘に何かそそのかされたのか?」
「え?」
「アランジェールの悪ガキに何か言われたんだろう。あいつはいつも余計なことをする。」
「違うんです!その、そんなに興味がないですか?」
「なんだって?」
「私に。もう一度会う機会がほしくて。アランジェールに頼んだのは私なんです。」
「……」
「以前は好意をお伝え出来ませんでしたから。私はディートリヒ様と、結婚ができればと考えています。公爵様ではなく、あなたと一緒になりたいんです。全く興味がないのであれば、断っていただいて大丈夫ですが……。」
「ばかな。なぜそんなことを……。1日しかまともに会っていないじゃないか。」
「何日かけても同じです。他の人は何日かけても、こんな気持ちになったことはありませんでした。」
「…………」
フレデリカは話しながら不安になってくる。好意なんて曖昧なものは、彼にとって魅力にならないかもしれない。
「ディートリヒ様が結婚をしたいのは、ヘリオドールでの研究のためとおっしゃっていましたよね。ヘリオドールは砂漠地帯が多く雨が降らないので、たまの雨は神のもたらした恵と言われているとか。
ディートリヒ様は信じてくださいませんが、私がディートリヒ様とともにいれば、雨の降る日は多くなると思います。私はあなたを英雄にしてみせます。」
ディートリヒの沈黙が辛い。
うつむいていたフレデリカはふと、占い師の言葉を思い出した。
『目の下の三連星、人を狂わせる運命』……
フレデリカは顔を上げ、ディートリヒの目をしっかりと見つめた。




