20.
「彼に女性の好みなんてものがあるとは思えないけどね。彼、人間にはあまり興味がないだろう?確か隣国で研究をするために、早く結婚をしたほうがいいのに、なかなか相手が見つからないって聞いているけど……」
「そんな変な人なの?」
「興味がないは言い過ぎだと思うけど……。誰でもいいような口ぶりではあったわね」
「フレデリカ、それなら彼がうちに来るときに偶然のふりをして会ったらどうだい?」
「えっ、そんなこと……」
考えてもみなかった提案だった。
「君がディートリヒにどんな印象をいだいているかわからないが、あの人はそんなに気を遣う相手じゃないよ。あの人自身、研究のためなら多少無茶を押し通してきているし、散々人に迷惑をかけている人間だからね。それに、はっきりと好意を伝えたわけじゃないんだろう?もし話し合って、それでだめなら二度と会わなければいいだけじゃないか。」
フレデリカは叶わない恋を乗り越える方法を教えてもらうつもりだったが、思いもよらない解決方法が湧いて出てきた。
なるほど、確かにもっとはっきり好意を伝えて断られれば、納得ができるかもしれない。
「それに、ディートリヒが結婚相手で困っている話はもうここ数年聞いているんだ。誰かの提案を断れる立場じゃ全くないはずだよ。」
フレデリカは、彼と結婚したい、とまで強い欲求があるのかどうかわからなかった。ただ、気持ちに整理をつけるためにも、もう一度会いたいのは事実だ。
「ありがとうアランジェール様、今度お屋敷に遊びに行かせてもらえる?」
「もちろんだよ。ディートリヒがうちに来る日付を聞いておくね。」
***
アランジェールの屋敷を訪れる当日、フレデリカは普段着のドレスの上に、黒いコートを羽織り、黒いフードをかぶり出かけた。
最近はこの黒ばかりのかっこうにも慣れてきた。
アランジェールの屋敷に行くまでの間、占いの館に寄ろうと思った。ディートリヒがフレデリカに興味がないことは明らかなので、もう一度会えば、どんなひどい言葉が投げられるかわからない。直前になって不安が押し寄せてきたフレデリカは、何かお守りでも買って勇気をつけて向かいたいと思ったのだった。
占いの館に行くと、前回とはうってかわって、並んでいる人がほとんどいなかった。
偶然だろうか?
占いの館のドアを開けると、店内は以前と違い閑散としていた。
スタッフと占い師が店内の小物を箱に詰めている。
スタッフが驚いた顔をしてこちらに駆け寄ってきた。
「すみません、もう閉店なんです。」
「ユーラン、一人くらい大丈夫。ごめんなさいね、やっぱり風で看板が飛んじゃったみたいですね」
「お忙しいところすみません、また出直しますので……!」
「いえいいんです。もう今日でここはやめるので。せっかく来ていただいたなら、最後の記念で占いますよ。」
「閉めるんですか……?」
婚約者から反対されたのだろうか、とフレデリカは思った。
「ええ、故郷に帰ることにしたんです。」
「えっ」
「私は結婚するために田舎から引っ越して来たんですけど、この辺りの人は豊かで幸せそうだから。私は必要ないと思ったんです。私のいた教会の孤児院は人手不足で、いつも仕事が山積みだったので。あちらに戻った方が、困っている人のためになると思うんです。」
「そうなんですね……。」
「ええ、今日は何を占いますか?」
「すみません、今日はお守りだけ買おうと思っていたんです。お邪魔してしまってすみません……。」
「全然いいですよ。もう売り物はほとんどしまってしまったから……、これはいかがでしょうか?」
占い師は棚に置いてあった小さなガラス細工を手渡した。
細工をされた透明なガラスのようだ。天使のような形をしている。
「もう持って帰るのも大変だから、お安くしますよ。幸運のお守りです。」
「きれい……。じゃあ、これをください。」
「占いはいいんですか?」
「少し気にはなるんですが、大丈夫です。」
結果がどうなろうと、フレデリカのやることは決まっていた。
「そうですか……。あなたの行く道に、幸せがあることを祈っています。」
***
フレデリカは小さな天使のお守りを握りしめ、屋敷に向かうことにした。
アランジェールの屋敷を訪れるのは初めてなので、その緊張もある。
「いらっしゃい、フレデリカをうちに招くなんて、何だか不思議な感じだね」
「確かにそうね。仲良くなったのも最近だもの。お招きいただいてありがとう」
「ディートリヒはもう来ているよ。しばらく父の部屋で話しているだろうから、このまま私たちも待って居よう。」
「ディートリヒはいつも父と会った後、いっしょに庭を散歩して帰るんだ。植物の状態を見ているんだろうね。その時に私たちも庭に出よう。」
フレデリカは気が気ではなかった。
「彼のどこが好きなの?」
「自分でもよくわからないの。だけど……。」
なぜかずっとディートリヒのことが気にかかる。
過去の失敗を悔やみ、囚われている人。不思議なほどに献身的で健気な人。人の幸せや国の未来ばかり考えている人。
彼が私のことでいっぱいになってくれたら、どれほどいいだろう。
公爵様のことを考えるより、ディートリヒのことを考えているときの方が、一つ一つの出来事が鮮明に思い出せる。もう一度会いたいと思う。
「ねえ、前に、ディートリヒ様が迷惑をたくさんかけているって言ってたわよね。どんなことがあったの?」
「ふふ、聞かない方がいいかもしれないよ?」
この後はディートリヒの失敗談で盛り上がった。彼が用意周到になった理由がわかる気がした。
1時間ほど話した頃、アランジェールが声をかける。
「そろそろ話し終わるころだ。こちらが先に庭に出ていた方が、罪悪感がないんじゃないか?」
「そうね……。いっしょに来てくれる?」
「もちろんだよ。庭園を案内しよう。」




