17.
「公爵様、少し疲れてしまったようです。屋敷に戻ってもいいでしょうか?」
「それはいけないね。歩けそうかい?」
「大丈夫です。ご迷惑をおかけしてしまってすみません……。」
「いや良いんだよ。今度は馬車で回ろう」
屋敷に戻ると、ヴォルカニア公爵は美術品専用の部屋を案内してくれた。
「ここでしばらく休むといい。」
「ありがとうございます。本当にすみません……。」
部屋の壁には絵画が飾られており、棚の上にはきらびやかな小物が並んでいる。
遠目で見ても、すべてがこだわられた一級品であることが伝わってくる。
「大切なものが並んでいるようですが、こんなお部屋に入ってしまっていいのですか……?」
「問題ないよ、親しい知人は招いている部屋だから。父の趣味でね。いろんなものを集めては、人に見せびらかしているんだ。」
「以前いただいた時計も素敵でした。」
「喜んでもらえてうれしいよ、あの時計は手に入れるのに苦労してね……」
その時、ざわざわと扉の外から声が聞こえてきた。屋敷の使用人たちが部屋の前を通っているのだろう。
その声の中で「ディートリヒ様が言っていたのは……」という言葉を聞き、フレデリカは耳を疑った。
(ディートリヒ様?)
「~~~に行ったとき、~~~が……」
ヴォルカニア公爵は時計について説明をしてくれている。
扉の前のざわめきはすぐに過ぎ去り、何も聞こえなくなった。
この屋敷で学者のディートリヒの話題が出るはずはない。どう考えても聞き間違いか、あるいは同じ名前でも人違いだろう。
しかしここまで何度もディートリヒのことがよぎるとなると、怖いくらいだった。ディートリヒのことを忘れて次に進もうとしているのに、どういうことなのだろう。
「フレデリカ?大丈夫かい?」
公爵はフレデリカが心ここにあらずの様子に気がついたようだった。
「すみません……!めまいがしてしまって。公爵様のお屋敷ということで、緊張してしまったようです」
「君は繊細なんだね。これから何度でも来てもらうんだから、きっとそのうちに慣れるよ。何ならこのまま泊まってくれてもいいくらいだ」
「本当に申し訳ございません……。あまりの身に余る幸福に、ずっと信じられない気持ちなのです……。」
ヴォルカニアが怒っていないことに安堵し、フレデリカは取り繕った。
「かわいい人だ。ところで、君の噂の呪いは今のところ全く起きていないようだね?僕の強運の方が勝っているのかもしれないね」
「ええ、本当ですね。公爵様に何かあってはと心配しておりましたから、誠に安心しました……」
「君は僕と出会う運命だったのかもしれないね。この幸運に感謝するよ」
公爵は跪き、フレデリカの手の甲に口づけた。
「公爵様……」
フレデリカの方こそ、幸運を痛感していた。
こんなにも高貴な方が、こんなにも自分を大切に扱ってくれる。全て自分の夢だったと言われた方が納得できるような、現実離れした出来事ばかりだった。
「体調は大丈夫?もし気分がすぐれないようだったら医者を呼ぶよ」
「ええ、大丈夫です。ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。もう完璧に元気ですので」
「ふふ、良かったよ。夕食にディートリヒなものを用意している。移動しようか」
フレデリカは耳を疑う。
「……ディートリヒ?」
「ああ、ミートリッチ。好きじゃなかった?」
全然違う。
全くの聞き間違いだった。
フレデリカはことの恐ろしさに気がつき始めた。
***
フレデリカは帰りの馬車の中で冷や汗をかいていた。
ヴォルカニア公爵の家族と話していても、訪れた町の名前をディートリヒと聞き間違え、通された部屋の壁の模様がディートリヒの部屋の壁と似ていると思ったり、従者の服についているタイピンがディートリヒの物と同じだと思ったり、あらゆる場面でディートリヒがよぎるようになってしまった。
人を不幸にする呪いが解消したと思ったら、今度はフレデリカが呪われてしまったのだろうか?
異常事態にフレデリカは混乱していた。
一体何が起きているのだろうか。これは公爵様との婚約が危険だという何かの予兆なのだろうか?
(やっと結婚できると思ったのに。どうしよう……。)
困ったフレデリカは、ふと占いの館の存在を思い出す。
幸運を呼ぶと言われている聖女。
(そうだ。また彼女に相談しよう。)
これは呪いなのか、彼女ならば教えてくれるだろう。
フレデリカは翌日占いの館に行くことにした。




