14.
「……以前にも、同じように呪いが降りかかると言われている人間と会ったことがある。『ロベルタン通り』の話をしただろう。あの娘は知り合いだったんだ。もう10年以上前の話になる。」
「……お知合いの話だったのですね。」
「彼女はパン屋を辞めたと言ったが、本当は違う。調査に来た教会に、人を惑わす魔女だと言って魔女裁判にかけられたんだ。処刑までされたかはわからない。しかし、あの頃魔女裁判にかけられた者はほとんどが逃げられなかった。どれほど納得のいかない理由でも、全員が処刑された。」
「………………」
「店の前の通りで事故が多発していることは知っていた。店の客には、原因が彼女だと気がついている者もいただろう。私もその一人だった。だが『君が美人だからみんなよそ見をしてるんだ、顔を隠しなさい』なんて、口説くようなマネはできなかった。」
ディートリヒは淡々と、感情のこもらない声で話し続けた。
「くだらないプライドで言い損ねた言葉で、一人の命が失われたんだ。悔やんでも悔やみきれない。親切だと感じるなら、それは私の罪悪感からくるものだろう。同じことをもう繰り返したくないんだ。」
ディートリヒは続ける。
「彼女が貴族だったら、その美しさは武器になったかもしれない。しかしただの平民にとって極端な美しさは毒になる。強い後ろ盾があれば、あんなことにはならなかっただろう。」
フレデリカはなんと返事をしたらいいかわからなかった。
やけに的確なアドバイスも、スムーズに服を貸す献身的な様子も、すべて誰かのためだったのだ。自分に対する態度は罪滅ぼしだったのかもしれない。
「私は高身分の貴族は紹介してやれないが、君なら夜会でも出ればすぐに相手は見つかるだろう。外見を隠すことだけ気を付ければ不幸な目にもあわない。これからはできるだけ身分の高い相手との結婚をめざしなさい。相談所ではなく自力で相手を探すことをお勧めする」
***
1週間後、フレデリカはサロンに顔を出していた。
アリスミリアがサロンに顔を出すというのを聞いて、せっかくならと便乗することにしたのだ。
今日のサロンはダンテノーラ氏の屋敷での会合だった。ダンテノーラ氏の主催するサロンは、以前はフレデリカもよく参加していた。ここ数か月はめっきり足が遠のいていたので、少し顔を出しづらい。
屋敷につくとすぐ、知らない令嬢が話しかけてきた。
「フレデリカ様、お久しぶりね。あなた最近社交界にも顔を出していなかったじゃない。どこにいたの?」
そういえば、最近は友人と会ったり結婚相談所に行ったりと、貴族としての付き合いを怠っていた。
「家でゆっくりしていたわ。あなたは、ええと……」
「あなた今、噂の的よ。ようやく彼の目的が叶ったのね。」
令嬢はよくわからない話をしている。どういう意味だろうか。
「彼って……?」
「やあ初めまして、君がフレデリカだね?ずっと会いたかったよ」
その答えはすぐにわかった。誰かが話に割って入ってくる。
その顔はさすがにフレデリカでも知っていた。
側にいた令嬢が、気を利かせて去っていく。
「初めまして。ヴォルカニアだ。」
「ヴォルカニア公爵様。お名前はもちろん存じております。フレデリカです。」
「おや、知っていてくれてうれしいよ。君に会うために何度かサロンを訪れたんだが、なかなか会えなくてね」
ヴォルカニア公爵というのは、現王子の甥にあたる。数年間海外視察に行っていた優秀な男だ。
艶のある黒い髪にさわやかな笑顔は、王族の高貴さを感じさせる。
このサロンは中流から下流貴族の集まるもので、公爵様がくるような上質なものではない。
場違いな高貴なお方の訪れに、周囲はざわついていた。
自分になんの用なのか、フレデリカの足先が冷えていく。
フレデリカの不安そうな視線に気がついてかどうか、ヴォルカニア公爵が口を開いた。
「社交界の花と言われる令嬢がいるときいてずっと会いたかったんだ。なるほど、噂に違わない美しさだね。」
「そんな、とんでもございません……。」
「立ち話もなんだから、座ろう。おや、席が埋まっているかな」
公爵がつぶやくと、ソファで談笑していた貴族たちがさっと立ち上がって掃けていく。
フレデリカはいたたまれない気持ちでいっぱいだった。
「どうぞ、足元に気を付けて」
ソファに座るだけだというのに、ヴォルカニア公爵は手を取ってくれる。仰々しいほどのエスコートだ。
今日のサロンはピアニストを招待しているようで、部屋の中央にはピアノがあった。その周辺で数名の貴族が演奏家と何か話しているのが見える。
「君はピアノは好き?」
「ええ、ファルマンが一番好きです。」
「いいね、僕もたしなむ程度だけどたまに演奏するよ。ぜひ今度聞いてほしいな」
ヴォルカニア公爵はずいぶんとフレデリカに好意的なようだった。彼はまだ独身のはずだが、さすがに結婚を考えるには身分が違いすぎる。
フレデリカはヴォルカニア公爵が愛人として自分を囲おうとしているのか、どんなつもりで声をかけているのか測りかねていた。




