13.
その後も2件露店をまわり、食べ物を買って回った。どちらも火を使う料理だったものの、何も問題は起きなかった。
「露店はもういいだろう。結果を書き留めたい。レストランでも入ろう。これまでレストランでは何か起きたことはあるか?」
「店員さんが婚約者に飲み物をこぼしたことがあります。」
「決まりだな。その辺に何か店があるだろう」
2人は従者を連れて、近くにあったレストランに入ることにした。
比較的階級の高い店のようで、静かな店内には数組のテーブルがある。
店内ではスタッフが気だるそうに立っていた。
「すみませんね、まだ準備中で……」
「あるものだけでいい。入れるか?」
「…………ええ!大丈夫です。」
出迎えた店員はディートリヒの服装を見ると、貴族だと気がついたのだろうか。姿勢を正し、すぐさまテーブルに案内してくれた。
フレデリカには目もくれなかった。
2人が席につくと、従者はそれぞれのイスを引き、そのまま背後で待機した。
「ジュースでもいい。適当に何か頼みなさい」
「それでは、ぶどう酒を」
「私も同じものにしよう。あとは出せるものを適当に頼むか」
店員に目配せをして、注文を伝える。
「ここまで私には何も被害が及んでいない。成功しているようだな」
「ええ、今までならすでに服が泥だらけになっていてもおかしくありません。」
黒ずくめのフレデリカは、口布の下で微笑んだ。
ディートリヒは紙とインク瓶、ペンを取り出し、がりがりと何かを書き始めた。これまでの結果を書き留めているのだろう。
「ディートリヒ様はなんだか運の悪い人間の扱いに慣れているのですね」
「……そんなことはない。この程度は貴族のたしなみだ」
ディートリヒは紙に目を向けたまま答えた。
すると、ワインが運ばれてきた。フレデリカの長いローブが、座ることで地面につくような長さになっているのに、店員は気がつかない。
すそを踏みそうになった店員が急いで身をよじることで、うっかりワインをディートリヒにぶちまけてしまった。
傾いたグラスから、放射線を描くようにして、ワインが飛び散る。
「ディートリヒ様!」
ディートリヒめがけて飛んでいく飛沫を見てフレデリカが心配そうに叫ぶと、ディートリヒは意外にも無事だった。何か大きな板のようなものを持っている。
「私は問題ない。しかし紙が濡れてしまった。」
ディートリヒは机の上に出していた紙とインクがワインまみれになっている様子を見つめた。
「も、申し訳ございません!!」
店員が急いで机を拭き始める。
「いや、気にしないでくれ。」
「あの、ディートリヒ様、それは……?」
ディートリヒが飛沫から逃れたのは、謎の板のおかげだった。
「これは木の皮だ。耐火性に優れ、水もはじく。災害時には食料にすることも可能だ。君と出かけることになったからには、備えないわけがないだろう。」
ディートリヒは長方形の物体の端をつまみ、水が滴るのを眺めていた。
「これは捨てておいてくれ。君のローブの丈は要検討だな。もう少し短いものの方が良いようだ。」
ディートリヒは何事もなかったように別の紙を取り出し、書き込み出した。
「最後の最後で問題は起きたが、ローブの長さを変更することで改善するだろう。この程度のことであればだれでも起こりうる。呪いというほどではない。」
フレデリカはディートリヒの準備の良さにあっけに取られてしまった。
店から出ると、灰色の空からついに雨粒が落ち始めた。
「まずいな、馬車に戻ろう」
弱かった雨は一瞬で大きな音を立てて本降りになっていく。
***
馬車にたどり着くと、一同は急いで乗り込んだ。
準備の良さ、フレデリカの不運にも動じないやさしさ。フレデリカは、彼について興味を持ち初めていた。
「ディートリヒ様、もしよければ、また私と出かけてくださいませんか?その……、まだ確かめたいこともありますし」
「……もう私に会う必要はない。君はできるだけ身分が高い金持ちと結婚すべきだ。呪いだと思っているものの一部は、君と結婚できることを羨んだ他人からの嫌がらせだろう。身分が高いほど、そういった目には遭いにくくなる。身分の低い者と結ばれれば、何が起こるかわからない。」
「……え……?」
ディートリヒは一部の領地をもってはいるものの、爵位をもたない身分だ。貴族家の4男だったため、家名を相続しなかったのだ。高い身分とは言えない。
高い身分の相手をすすめるというのは、ディートリヒはフレデリカと関わることを断っているのだ。
期待した矢先の突き放すような言葉に、フレデリカは疑問をおぼえた。
「ならばどうしてディートリヒ様は、ここまで私に優しくしてくださったのですか?」
結婚する気もないのに、という言葉は飲み込んだ。好意がないのなら、なぜ優しくしてくれるのか、なおさら不思議だった。




