12.
信じられないことに、ディートリヒは馬車の中にまで紙とインク、羽ペンを持ち込み、がりがりと何か書き込んでいる。馬車の揺れに合わせてインク瓶の中身がぽちゃぽちゃと音を立てている。こぼさないといいのだが。
「服はずっと同じものを着込んでいるのか?」
「いえ、最初はもう少し見栄えのするものを使っていたのですが……。せっかくなら完璧に体を覆えるようにと、少しずつ体を隠す範囲を広げていきました。」
「最初のころはどんな服装を?その時も事故は起きなかったのか?」
「はじめは確か、つばの長いボンネットと、口元はハンカチで隠していました。その時も問題は何も。」
「なるほど……。」
がりがりがりがり。
「この後は屋台で火傷をするか調べよう。せっかくならレストランに入ってそこでも何か起きないか確認をしたいが……その服装では入店が難しいかもしれないな。あまり暗くなると視界が悪くなる。外見に関係なく事故が発生しやすくなってしまうからそれまでには帰るぞ」
「こんなに熱心に、ありがとうございます。」
屋敷から門までの移動中、背の高い植物が並んでいるのが見える。
「ディートリヒ様は研究をすることが好きなのですか?」
「なんだその質問は?私は興味のあることしか調べん」
呪いにそんなに興味があるのだろうか。
他人であるにも関わらず、この熱意が不思議だった。
「ディートリヒ様も結婚相談所に登録をしていらっしゃるのですよね。どうやってあそこを知ったのですか?」
「知人からの紹介だよ。結婚などしなくても良いと思っていたのだが、ヘリオドールで仕事をするのに、妻帯者でないと一人前扱いされなくてね。なんなら向こうの国は妻が複数人いるのが普通だ。一人も妻がいないというのは男として信頼ができないらしい。研究の話をする前に必ず女性を紹介されるのがめんどうで愚痴を言っていたら、相談所というものを教えてくれたんだ。」
「ヘリオドールに行かれるのですね。砂漠があると聞いています。大変でしょう。」
「毎回命がけだよ。しかしヘリオドールは資源豊富な土地だからね。交流は欠かせない。」
「屋敷に生えている植物は、すべてお仕事のために集めたのですか?」
「おおむねそうだ。国内各地の土ごと採取し、土の性質と成長の関係を調べている。」
(もしかして、私に対する興味は実験植物と同じなのかしら......)
しばらくして下町につくと、そこは多くの人でにぎわっていた。
「馬車はここに停めておいてくれ。少し街を歩こう」
ディートリヒは馬車から降りようとするフレデリカに手を差し出した。
これくらいのエスコートはできるらしい。
フレデリカはディートリヒの手を取り、馬車を降りる。
「少し先に出店の並ぶ通りがある。雨が降り出せば店じまいだ。急ごう」
ディートリヒはフレデリカが地面に両足をついたのを確認し、手を離した。
「火を扱う店なら何でもいいんだろう?片っ端から試そう」
「そんな......食べ残してしまいますわ。2,3個で大丈夫です。」
「あれがいいんじゃないか?」
ディートリヒは立ち並ぶ店のうち一つに向けて歩き出した。
円形に丸められた肉に串を刺し、葉のように左右交互に広げたものが並んでいる。
ディートリヒは店主に声をかける。
「これは何の肉だ?」
「羊だよ!この辺の店で一番うまいよ~買って行きなよ!」
ふむ、と考えたあと、ディートリヒはフレデリカに向き直る。
「羊は食えるか?」
「ええ、大好きです。」
答えるフレデリカのかっこうを見て、店主は一瞬ぎょっとした。
高級な正装を身に着けたディートリヒと、黒ずくめのフレデリカでは、おかしな組み合わせだ。ちぐはぐさも相まって驚かずにはいられないだろう。
視線が寄せられるのを感じたが、店主はすぐに手元に目を戻した。
フレデリカがこの服装をするようになってから、人からの視線がすぐにはなれるようになった。
これまでは凝視されたまま、そのままじっとりとした視線がはなれないことも多かった。以前のものは、フレデリカの美貌を眺める視線だったからだ。
おかしな服装をしているほうが目立ってはいるものの、注目の種類が変わることで、フレデリカは生活がしやすくなった。
店主は並べてあった串をとり、そのまま渡そうとする。
しかし、それでは実験にならない。
「そこの火でもう一度温めなおしてくれないか?」
ディートリヒは火を使ってもらうよう、店主に頼んだ。
「これも焼いたばかりだよ?」
「火傷しそうな温度が好きなんだ。頼む」
店主はめんどうそうに串に火を通した。
数秒あぶった後、こちらに手渡してくる。
「悪いな。感謝する」
ディートリヒは二人分受け取り、従者に手渡す。先に毒見が必要だからだ。
「どうだ、問題なかったようだな」
「そのようですね、火事にならなくて良かったです……」
「そのままだと食べられないな。顔を出すならもっと人目につかないところへ行こう」
「そんな、そこまで……」
「その服装では何かあったときに逃げにくいだろう。念には念を入れよう。君の従者は何か布をもっているか?」
「ございます。」
ルチルは両手ほどのサイズのハンカチを取り出した。
「これでは足りないな。ジャケットでいいか」
ディートリヒは上着を脱ぐと、フレデリカの顔を隠すようにジャケットを掲げた。
「ほら、食え」
「ディートリヒ様、お洋服でしたら私どもの物を使いますから……!」
「そうか」
ルチルが急いで声をかけると、ディートリヒはおとなしく上着を着なおした。
(この人は、どうしてここまで協力してくれるのだろう?)
貴族がわざわざ自分の衣服を脱いで与えるなんて、あまりにも献身的だ。ディートリヒの熱量は、見ず知らずの他人に対するレベルのものではなかった。人情にあふれるタイプではなさそうなのに、どうしてここまで優しくしてくれるのか、フレデリカにはわからなかった。
誤字報告ありがとうございました!一部口調などは残して反映させました!




