16.
アランジェールはこれまで女性から言い寄られるばかりで、自分から誰かの好意を得ようと、近づいて行ったことがなかった。
そのため気持ちを伝えるということが、どれだけ勇気のいることかわからない。
それでも、彼が身の上を話すことが、とても勇気が必要だっただろうということは感じ取ることができた。
ーーー仮面舞踏会の時もそうだ。彼は何かに立ち向かうことのできる人間だ。争いから逃げ、弱い部分を隠そうとする自分とは全く違う。
ーーー彼は私の返事を待ち焦がれている。拒絶の言葉が来るのではないかとまつげを震わせながら。
「……婚約ができるかは、家族にも聞いてみないとわかりません。私だけで決められることではないのです。だけど、私個人の気持ちとしては、あなたと結婚ができたら、幸せだろうと思っています。」
アランジェールは、まっすぐな彼の言葉に反して、曖昧な返事しかできない自分が恨めしかった。
けれど、その返事はクロードには十分だったようだ。少年は花が咲くようにぱっと顔をほころばせ、喜びを全身で表現した。
「……やったー!!今度ご家族にもあいさつに伺います!!」
飛び跳ねそうになりながら喜ぶ少年を見て、アランジェールは初めて自分のことを誇りに思うことができた。
***
アランジェールの両親が帰ってくるまで、アランジェールとクロードは客間で話すことにした。
客間に向かう間、気になっていたことを質問する。
「前に会ったことがあると言ってたけど、いつ会ってたの?」
「会ったというか、ぼくが馬の扱いに失敗して振り落とされそうになっていた時、助けてくれたんです。馬を並走させて手綱をとってくれたんだけど、覚えてないですか?」
そういえばそんなことがあったかもしれない。
3年ほど前だろうか。
ぼんやり覚えているが、その時はおそらく女の子だと思っていたのだ。青年を相手に助けた覚えがないのも当然だった。
「あの時、あなたの手は震えていたんです。年上で大人に見えるあなたが、恐怖を押し殺して助けてくれた。その勇気がかっこよくて、僕も釣り合う男になりたいと思ったんです。」
アランジェールは気恥ずかしくなってしまった。やはりここぞというところで恰好が付かないのだ。
急いで話題をそらす。
「あと、なんだか手紙の内容がやたらと私に詳しかったのが気になるんだけど……。屋敷に知り合いでもいるの?」
「じつは、手紙の添削をしてくれた人がいるんです。その人がアランジェール様の屋敷で壁直しをすることがあるそうで、アランジェール様の噂をよく聞いていたとかで。その話を聞いていたんです」
「なんだ......そんなことだったのか。」
切裂き魔が身辺調査をしているのかと思ってしまったが、なんでもない単純な理由だった。
(侍女たちの噂話も困ったものだ。)
その後は応接室でクロードの両親の到着を待った。
彼の家の応接室は、貿易の盛んな国境付近だからだろうか。国外のものだろう細かな装飾の調度品に飾られ、異国のような心地だった。
クロードの両親が合流してからは、アランジェールはあくまで友人として紹介してもらった。しかしやはり年頃の娘が屋敷を訪れるというのは特別な意味を持ってしまうようだ。
クロードの両親は、アランジェールとクロードの関係を探ってそわそわし続けていた。
そして、夕食に出てきたクロードの屋敷の料理は絶品だった。どれも食べたことのない、不思議な風味の味だ。おそらく他の国の調味料も使っているのだろう。
アランジェールは、緊張していて普段より食事量は少なかった。それでも、皿が次々ときれいになっていくのを見て、クロードの家族が目を丸くしていたのは言うまでもない。
胃袋をつかまれたアランジェールは、正直に言えばすでに毎日この料理を食べたいという気持ちでいっぱいで、結婚にさらに乗り気になってしまった。




