10.
さらにアランジェールは、数十年前に実在した、凶悪な殺人犯の話を思い出していた。
ある田舎の貴族は何回も再婚しており、彼と結婚した相手はなぜかすぐに病気で亡くなってしまう。
ある女性が妻になったとき、領主が言った。「自由に過ごしていいが、地下の部屋にだけは入るな」と。
女性が好奇心に負けて地下に入ると、そこにはこれまでの妻たちの変わり果てた姿があった。妻は命からがら逃げだし、ようやく領主は捕まった。それまでの被害者は5人にもわたったそうだ。
(すでに3人も被害が出ていて、捜査が進んでいないのは、貴族が犯人だからではないか?)
アランジェールは恐ろしい考えから気をそらせないでいた。さらに言えば、手紙の内容が、やたらと身辺のことに詳しくなっていたこともおかしかった。
殺人のための下調べだと考えれば、それも説明がつくだろう。周到な犯人が、使用人にでも金を握らせ、私の情報を集めていたに違いない。
アランジェールは心臓がバクバクと大きな音を立てているのを感じた。
(手紙を送るのはもうやめよう。いや、突然返事をしなくなるより、何か理由をつけて断ったほうがいいだろうか?)
絶対に関わらないほうがいい。
アランジェールはうつむいたまま、考えをめぐらせていたが、さらに一歩進んだ考えにたどりついた。
いや、むしろ。せっかく手紙のやり取りをしているのだ。相手をおびき寄せることができるのではないか?
自分が狙われているのであれば、相手の証拠をつかむのは簡単だろう。警備を強化してもらえれば、自分が殺される前に、捕まえることができるかもしれない。
アランジェールは暗くなっていた気分に、突然光が差したような気がした。
ついでに言えば、もし逮捕に協力ができれば、大手柄なことは間違いがない。長年続くコンプレックスも、勲章ができることでましになるかもしれない。
アランジェールはユノヴァンへの夜会への誘いの手紙と合わせて、騎士団への情報提供の手紙を書き始めた。
****
問題はアランジェールの夜会の誘いにユノヴァンがのってくるかどうかだったが、幸いにもユノヴァンは承諾の返事をくれた。
『親愛なるアランジェール様、夜会へのお誘いありがとうございます。
本来こちらから提案すべきでしたね。足踏みしてしまってすみません。
ぜひアデルロッテでお会いしましょう。あなたに会えることを楽しみにしています。きらめくシャンデリアの下で踊るあなたはクロユリのように美しいことでしょう。
ぼくは無様をさらさないよう、しっかりとダンスの練習をして準備をしたいと思います。……』
謙虚なユノヴァンの文章に、やはりアランジェールは好感をもってしまう。私を殺すための誘惑だとわかっても、やはり愛らしさと知性を感じてしまう。
やっと愛情を向けられる男性を見つけたと思ったのに。
アランジェールは期待を裏切られた恨めしさを向けた。しかし獲物が罠にかかったのは喜ばしいことだ。
『犯人として疑わしい貴族が夜会に訪れる』と、騎士団に手紙を送ることにする。
(女性達を傷つけ、さらに私を狙おうなんて不届き者め。罪の報いを受けるといい!)
アランジェールは自分の身を案じながらも、犯罪者の逮捕につながるかもしれない、という期待で少しばかり高揚も感じていた。




