4.契約成立
最初は体の大きさに面食らってしまったが、彼女は若そうだ。私より少し年上だろうか?
体躯に見合う明るい声で、表情の動きも大きい。
結婚相談所というからには、結婚のエキスパートのような、ベテランがいるものと想像していた。
「デリカシーなく過去を詮索されたらいやだわ」なんて考えていたのだが、むしろ彼女で結婚相談が務まるのか、別の不安がでてくる。
「経緯について、お手紙でも拝見しましたが、とても悲しい経験をされたことと思います。この相談所に来ることも、大変勇気が必要だったでしょう。」
グレシアナが話し出す。エルミーヌは相談所に来る前に、婚約破棄となったことを手紙で説明していた。
「しかし、せっかく相談所を訪れていただいたからには、その決断が正しかったと思うような―――前の相手と生涯を共にしなくて良かったと思えるような、素敵な相手と出会えるよう、全力を尽くさせていただきます。」
グレシアナの声や表情は穏やかではあるものの、全力、という言葉に、力強い意志が込められていた。
アルフレードの顔を思い出し、胸がチクリと痛む。
「ここは結婚相談所。結婚をしたい男女を仲介し、希望の合いそうな二人を引き合わせる場所です。
これから、当相談所のシステムや、結婚相談所とは何かについて説明をしようかと思います。その前に聞きたいことや不明点などありますか?」
「いえ、まだ相談所というものが何かわかっていない状態ですので、ぜひ説明を頂きたいですわ」
グレシアナはうなずくと、テーブルに置いていた書類をめくり、一部をエルミーヌに手渡した。
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グレシアナは相談所について説明を始めた。
「結婚相談所というのは、結婚相手を探されたい男女の、情報や希望条件を伺い、集めた情報の中から希望に合う相手を紹介させていただく場所です。
つまり、エルミーヌ様の結婚の希望条件をお伺いしましたら、相談所に登録している男性からその希望に合う方を探して紹介させていただきます。
庶民の相談者の方が多いですが、最近では貴族様からもご相談いただいているので、貴族様のお相手も探せますよ。
紹介をした後は、何度かお相手と直接会っていただき、性格なども問題がないか確認をすることになります。
話してみて、他の方が良いと思われた場合、また別の男性を紹介させていただきます。
もちろん、エルミーヌ様が相手を良いと思われても、男性側がエルミーヌ様と気が合わないと感じることもありますので、その場合も他の男性を紹介させていただきます」
このような説明の後、料金等について説明があり、グレシアナは一呼吸おいて、真剣な顔でこちらを見つめ、話し出した。
「また、これはエルミーヌ様に対しての制約になるのですが……。
紹介した男性の態度などが悪くとも、デートが上手くいかなかったとしても、貴族の権力を使ってその男性に圧力を加えたり、不利益になる行為をすることは禁止されています。
こちらも契約書を作成させていただきますので、守れる場合のみ相談所登録が可能です。」
こちらの表情を伺った後、グレシアナは真剣な顔から一瞬で穏やかな笑顔に戻り、話を締めた。
「説明はこのあたりとなりますが、質問などはありましたか?」
「ええと……」
エルミーヌは、聞きなれないサービスにとまどっていた。
完璧に理解するのはすぐには難しそうだが、要するに男性を紹介してもらうごとに追加でお金が必要になるということだ。
また同時に、ずいぶんとルールが多いことに驚いていた。
特に気になるのは、契約書だ。契約書というのは、商人達や土地の売買で使うようなもので、こんな場面で出てくるものだとは思わなかった。
(こんなにしっかり管理するものなのね……)
淡々とした慣れた様子の説明に、グレシアナの若さに対する不安もなくなっていた。どうやら相談所での経験は長いらしい。
エルミーヌは、気になったことについて質問をすることにした。
「ええと、自分と近い年代の方に会いたいのだけれど、16歳から20歳くらいの年齢の方は何人ほど紹介できるの?」
本当は、あなたは何者なのか、と聞きたい気持ちもあったが、それはさすがに失礼だろう。
せっかく会うのなら、年齢が大きく離れているのは避けたい。利用者の年齢について聞かなければと、エルミーヌは事前に質問を用意してきていた。
「少しお待ちください」
グレシアナは本棚の一角に向かうと、棚の扉をガチャリと開けて、中から書類を取り出した。ページの枚数を数え始める。
「16歳から20歳だと、今の登録人数は……52名ほどですね」
「50……」
そう悪くない数字のように思える。普段出会うことのない相手が、50人もここにいるのだ。
「この年代の方だと、相手が決まるのも早いので、半年程度で相手を見つけて退会している方が多くいらっしゃいます。
その分、新しく登録希望される方も多いので、だいたいいつも40人以上は登録を頂いています。
紹介を利用するのであれば、契約が必要になります。
もちろんすぐに決めていただかなくても、持ち帰って検討を頂いて大丈夫ですよ」
グレシアナの話しぶりに、決断を急がせる様子は見えなかった。
しかしここまでの説明を聞いて、すでにエルミーヌの気持ちは決まっている。
「いえ、本日契約させていただくわ。」
婚約破棄の慰謝料で、お金には困っていない。
忌々しい思い出とともに、ここで使ってしまうのがちょうどいいとエルミーヌは思った。
エルミーヌは、婚約破棄について深く詮索してこないグレシアナの態度も気に入っていた。
やはり慣れているのだろう。
「問題ないわよね?」
エルミーヌは従者であるファルマの様子をうかがった。
彼は長らく屋敷に努める老齢の従者で、時には相談役も務める。エルミーヌは困ったことがあると、いつも彼に意見を聞いていた。
「はい、情報の取り扱いも気を付けてくださるようですし、良い場所だと思います。契約書は一緒に確認をさせていただきます。」
こうして契約を済ませると、エルミーヌは早速、希望の相手の条件を伝え始めたのだった。




