5.
『婚約を見据えて』など、願ってもないことだ。アランジェールの胸は期待で高鳴る。
(興味もなにも、私には他に異性との関わりなどない。下手をすればあわや令嬢の愛人になるべきか、というところなのだ。)
断るなどということは選択肢にない。
令嬢たちから似たようなものをもらうことは山ほどあるが、男性からの手紙は始めてだった。
しかし、ユノヴァンという名前は聞き覚えがない。一度会ったことがあると書いてあるが、まったく記憶になかった。
(母か父ならば知っているだろうか?)
ディナーの際、家族に聞いてみることにした。
***
「どうしたアランジェール?落ち着きがないな」
ディナーの席につきもしない間に、部屋に入ってきた母はすぐにアランジェールの様子に気がついた。
アランジェールはドアが開いた瞬間から母の方向を凝視していたのだから、当然ともいえるだろう。
(さすが目ざとい。)
アランジェールは先制をかけられ、少しタイミングを崩された思いだった。
アランジェールの母は女性でありながら騎士団に属し出世をした女傑だ。
アランジェールにも引けを取らない長身で、芯の通ったような歩き方からだけでも、見るものからすればただものではないことが伺える。
「じつは聞きたいことがあって。母様、北方のユノヴァン・セレスティアっていう貴族、知ってる?」
「ユノヴァン?セレスティア家なら、昔当主と会ったことがあるけどその遠縁かね。
ユノヴァンという名前は知らないねえ。少なくとも社交の場に来ていないんじゃない?」
父は言う。
「とても遠い北方の地域の領主だった気がするけど。何かあったの?」
父は貴族でありながら言語学に精通し、他国の文書解読などの第一人者となっている。知性あふれる信頼できる人間だった。
アランジェールは手紙が来たことを言おうかどうか迷った。
しかし、男から求婚されている話などしたことがないため、何だか照れてしまう。
「この前のサロンで話が出たんだけど、私だけ知らなくて。確認したかっただけだよ」
まだ正式に婚約を申し込まれたわけでもない。『自分のことを知ってほしい』という内容を思い出し、まだ両親には秘密にしておこうと考えた。
話が上手くいくかどうかもわからない。変に喜ばれてしまっても困るだろう。
「父親の名前はわかる?ご家族の名前ならわかるかもしれないよ。」
「そうだね。今度聞いておくよ」
ユノヴァンが何者なのかはよくわからないままだった。今度また友人にでも聞いてみようとアランジェールは思った。
(あまり領地から出ない貴族なのだろうか。)
情報は少ないが、何せアランジェールには選択肢がない。
せっかくなので相手のひととなりがわかるまで、とりあえず手紙の返事を送ってみた方がいいだろう。
アランジェールは内容を考えることにした。
***
『ユノヴァン様、お手紙ありがとうございます。一度会ったことがあるとのこと、覚えておらずすみません。
とてもうれしいお申し出、ぜひもっとユノヴァン様のことを知りたいと思っています。
ユノヴァン様のお父様のお名前を聞いてもいいでしょうか?
ユノヴァン様は交流のある貴族はいますか?音楽や乗馬はたしなまれますか?
よく顔を出すサロンはありますか?……』
食事の後部屋に戻ると、早速手紙を書いてはみたものの、知りたいことが多すぎる。質問攻めの文章になってしまった。
男性と手紙のやり取りをするなんて初めてで、このような内容でいいのか不安でしかないが、父や母に添削を頼むのも気恥ずかしかった。
一旦手紙を送り、様子を見ることにした。




