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11.因果応報、同じことをやり返されただけ



カツカツと、屋敷の廊下をあるく一人の男がいる。セリュディだ。

セリュディは、事態があまりにもうまくいくので、内心ほくそえんでいた。


―――まさか本当に、アリスミリア様と婚約ができるなんて。

ずっと夢に見ていた。伯爵家のアリスミリア様と自分なんて、ぜったいに無理だと思っていた。


アリスミリア様が結婚相談所に興味があると聞き、自分も利用してみたが、まさか本当に婚約ができるとは。



いっしょになれないと知りながら、ずっと諦めきれなかった。


アリスミリア様はきっと覚えていないだろう。

アリスミリア様が子供のころ、一緒に騎士団の稽古をつけてもらったことがある。

その際の練習試合で、セリュディとアリスミリアは対戦しているのだ。


指導官ライオネル様の子供でさらに女なんて、親のコネでしかない存在だ。セリュディはアリスミリアに対して、最初は嫌悪感をいだいていた。

どうせすぐに負けて泣く。

そう思って試合が開始した瞬間、衝撃だった。



イノシシが突進してきたかと思った。



小柄な体躯からは考えもつかない重い一撃。その速度たるや。

コネなんてとんでもない。どれほどの訓練をつんでそこまでの能力を身に着けたか、想像に容易かった。


しかしその時すでにアリスミリア様と私の体格差は大きく、どれほどの技量があっても覆すことは難しかったのだ。

結果、その試合は私が勝った。


試合が終わった後、相手の努力を称えようと思い、アリスミリア様に近づいていった。

彼女は水飲み場で水を頭からかぶっていた。

負けて泣いているのだろうと私は思った。


「さきほどは見事だった。その小さい体でなかなかやるな」

当時は女を褒めるなんて恥ずかしく、上から目線の言葉になってしまった。

今思えば、なんと愚かな自意識だろうと思う。


握手を求めた私に対し、アリスミリア様はゆっくりとこちらを見た。

その時の瞳が、今でも忘れられない。


彼女が見せた瞳は、明らかに怒りと嫌悪をにじませていた。

ばちばちと雷が落ちたような衝撃。

力強さに目がくらんだ。


水にまみれた状態だったので、泣いていたかどうかはわからない。

しかしその目の強さといったら。あれを超える感情を向けられたことは、これまでも一度もない。

彼女は恐ろしい形相でこちらをにらむと、俺の言葉を無視し、そのまま練習に戻っていった。


なんて強い生き物だろうと思った。

女というものはこうゆうものだ、と思い込んでいた自分の認識が、大きく覆された。



そのすぐあとから、もうアリスミリア様は騎士としての鍛錬には来なくなった。

彼女の体躯で練習を続けることが難しいのは、傍目からもあきらかだった。


もう会うことはないかもしれない。

それでもこの人と、この人のいる国を守るために命をかけようと思った。


自分は血反吐を吐く思いで鍛錬を重ね、騎士として認められていった。


マナーを覚え、気品ある言動を心がける。子爵家の人間としては過剰なほど、高貴に見えるよう常に気を払った。


それはまたいつか、アリスミリア様にお会いした時に恥ずかしくないようにだ。

直接お話ができるだけで奇跡のようなものなのに、人間とは欲が深いものだ。


もう一度顔が見たいと思い、顔が見れればお話しをしたいと思い、お話ができれば結ばれたいと思ってしまった。


アリスミリア様とブライドネンの結婚が決まったとき、この気持ちは終わりにしなければと思った。

しかし奴は愚かにも、婚約破棄などという愚行にでたのだ。


私にとってはチャンスではあったが、悲しみに暮れるアリスミリア様を思うと、胸が痛んだ。


アリスミリア様を傷つけた男が、のうのうと幸せになっていいはずがない。


私は奴がほれ込んでいる没落令嬢が住んでいたという村を訪れ、そこで女にサンデルというおさななじみができていたことを知った。


話を聞くと、どうやらそいつも没落令嬢に恋慕の情をいだいているらしい。


村の住人に話を聞いたところ、没落令嬢も男を好きだったのではないかということだった。


サンデルという男に足りないのは、行動力と身分だ。

騎士の権限をつかって、正式に男を式場に招待し、没落令嬢に思いを伝えるよう提案した。


結婚式に乱入されるブライドネンのあの顔といったら。

花嫁は奪われ、幼なじみと結ばれた。

見事、二人は両想いとなったのだ。


通常であれば、平民がそんなことをすれば死罪になってもおかしくはない。

しかし、ブライドネンがもともと、婚約者がいたにもかかわらず、それを破棄して没落令嬢に乗り換えたことは皆知っているのだ。


因果応報、同じことをやり返されただけ。当然のむくいだという空気は漂っていた。さらに、貴族は娯楽に飢えている。結婚式の場にのりこみ結ばれるなど、物語のようではないか。


美しい本当の愛を見つけた二人を罰するなど、無粋なものだ。


―――浮気が心配、ねぇ。

セリュディは、ふふっと微笑む。

浮気を疑うなんてばからしい。常に監視をつけておけば、浮気をしていないことなんてすぐわかる。


万が一浮気をされたとしても、それはアリスミリア様に非があるわけではない。他人からの愛情を求めてしまうくらい、寂しい思いをさせてしまった自分が悪いのだ。


もう一生離しはしない。

たとえアリスミリア様が誰かを好きになろうと、年老いて別人のような外見になろうとも。

この愛情の重さに気がつき、逃げたがったとしても。


しかし、「守りたい」なんて言葉は、今後うっかり口にしないようにしなければ

可憐な女性扱いをされることは、アリスミリア様が好まないことはリサーチ済みだ。


セリュディは、婚約を申し込まれたときのことを思い出す。


やはりアリスミリア様はあの頃と変わらない。

女性から婚約を申し込むなど、聞いたこともない。アリスミリア様はいつも常識を壊してくださる。


セリュディはアリスミリアの瞳を思いだし、ぞくりとした。

このような感情を味合わせてくださるのは、アリスミリア様だけだ。


ああ、これから一生、俺の奢ったくだらない価値観をぶちこわし続けてください、アリスミリア様。



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