18.牛の糞にも劣るド低能が
それからさらに2カ月後。
晴れた午後、ヴォルガラスとエルミーヌの結婚式が行われた。
婚約破棄にあった数ヶ月後に美しい白いドレスを着ているなんて、当時のエルミーヌには想像もつかなかった。
式は、孤児であるヴォルガラスの親代わりの騎士団の上司と、エルミーヌの家族での少人数で行われた。
ヴォルガラスとの結婚式の後。
結婚を祝うパーティが行われた。
エルミーヌの友人の令嬢達や、ヴォルガラスの騎士団の所属者が多く参加し、皆酒を飲んだり踊ったりと、楽しい時間を過ごしていた。
エルミーヌはヴォルガラスと共に、参加者達に順にあいさつをする。
いかつい見た目の騎士達に最初は緊張したが、皆気のいい良い人達だった。
すると、一人の女性がエルミーヌに近寄ってくる。
「おめでとう、エルミーヌ」
「姉さま!」
声をかけてきたのは、エルミーヌの姉であるルノダイヤだ。
彼女はエルミーヌの腹違いの姉である。
ルノダイヤは愛人の子だったが、その器量の良さからエルミーヌの屋敷に引き取られた。
その後第5王子に見初められ、現在は王子妃だ。
エルミーヌの父親が伯爵という爵位を得ているのは、ルノダイヤのおかげだった。
「エルミーヌも妻になるのか。何かあったらいつでも相談してね」
「本当?姉さまもお忙しいのではなくて?」
「エルミーヌのためなら、いつだって時間を空けるよ」
すると、騎士の一人が大声で注目を集めた。
「それでは皆さん!本日の主役、エルミーヌ様のお父様に、一言ごあいさつをいただきましょうー!」
エルミーヌは嫌な予感がする。
余計なことをしないでほしいと思ったが、すでに遅かった。
グラスを持った父親が、静かになった会場で話し始める。
「本日はお集まりいただきありがとうございます!
見ての通り、器量も頭も足りない娘ですが、騎士様に拾っていただけてほっとしております!
騎士様も、こんなハズレをわざわざ選ぶなんて、物好きですな! 」
父親が話し終わると、あたりは静まり返り、張りつめた空気が流れた。
エルミーヌの父はいつもより酒を飲んでいた。そのせいで上機嫌になったのだろうか。
笑いが起きるだろうと思った父親は不穏な空気を察し、あたりを見回した。
誰一人笑っていない。
エルミーヌはうつむき、誰とも目を合わせることができない。
(これで最後。今日で最後だから。)
エルミーヌは怒りと屈辱で震えながら、時間が経つのをただ待っていた。
最初に口を開いたのはヴォルガラスだった。
ヴォルガラスがエルミーヌの肩を抱きよせる。
「ユールドース伯、我が妻を侮辱することはおやめください。エルミーヌは今日からはもう俺のものです。
そして騎士にとって、身内を侮辱されることは宣戦布告と同義。もう一度でも同じようなことを口にされれば、相応の報いを受けていただきます。」
ヴォルガラスが声を発するのと同時に、つい先ほどまではしゃいでいた騎士たちがユールドース伯に向き直り、隊列を整えた。
笑いごとでない空気を察し、ユールドース伯は青ざめる。
次に口を開いたのはエルミーヌの姉、ルノダイヤだった。
「器量も頭も足りてないのはあんただよ、くそジジイ。牛の糞にも劣るド低能が!」
しんとした会場にドスの効いた声が響き渡る。
「今どういう状況か周りが見えないの!?エルミーヌが主役の場面で、でしゃばるんじゃないよ。自分の娘を貶めて、何がしたいの?反吐が出る!!」
ルノダイヤの啖呵に、周囲の騎士達がざわつき始めた。
「たとえ父親でもエルミーヌを悲しませるのならそれなりの覚悟をしてください。明日からどんな立場になるかお考えになって。
今後もこのような言動を繰り返すのなら、第5王子妃があらゆる手段をもってあなたを今の地位から引きずり下ろします」
ルノダイヤの力強い宣言に、拍手が巻き起こる。
騎士達からは「よく言った!」「姐さん!!」などの声が上がっている。
エルミーヌの父親は真っ青な顔をして、謝罪とも言い訳とも取れない言葉を述べた後、足早に会場から消えていった。
「あんた、反応が遅いよ。もっと早く言い返しな」
ルノダイヤがヴォルガラスを責める。
「すみません。気を付けます」
「姉さま、ありがとうございます......」
「この子はね、妾腹の私に唯一優しくしてくれたの。屋敷にきて肩身の狭かった私の、たった一人の本当の家族。エルミーヌを泣かせたら、あんたもただじゃ置かないよ」
「......はい。」
ルノダイヤの周りには、騎士達が集まってくる。
「姐さん痺れました!!」
「結婚してるのか~、立候補したかったです!」
騎士の多くは、平民からのしあがった者か、貴族のなかでも継承権のない三男以下だ。目上の者に啖呵を切る姿は、敬意をいだかずにはいられないのだった。
「ヴォルガラス、私......」
「お前は俺が選んだ女だ。世界一きれいだよ」
ヴォルガラスはエルミーヌを抱きしめる。
不安をすべて消し去るような温かさに、エルミーヌは安心したのだった。
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