15.婚約破棄の本当の理由
エルミーヌの視界が涙でゆがむ。
人前で涙を見せるなんてみじめなことだったが、もはやどうでもよかった。
「彼、婚約者とおそろいの指輪を付けていたのよ。エメラルドを親指に。
私にはそんなもの贈ってくれたことがないのに。
やっぱり、ブロンドにはかなわないのよ。赤毛になんて生まれてきたくなかった……。」
グレシアナは何も言わずただ立っている。
エルミーヌは言葉にしたことで急激に恥ずかしさがこみあげてきた。
こんな感情的な様子を見せてしまって申し訳ない。
「ごめんなさいね、私のカウンセリングをさせたいわけじゃないの。」
エルミーヌはグレシアナが困っているだろうことを気にして、立ち去ろうとした。
しかしグレシアナはむしろ喜びに打ち震えていた。
エルミーヌの涙がいっぱいにたまった瞳、動揺を少しでも隠そうとする健気な姿。
(ああ、なんて美しいものを見ているのだろうか。)
グレシアナはエルミーヌに悟られないよう、心のなかでだけ感動を噛みしめた。
誰かを想い悩む苦しみ、プライドの傷つけられた悔しさ。揺れ動く感情は美しい。
全て宝石にして飾っておければいいのに。
エルミーヌのほほを伝うダイヤのような涙を見つめながら、グレシアナの心は、この娘を救いたいという気持ちと、このまま見つめていたいという気持ちでない交ぜになる。
これでこそ、この店を始めた甲斐があるというものだ。
拮抗する気持ちの中、グレシアナはどうにか、彼女を救うための言葉を絞り出した。
「エルミーヌ様、アルフレード様が婚約破棄をした理由は、おそらくルミエラ様を好きになったからではありません。」
エルミーヌは驚いてグレシアナの顔を見つめた。
「アルフレード様は、ルミエラ様を助けるために婚約を決めたのです。」
「……どういうこと?」
「ルミエラ様のお母様は、数年前再婚されたのをご存じですか?」
エルミーヌは、ルミエラが家族との折り合いが悪いという噂を聞いたのを思い出した。
「ルミエラ様の新しい父親はお若く、結婚前は遊び人で噂の色男で、婦人方と浮名を流されていました。
若く美しいルミエラ様に手を出そうとしているなんて噂もありましたから、もしそれが本当だとすれば、ルミエラ様が早く家を出たいと思うのは当然のこと。
しかし、新しい父親はルミエラ様を手元に置こうと、縁談をすべて断ってきたのです。
困ったルミエラ様は、断ることのできない強力な縁談相手が必要でした。
しかし、ルミエラ様の家柄では格上の縁談は結ぶのが難しい。
そこで、貴族になる前の取引先であったアルフレード様との縁談を希望したのです。
宝石商から発展したルミエラ様のお家は、アルフレード様の御用達の取引先でした。
アルフレード様から希望されれば、ルミエラ様の父は断ることができません。
タイミングを見計らって、ルミエラ様はアルフレード様に経緯を説明し、縁談を結んでくれないか相談したのでしょう。
ご存じの通り、アルフレード様はお優しい方ですので、ルミエラ様を助けるつもりで縁談を結んだと考えられます。」
エルミーヌは思わぬ理由に絶句してしまった。
(人助け?)
(婚約破棄をすることで、私が苦しむことは考えなかったの……?)
誰に怒りをぶつければいいのかわからない。
かみ砕いたと思っていた苦しみが、また戻ってくる。
「だから少なくとも、ルミエラ様の髪色を好きになったわけではないと思います。そこだけは覚えておいてくださいね。」
フォローするように、グレシアナが付け足した。
「……。それが本当かどうかはわからないけど、どうやってそんなことを知ったのよ?」
グレシアナは間髪をいれず答える。
「私は貴族の屋敷の壁直しに呼ばれることがあるのです。そこで作業をしていると、様々な噂話が入ってきます。」
グレシアナは続けた。
「ヴォルガ様ともそこで知り合いました。ヴォルガ様は髪色で女性を判断しませんよ。ぜひ次に会うときは、エルミーヌ様と婚約をしたい理由を聞いてみてください。」




