13.まさかの婚約申し込み
セリュディは長い髪を一つに結び、騎士の白い隊服をまとっている。さわやかな笑顔で上品な、貴族らしい出で立ちだ。
ヴォルガのような粗忽な人間に、こんな友人がいるのかと、エルミーヌは意外に思った。
「ヴォルガのご友人ですか?」
「ええと……」
セリュディからしたら、エルミーヌとヴォルガラスがどんな関係なのか気になるだろう。
結婚相談所で知り合ったことは隠したい。
エルミーヌは焦ってしまい、上手い嘘が考え付かなかった。
仕方なく、今さっき聞いたばかりの話をそのまま自分に当てはめることにした。
「命を……、彼に助けられたことがあって。」
ヴォルガラスは思わず笑ってしまう。ひどい嘘だ。
「最近は治安が悪いですからね、こいつが役に立ったようで何よりです。」
無理がある嘘だと思ったが、セリュディに気づかれてはいないようだ。
「エルミーヌ様、ユールドース伯爵家のご令嬢でいらっしゃいますよね?
実は何度かお見かけしたことがあるのです。アリスミリア様とよくお会いされていませんか?」
アリスミリアはエルミーヌの仲のよい友人だ。
「ええ、先日もアリスミリアの屋敷にお邪魔したわ。」
「我々はよくアリスミリア様のお父様に稽古をつけていただいているのです。」
「まあ、そうだったの。気がつかなかった。」
アリスミリアの父は騎士団所属で、大層な活躍をされた方だ。巨大な体躯とそれに見合う怪力で敵をなぎ倒し、20年前の戦争で戦果をあげたという。
騎士を辞めた後も、指導官として関わっている。
自分の屋敷近くに練習場をつくっているため、アリスミリアの家に遊びに行くと、騎士団らしき男たちが出入りしていることがある。
アリスミリアはあいさつくらいしているだろうが、エルミーヌはどの騎士とも直接話したことはなかった。
このまま居るとボロが出そうだったので、エルミーヌは退散することにする。
「今度屋敷で見かけたらまた声をかけるわ。そろそろ行くわね、ごきげんよう。」
エルミーヌはそそくさと去っていった。
「おまえが女性と話すなんて珍しいな。」エルミーヌが去った後、セリュディは言った。
「そうでもない。」
「ふうん?」
「戦術書、これでいいのかよ?」
「最初はこれくらいでいいだろう。そのうち歴史書も合わせて読めよ」
***
それから数日後、エルミーヌは父親から呼び出された。
父から声をかけられるとひやりとする。大体ろくなことではないからだ。
しかしエルミーヌの予想に反して、その内容は吉報ともいえるものだった。
「婚約の申し込みがあった。騎士団のヴォルガラス・キャストロウからだ。」
エルミーヌは衝撃を受けた。
(……あんなにはっきり断ったのに!!)
まさか直接父に手紙を送るとは。伯爵家であるエルミーヌの家からすれば、ヴォルガラスは低身分の相手となる。
父に何を言われるかわからない。『男爵家ごときでも手が出せると思われるなんて。』『この程度の男からの求婚など恥さらしが。』父からかけられる言葉を想像し、エルミーヌは身構えた。
しかし、父親からかけられた言葉は意外なものだった。
「おまえのような捨てられた女にまだ婚約の話が来るなんて、奇跡のようなものだ。良かったじゃないか。」
腹の立つ言い方ではあるが、想像とはうらはらに、父親の反応は思ったよりも良いようだった。
「お前は売れ残りなのだし、贅沢は言えんだろう。いいんじゃないか?」
父親はもしかすると、騎士という仕事に好感をもっているのかもしれない。
20年ほど前、隣国との戦で騎士団が活躍し勝利を納めた。そのため、当時を知るものは騎士団に対して好印象を抱いているのだ。
最近では大きな戦がないため、治安維持の役割を持つだけの地味な仕事だが、身分の割に否定されないのは父が少なからず騎士団を尊敬しているためだろうか。
それに、騎士は昇級の機会も多い。
騎士は活躍に応じて昇級の可能性がある。
今後の爵位の変化を見込んでいるのかもしれない。
(あんな生意気な男と結婚する気はなかったけど、そんなに私が好きなら考えてやらないこともないわ。)
エルミーヌの拒絶にもくじけないヴォルガラスに、悪い気はしなかった。
エルミーヌはこれまで恋愛で追いかけられる経験がない。アルフレードとは元から婚約が決まっていたし、当然他の男とは必要以上に親密にならなかった。
それに、婚約をすることでエルミーヌにとってのメリットもある。婚約破棄をされて以来、エルミーヌは屋敷にいることを避けていた。父から嫌味を言われ続けるからだ。
しかし、今の父の態度からすると、婚約をすれば今後は余計なことを言われずに済みそうだ。
「今すぐには決められませんが、何度かお会いして考えてみます。」
エルミーヌは決断を先延ばしにする返事をした。
エルミーヌは自分の部屋に戻ると、結婚相談所のグレシアナへ手紙を書き、彼との面会を依頼した。彼と知り合ったきっかけが相談所である以上、グレシアナを通すべきだと思ったからだ。




