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9.天才的だわ


***


「エルミーヌ、何だかご機嫌じゃない?」



数日後、今日は友人と演劇を鑑賞しに来ている。

2人は貴族用の2階席に座り、舞台を見下ろす形になっている。



友人であるグリネッタとは、よく観劇に来る。

サロンで知り合ったのだが、舞台が好きで意気投合し、それからはほとんど毎月一緒に舞台を見に来る仲だ。



「そうかしら?久しぶりにあなたに会えるから、楽しみだったのよ。」



実際にエルミーヌはここ数日、調子がいい気がする。

庶民とのデートという目新しい体験をすることで、気晴らしになっているのかもしれない。



今日のエルミーヌは、マルケセインとのデートの時と違い、貴族らしい豪華なドレスに身を包んでいた。



たっぷりとしたボリュームの、白とピンクを基調とした布地に、上品に輝くルビーのネックレスをつけている。



白地にルビーの赤が映える、お気に入りの組み合わせ。



(庶民の服装も楽しかったけれど、やはり久しぶりにおしゃれをすると気分が上がるわ。)



質素な服装のあとだと、これまでは日常だったドレスも特別な物のように感じる。



今日見る舞台の演目は、悪女に振り回される男の話だ。



2ヶ月ほど前のエルミーヌであれば、恋愛の演目など見る気にはなれなかっただろう。



しかし不思議と今はなんの不安もなく、開演を楽しみに待つことができる。



婚約破棄から時間が経っているからかもしれないし、庶民とのデートで気晴らしになったせいかもしれない。



開演前の薄暗い会場、演目を楽しみに待つ人々のざわめき。



指定席に向かうまでの、絨毯を踏みしめる感覚。どれもが心地よい。

自分の心の変化を、エルミーヌはうれしく思った。



「今日の俳優は最近の私の推しなの。声の力強さが格別で、練習熱心なのよ!」



女性に振り回されるなんてはまり役、絶対に見たかったの!と友人は興奮しながら声を上げる。



「最近よく主演をやっているわよね。以前見た舞台では、目が行くような美しい声だったような。」



この友人にも、すでに将来を決められた婚約者がいる。



もちろん自分の意志で選んだ相手ではなく、家族が決めた家柄重視の相手だ。



恋愛というものができないため、舞台俳優で疑似恋愛をする貴族は多い。



目をハートにして俳優について語る友人は、キラキラしてかわいらしい。エネルギーに満ちている。



エルミーヌはまだ推しというものができたことがないためわからないが、友人曰く「推しは作るものじゃないの。気がついたらできているもの!!」らしい。



(彼女の様子を見ていると、推しがいることがうらやましいのだけれど、自然にできるまで待つしかないのね。)



友人は、その俳優の好きな色だという紫をメインにしたドレスを身に着け、ピンクトパーズの指輪をつけている。



推しのことを連想するコーディネートにはまっているらしい。



会場が暗いため目立たないが、光沢のある紫と、レースをたっぷりと使った上品なドレスは、このまま舞踏会にも参加できそうだ。



袖口は広がり、動くたびにふわりと揺れる。推しに会うと思うと、ファッションの気合も通常の三倍になるらしい。



「彼が結婚したら、わたくし立ち直れないと思うわ。どうにかうちの妹との縁談を組んで、せめて家族になれないかしら!むしろ、うちに養子に来てくれたら、兄妹での禁断の恋の可能性が……!?」



あまりにも突拍子のない意見に、エルミーヌはあきれて大きなため息をつく。



「まったくグリネッタ、そんな考え…………天才的だわ。」



ふたりで笑いあう。ふざけた妄想を話しながら、エルミーヌはちらりと下の階を眺めた。



2階席が貴族や王族などのフロアになっており、1階席は主に庶民が利用するフロアだ。



1階席の方が舞台からの距離が近い代わりに、平坦になっているので、前席でない限り、舞台が見にくい。



どの位置からでもしっかりと舞台を見ることができる、2階席のほうが質が上だとされているのだ。



庶民の生活を垣間見たことで、人々の生活に思いを馳せるようになった。ここにいる一人ひとりに、それぞれの生活があると思うと不思議な感覚だった。



エルミーヌは、この友人に、結婚相談所を利用していることを話そうかどうかと迷った。



婚約破棄のあとすぐは、慰めの言葉をかけてくれたが、そのあとは恋愛の話題は出さずにいてくれる。



単に、そう興味がないのかもしれないが、こちらから話題に出さない限り、話を避けてくれているやさしさがうれしかった。



今はもう落ち込んでいないこと、庶民の生活を少し覗き見ていることを話したかったが、少し悩んだ後、やはりやめることにした。



庶民とのデートは自分にとっては楽しい経験だが、グリネッタは不快感を示すかもしれない。

もう少し自分の中でしまっておこうとエルミーヌは思った。



あたりがさらに一段暗くなる。開演を知らせるベルが鳴り、エルミーヌは舞台に目を向けた。


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