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トリック!

ハロウィン仕様。番外編です。

「あら、野獣さん」


 いつものように突然家に現れたお姫様に、俺は項垂れた。

 ああ、知っている。知っているとも!


「今日はハロウィンという行事がある日らしいのです。知っているかしら?」

「いいや」

「嘘をつくと、首をはねさせますわよ?」

「……残念ながら、知っている」


 多分、王族や貴族といったものには、ほとんど関わりのない行事なのだろう。

 他人の家にお菓子をねだりに行くなんて必要ないし、むしろ好ましくない。

 だが、今年は――


「やあ、義弟君」

「お久しぶりです、王子」


 この人の入れ知恵なのだろうか。

 ハロウィンなんて七面倒な行事を、アールレィシャ姫に教えてしまったのは。


「トリックオアトリート!」


 王子に言われ、即座に答える。


「どうぞ」


 机の上には、彼らのために作ったお菓子が大量に乗っていた。

 保身のためだ。保身の。

 もし、お菓子が無いなどいうことになろうものなら、何をされるか分からない。

 だから、用意した。


「ありがとう。僕は王子に仮装しているんだよ」

「ちなみに、私はお姫様ですわ」


 それは仮装とは言わないんじゃないだろうか。

 この最強兄妹にそんなことを言おうものなら、「野獣さんが日々野獣さんに仮装しているから私たちもそうしたんだ(ましたの)」と言われそうだったので黙っていた。


「へえ、僕のためにありがとう」


 王子は机の上を物色し、天使の微笑みを俺に見せた。

 もったいないから、城に住んでいる可愛らしいお姫様にでも見せたらどうだ。

 そう思いながらも、そこまで悪い気はしなかった。

 こうやって、街の行事を家で楽しむ日が来るなんてな。

 やっぱり、悪くはない。


「お邪魔っぽいしね。僕は先に帰るとするか。では、義弟君。……良い夜を」


 含みを持たせて帰った王子のあの笑顔が気になるんだが、どうだろう。

 まあ、お菓子を持たせたわけだし、何かしてくるわけないよな。

 だ、だが、こんなにあっさり帰ると言い出すなんて……。

 そんな風に思っていたのだが、お菓子とともに王子は素直に帰って行った。

 何事もなく、この行事を乗り切れたと安堵する。

 しかし、残っていたお姫様――


「まあまあ。野獣さん、私のお菓子がありませんわ」

「いや、だから、あの大量のお菓子は!」


 アールレィシャ姫とパウロ王子のものだ!

 そう続けようとしたのだが、しかし。

 あせって、机の上を見れば、パウロ王子ごとお菓子が消えてしまっていた。

 ま、まさか……。


「でも、パウロ兄様が全て持って行ってしまったもの。ねえ、野獣さん」

「う、あ、あ……」


 計画的犯行か!?

 だいたい、移動の力を使えるのは姫の方だと聞いている。

 つまり、彼女の計画的犯行か!?


「トリック、ですわね?」


 まずい。これはまずい。

 今日のために、お菓子の材料はすべて使い切ってしまったし、逃げるための上手い口上も思い浮かばない!


「楽しみですわ。何をして頂こうかしら」


 俺を追い詰めるために、彼女が数日前から何やら考えているのは何んとなく察知していた。

 これがこんな風に発揮されるなんて、考えも……いや、考えれば分かるはずだったのに!

 くそっ。どうやって乗り切るべきなんだ!?


「面白い悪戯、ウォッカスは何か思いつく?」

「いや……」


 ここで、思いついたと言っておけばよかった!

 いきなり何を言い出すのか分からないお姫様に、提案をしようと口を開きかける。


「とりあえず、動かないで下さる?」


 唇に指を当てられて、心拍数が上がっていく。ついでに、顔も真っ赤だ。

 くそっ、勘弁してくれ!

 このお姫様、なんだってこんなに色気があるんだ!?


「まあ、まずはアレですわね」

「……何だ?」

「キスしてください」


 は?

 口をぽかんとあけていたら、頬に柔らかい感触があった。

 は?


「さあ、どうぞ」


 いや、いまされたばっかりだよな?

 目を閉じられるものの、俺は動けない。

 いや、これはどういうことだ!?


「悪戯、です」


 いや、悪戯されるのは俺であんたではないはずだろ!?

 だから、これは悪戯されているわけで、でもするのは俺!?


 少しずつ距離が近くなってきている気がするんだが、気のせいだと思いたい。

 ど、どうすればいいんだ!?


「してくださらないの?」


 落ち込んだ声に、負けた。

 これは誘惑に負けたんじゃない。

 お姫様に全ての意味で完敗だっただけだ。


 だから、この柔らかい感触も、このやっちまえという気持ちも、身勝手な言い訳も、全て彼女のせいだ。

 破裂するような心臓を抑え、彼女を見れば勝ち誇ったような顔をされた。

 負けっぱなしで悔しいから。


「トリックオアトリート」


 ムッとして呟けば、彼女は今日一番の笑顔を見せた。

 そして、珍しく肩から下げていたバックから、何かの包みを取り出した。


「かぼちゃのクッキーです。私が作ったの!」


 ああ、そうですか。

 どうやら、本当はこれを食べてほしかっただけなのだろう。

 それなのに! それなのに!

 俺はまんまと彼女にやられちまってる。


 小さく「ありがとう」と言って齧れば、甘い香りが漂い、何を入れたんだが強烈な彼女独特の味がした。

 ここで、かの王子様の言葉を思い出す。


「……うまい」

「わあ、本当!? まだあるのよ。どうぞ、野獣さん」


 長い夜に、なりそうだ……。

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