東京記念
東京記念の最終追い切りの日。既に9月になり残暑がまだまだ残る。というかガッツリ夏だな、昔ここまで暑くなかった覚えあるんだけどなぁ。
追い切りはいつも通りトライアビットとブリンカーで望む。先週かなり強めの調教をしたので今日は軽く流すだけみたいだ。
1ハロン13秒くらいだろうか。全力とまでは行かないが体の調整にはちょうどいい位のスピード感だ。
入厩時は557kgあったが、一昨日計った時は540kgだった。入厩時と比べて減ってはいるが帝王賞からは大幅アップだ。
「いやー最高。お前の乗り味最高だね、ロールスロイスみたいな高級のある乗り心地だよ。まあ馬主さんのしか乗ったことないけど」
お前のロールスロイスじゃないんかい。と心の中でツッコミながら馬場を後にしてかまだの方へ向かう。
「体重増えたけど全く動きは重くないし、レースもこれで行きましょう。超乗りやすい。」
「じゃあその馬具で用意していくんで、勝ってな」
「この感じなら勝ち負けとかじゃなくて落馬しない限り負けないよ。安心して」
もりかわくん自信満々のフラグだ。まあ真面目に今回は走るから回収はしないんだけどな。さてとストレッチでもして今日は早めに寝よう。なんか競馬場はピリピリして疲れた。
東京ダービー当日の朝は生憎の土砂降り。まじで外出たくないな、引きこもるにはピッタリの雨。しかしそうも言ってられない。
朝飯を食べてレースまでは少し仮眠をとる。目が覚めると既に夕方の時間になっていた。朝から降り続く雨は未だ止みそうもない。
うわぁ、馬場ぐっちゃぐちゃだよ。ほんとに走るの?中止になんないかな。
レースの2時間前の午後18時、レースに向けての手入れが始まる。ハミとブリンカーをつけてしばらく馬房で待機した後に装鞍所へ向かう。
雨の中なので少し寒いが走ればすぐ温まるだろう。
装鞍所へ行くと先に何頭か周回をしていた。このクラスを走るのは初めてだが、うるさい馬は見た感じいなそうだ。
10週ほど周回した後に鞍をもりかわくんとそのバレットがつけてくれる。付け終わると雨だからかあまり歩かずに待機をする時間が多くなった。
パドック入場の時間になるとスーツを身にまとったかまだと一緒に入る。今日は大外枠の14番だからいちばん最後にパドックへと入る。
雨なのにも関わらずお客さんは超満員でぎゅうぎゅう詰めになっている。よくこの雨の中傘もささず、競馬見ようと思うよな。
人気は俺が圧倒的な1.2倍の1番人気。まあ勝てると思うよ俺も。ハズレさせないから任せてくれ。2番人気以下は10倍近いオッズで正直聞いた事のある馬はいない。
にしても雨止まないし、なんか体冷えてきちゃうよな。ちょっと速歩して体軽く動かそうかな。そうして俺は速歩を始める。すると慌てた表情のかまだが手綱を引いてくる。
「落ち着けよ、にしてもお前が気合い入れてるの珍しいかもな。これひょっとするぞ」
やる気がある訳じゃないけど去勢されるのが嫌なんだ。朝起きたら玉が無くなってたらと思うとゾッとする。だから今回だけだぞ。
「止ーまーれー!」
騎乗の合図がかかり、騎手が各馬に騎乗し始める。
もりかわくんも小走りで向かってくる。
「ちょっとイレ込んでるかもだから馬場入り気をつけて」
「へーリアン珍しいじゃん。了解です、気をつけます」
馬場へ入ると案の定ぐちゃぐちゃの田んぼのような馬場だ。正直ここに足を踏み入れるのはだいぶ嫌だけど仕方ない。
馬場入りはいちばん最後が俺なのだがキックバックがかなりドロドロでいつものように後方待機していたら泥団子の完成だ。そうはなりたくない。逃げるか。
前の馬を早めに行かせて俺もようやく馬場へ入りキャンターをする。スタンドからは待っていましたとばかりに歓声と拍手が鳴り響く。期待されてんなぁ……。
不良馬場というのはスピードが速くなりやすいのでそこそこ調子がいいのではないかと勘違いしてしまう。
「ほー」と声が馬上からかかり、速歩と常歩に順次に移行をする。
「うんこれ、やばいくらい動く。大外だし外からダッシュ決まったら逃げるか」
どうやら俺ともりかわ君は同じ考えのようだ。いちばん外だし、最悪外回り続けたら泥まみれにはならないしな。
向正面のゲート裏に行くと何頭かはイレ込み始めた。全て内枠の馬なので俺には関係ないだろう。むしろ内枠で出遅れて欲しい。
ゲートに入れられるのは俺がいちばん最後なので待っているとイレ込みが嘘のようにすんなりと入って俺の番が来た。
かまだが俺をゲートに入れ、外に出て一呼吸置いて東京記念のゲートが開いた。集中をこれまで以上にしていた俺は完璧とも言えるスタートを決めた。スタートしてすぐ右コーナーなのでスタートは右手前で綺麗に決められた。
スタートと同時に内を見ようとしたがブリンカーで他馬の状況が見えない。仕方ないから騎手の指示があるまで思いっきり走る。これがブリンカーの効果なのか。少し不安だな。
内側の手綱を引っ張りラチ沿いまで向かいコーナーへと入る。どうやら先頭は取れたようだ。しかし後ろが見えないというのはかなり不安なものだ、ペースはまだ落とさずに暫く走り続けよう。
スタンド前に入り、左手前へと変える。意識すると意外と難しいがエピックファームでの練習の成果が出た。
スタンド前を走ると大歓声が湧く。大歓声というより、俺が逃げたことへのどよめきも幾らか入っているだろう。
スタンド前を過ぎてコーナーへ入る。もりかわ君が「よし、少し落とすぞ」と声をかけながら手綱を引く。少しペースを落として息を入れていく。
それにしても後ろどんくらい離れてるんだ?足音も聞こえないし、かなり不安だ。ここは信用するしかないな。俺の去勢かかってるから頼むぞ。
3コーナーを過ぎて徐々に手綱が動かされて前へと指示が入る。2400mのレースだが、息はまだそこまできつくない。ペースを上げていって大歓声の待つスタンド前へと向かう。
チラッとモニターが見えそうなので見ると後ろとはかなり大きな差が開いていた。10馬身以上あるだろうか。しかし気は抜けない。持てる力を最大限に出して走り続ける。
手を抜かずに走り続けているとスタンドからは更に大歓声が上がる。
ラスト200mを少し切ったあたりで「よーしもう届かないぞ!よくやった!」そう言ってもりかわ君は追うのをやめる。
左のスタンド側から少し聞こえる実況も大きな声で『圧勝!14番リアンエテルネル!完全復活ー!!!』と言っているのを聞きながら最後は流してゴールをした。
ガッツポーズを終えたするもりかわ君は「最高だよ!お前やっぱりすごい馬だよほんとに!JBC行くぞ!」と今まで聞いた事のないような興奮した声で首筋を撫でてくれた。
最後流したからいつもよりも息はキツくなかった。速歩まで落として踵を返す。
そこいる泥だらけで満身創痍の人馬を見て何故か不思議な気分になった。
「いやー本気で走ったらリアンやべえな」
「おめでとう、JBC頑張れよ」
「その馬で逃げ打たれたら届かんわ」
と口々に他の騎手が祝福を贈ってくれた。もりかわ君は一人一人に「ありがとうございます」と丁寧に言いながらスタンドへと走る。
俺がスタートを決めてかけた泥だらけの他馬を見て、言葉には言い表せないような高揚感に包まれながら大歓声のスタンド前へと向かった。
南関東の豆知識なのですが、大井は他の3場の馬が出走できる枠が少ないです。そのため、他の3場の方が遠征馬を見ることがあると思います。
それは待機馬房数などの面から来るんですよね。
他にも色々南関東の豆知識はありますが、またの機会にお話しようと思います。




