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めくるめく世界の果て  作者: ゆうひかんな


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カーテンコール オフィーリアと侯爵子息③


港から侯爵家に戻ると、邸内の雰囲気がどこか殺伐としていて慌ただしい。

促されて貴賓室へ向かうと、そこには微妙な表情を浮かべる家族とエリオット殿下がいた。

そして傍らには場違いな衣装を身につけ、はしゃぐゾーイの姿があったのだ。


事前の調整もなく、いきなり侯爵家に押しかけただと?

しかも昼間から露出の高い服を着て、華美な装飾品をいくつも身につけている。


『アレクシス様、見てください! どれもこれもきらきらしていて、きれいでしょう?』

『なぜ、ここに?』

『お義父様から邪魔者はいなくなったと聞いたのです。ですから内緒で会いに来ちゃいました!』


……邪魔者だと?

無邪気な声で告げられる悪意に満ちた言葉に誰もが声を失う。

ゾーイは朗らかに笑って、お世辞にも優美とはいえないターンでくるりと回ってみせた。

私は彼女に何を夢見ていたのだろうか?

ここまで堪えていた感情が一気に爆発した。


『……もう一度聞く、誰の許しがあってここにきた?』

『え、許しって? 婚約者に会うのに許可なんているのですか? 会いたいときにきてはいけないのです?』

『そもそも、誰があなたに婚約したと伝えたのだ!』

『お義父様です。エリオット殿下が推してくださるのだから間違いなく婚約は成立するだろう、と。それに援助の欲しい侯爵家には断るという選択肢はないから受け入れるしかないだろうと……違うのですか?』


その場にいる全員が青褪めた。

この娘は、自分が舞台裏を全て暴露していることにすら気がついていないのか? 

貴族としての教育がどうという以前に、善悪の判断すらついていなかった。

表裏のない性格というのは美徳ではあるけれど、無知は罪であるという言葉の意味がよくわかった。

ゾーイは周囲の混乱には気がつかない様子で、心変わりかとアレクシスをなじる。


『アレクシス様が熱心に通ってきてくださったのは、私のことを愛してくださったからでしょう!』

『あの当時は料理と雰囲気がもの珍しくて通っていただけだ、今はもう通っていない』

『そ、そんな! 今更そんなこと言われたって……!』

『今更も何も、最初から愛しているなんて君に一言も言っていないじゃないか!』


途端に、エリオット殿下が驚いた顔で目を見開く。


『嘘だろう⁉︎ おまえたちは互いに思い合っているのに、オフィーリア嬢が邪魔をして公にできないのだと聞いていた。アレクシスも仕事の合間をぬって食堂に通っていたから、てっきり愛し合っているものだと……だからモリンズ家との婚約を解消するように侯爵家へ働きかけたんじゃないか!』

『オフィーリアが邪魔をするという話は誰から聞いたのですか?』

『……それは』

『ゾーイ嬢の養父であるマーティン伯爵ではありませんか?』

『そ、それがどうした?』

『殿下は、はめられたのですよ。マーティン伯爵の背後にはフォアメルンがいると聞けばわかりますか?』

『なんだって! では、ザルツセンの要求はフォアメルンを優遇したと思われたから……』

『そのようです。ですから、思い込みで動くなとあれほど注意しておりましたのに……こんなところでのんびりとしている余裕はありませんよ? 殿下には王へ報告する責任があります』


うろたえるエリオットの背を押しながら、両親へと視線を向ける。


『父上。ゾーイ嬢との婚約の件は、どこまで話が進んでいるのですか?』

『たしかに両家で書類は取り交わしたが、まだ王の承認を得ていない。書類は揃えたが、商会から取引を断られてその対応に追われていたから提出がまだだったのだ』

『つまり、王が承認しなければ婚約は成立しないということですね』

『……え?』


とまどいの表情を浮かべるゾーイに視線を向ける。

女神のように容姿が美しいと評される彼女。

かつては彼女が貴族の装いをして装飾品で飾った姿はどれだけ神々しいのだろうと想像したこともある。

だが実際に目にすると……ゾーイは今まで見た誰よりも醜いと思った。


『ゾーイ嬢、見てのとおり取り込み中のため本日はお帰りいただきたい』

『……その、馬車を帰してしまいました』

『当家の馬車をお貸ししましょう。侍女はどこでしょうか?』

『移動には侍女が必要なのですか?』


ゾーイの言葉を聞いた母と姉が卒倒しそうになっている。

この衣装を用意したのはマーティン伯爵家なのだろうが、着飾る前に淑女教育を施すほうが先だろうと思ったのは自分だけではないはずだ。

両親は利益どころか、不利益ばかりの婚約であるということにようやく気がついたらしい。

聞いていた話と違うとして、相手有責で婚約を解消すると吐き捨てた。


『そ、そんな! アレクシス様が私を求めてくださったのではないですか!』

『勝手なことを言わないでいただきたい。私はあなたを妻にと望んだことは一度もない』


それだけは、はっきりと言える。

周囲やオフィーリアにはそう見えていても、昔も今も変わらない。


『私が愛しているのはオフィーリアだけだ』

『いいえ、いいえ! あなたは私のものよ!』

『こっちは願い下げだ、思い込みで運命の相手だと決めつけられても迷惑にしか思わない』


アレクシスから突き放されて、ゾーイは崩れ落ちた。

エリオットは顔色を青くして呟く。


『それなら私がやったことは……』

『最初から最後まで、余計なお世話だったということです』


下手に権力を持つエリオットが関与したから、話がややこしくなったのだ。

しかもいつものように裏付け作業をさぼって思い込みだけでオフィーリアを断罪しモリンズ商会を敵に回した。

……今回の件に関わった人間は誰一人として許されることはないだろう。

この予感は違わず的中することになる。


場面が、変わった。


アレクシスの足元を照らすランタンが頼りなく揺れる。

彼は夜の帷が下りた山道を、何かに突き動かされるようにして登っていた。

王城に戻ったアレクシスとエリオットを待っていたのは、王直々に行われる事情聴取だった。

命を捧げる覚悟であったアレクシスは全てを包み隠すことなく話したのだ。

ゾーイとの関係、今回のザルツセンの要求の真意と、マーティン伯爵とフォアメルンの暗躍……そして、噂によって歪められてしまったオフィーリアの献身。

ずいぶんと前から調べは進んでいたようで、調査結果とおおむね同じ内容だったらしい。

それを確認した王は、厳しい表情を崩すことなくうなずく。


『私から処分を伝える前に、何か言いたいことはあるか?』


無言で立ち尽くすエリオットの隣に、アレクシスはひざまづいた。


『どうか私の命と引き換えにオフィーリア嬢の名誉を回復いただきたく存じます』

『ほう、命は不要と?』

『はい、オフィーリア嬢のいない世界に未練はございません』

『……そこまで言えるのなら、なぜ平民の娘に心が揺らいだ?』

『甘えていたのです。女神のように慈悲深い、オフィーリア嬢の優しさに』


今ならわかる、オフィーリアは間違いなくアレクシスを愛していた。

ダレルが誰のことか最後までわからなかったけれど、彼女はアレクシスにはっきりと言ったのだ。


私が愛しているのはあなただけだ、と。


遠回しに()()()のではなく、愛されているか不安だなのだと本人に言えばよかった。

そしてちっぽけなプライドを守るために、思い込みで彼女の不貞を疑った自分の落ち度だ。

……これではエリオットの思い込みで動く癖を責められないな。

どちらにしても同じ過ちを犯すような自分はエリオット殿下の教育係に相応しくなかったのだ。

そういう意味でエリオットも被害者であると答えると、エリオットは泣き出しそうな顔で首を振った。


『そんな! 違うのです、私が愚かであっただけでアレクシスは……!』

『エリオット、静かにしなさい。アレクシスよ、その心根は素晴らしい。だが……もう遅い』

『王のおっしゃるとおりです』


そう、間接的であろうと人が一人死んでいるのだ。

そして国同士の友好関係に亀裂を入れた。


『エリオットの王位継承権を剥奪する。その上で、グラナード()()()へ婿入りし、長女と婚姻し家督を継ぐように。また、グラナード子爵家は今後一切の王城への出入りは禁ずる』


まずはエリオットの処遇とグラナード侯爵家が爵位を落とすことが告げられた。

生ぬるい処分と思われそうだが、この時点で宝石の産出される鉱山の採掘権を国に奪われることが決まっている。

王城への出入りが禁じられたということは社交界からの追放を意味し、彼らを支援するような貴族はもはや誰一人として存在しない。

領民にも疎まれ、最大の収入源が失われた状況での領地経営は非常に厳しいものとなるだろう。


次にマーティン伯爵については、爵位を剥奪の上、処刑されることが決まった。

捕らえられた当初は身の潔白を訴えていたが、()()()情報提供によってフォアメルンと通じていたことが証明されてしまうと、それ以上は言い逃れできなかったらしい。

またゾーイについては、あまりにも愚かであっただけで、養女になってからも日が浅く、父親の犯したとされる罪には関与していないことは調べがついていた。

ただし、これまた匿名の情報提供によりマーティン伯爵の本当の娘であることが判明していたため、連座で罰を受けることになった。

彼女は辺境にある戒律の厳しい修道院へと送られる。

後日、本人の強い要望によりアレクシスと面会の場を設けてもらえたが、すでに精神を病みはじめていたようだ。

歪んだ笑みを浮かべては死が二人を分つとも魂は離れないなどと呪いのような言葉を繰り返すだけであったという。


そして最後は、アレクシス。

王は口を開いた。


『アレクシス=グラナード、汝は今回の騒動の発端である。周囲に誤解を招くような態度をとり続け、瑕疵のないオフィーリア嬢を傷つけた。その罪の重さはすでに承知しているな?』

『はい』

『ただ一方でゾーイとの婚約やマーティン伯爵の悪行には関与しておらず、何もしていないのに巻き込まれた側だ。オフィーリア嬢とのことも、周囲の余計な手出しがなければ、己が罪を悔いて許しを乞うた日もあったかもしれない』


ここで王が少しだけ憐憫の表情を浮かべる。

彼は深く息を吐いた。


『だが何もしていなかった、このことが汝の最大の罪でもある』


そう、アレクシスは何も行動しなかった。

エリオットの暴走も、オフィーリアの嘆きも、家族の思い込みも。

アレクシスが何もしなかったから、悲劇が起きたのだ。

……だから、もっとも罪深いのは私。

それを知るアレクシスは深く頭を垂れる。


『アレクシス=グラナード、汝を終身刑とする。本人も処刑を望み、また周囲からもそのような声はあったが、亡くなってすぐにあとを追われては、ようやく離れた場所で安息を得たはずのオフィーリア嬢が可哀想だという意見もあってな。たしかに、それももっともと思えた。ゆえに汝は生涯をオフィーリア嬢に捧げ、魂の安寧を祈るために費やすがよい』

『ありがとうございます』


二度とオフィーリアには会わせない、それが彼女を失ったモリンズ家からの報復なのだろう。

だがアレクシスにしてみれば、形は違えどオフィーリアに生涯を捧げることができるのならば本望。

そのアレクシスは今、高台から夜景を見下ろしていた。


……丘から見える景色がこんなに素敵だと思いませんでした。

……また二人でここに来たいです。


オフィーリアが見たいと望んだ景色を目に焼きつける。

刑罰を受ける身ながら、この場所に来ることが許されたのは王の温情。

思慮に欠けた第二王子の教育を側近であるアレクシスに丸投げしたという負い目があるからだろう。


この場所が、今のアレクシスとオフィーリアを繋げるもの。

アレクシスの隣にオフィーリアがいたという唯一の痕跡だ。


おそらくだが、この国にオフィーリアの墓はないだろう。

あのモリンズ商会が愛娘を二度と踏まないと決めた土地に置き去りにするとは思えなかった。

そんなからっぽの墓標に祈りを捧げる価値はない。

アレクシスにとって、この場所だけがオフィーリアを弔うにふさわしい場所だ。

だから王に願い出て、最後の温情としてオフィーリアにこの場所から見える夜景を捧げたいと願った。

願い叶った今、アレクシスはただ一人下界の景色を見下ろしている。

オフィーリアのように清廉で、震えるほどに美しい景色が広がっていた。


『オフィーリア、今でもまだ君が好きだと言ったら君は笑うかな』


愛しているんだ、ずっと君を。

君に愛されることを当たり前と思った愚かな男は選択を間違えてしまった。

けれど、もし再び出会えたら……もう二度と惑わされない。

静寂に支配された丘の上で、愛を失った男のむせび泣く声が響いた。


収監後のアレクシス=グラナードについて語られたものは残されていない。

一方でザルツセンに拠点を移したモリンズ商会は、ザルツセンの経済の発展に貢献し莫大な富を築いた。

生み出す富を狙ったフォアメルンからの再三の出店要請を跳ね除け、衰退していくシューゲルンを横目に次々と新たな事業を始める。

そしてザルツセンはモリンズ商会の成功を土台にして、後世カテリアという商業国へと発展した。




実は一番書いていて楽しかったのがアレクシスの回でした。一周回って可哀想な人、くらいの立ち位置を与えられたら本望です。次回はようやく四回目、短いですが義理のお兄さんとリシャールが出てきます。

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