カーテンコール イライザとクラウス①
ほんのりざまあ回のはじまりです!
各話の途中に盛り込むか、最後にまとめるか迷いましたが、こうなりました。
お楽しみいただけると嬉しいです。
少女は夢を見る。
彼女は生まれたときから特別な力を持っていた。
授かった特別な力は未来視の魔女と呼ばれるにふさわしく、過去から未来を予見する。
その力のせいで、少女は生まれたときから人目に触れることのないよう隔離され暮らしていた。
名も知らぬ男たちに囲まれて、神とも崇められていたが彼女はずっと孤独のまま。
そして、もう一つ。
何事にも表と裏があるように、現在を起点として遡り過去を夢見ることもできた。
だけどこちらの力は、秘密に……。
彼らに教えてしまえば世界が破滅するという未来が見えていたからだ。
少女は求められるがままに未来を夢見ながら、じっとそのときが訪れるのを待っていた。
待ち焦がれた少女に、ようやく転機が訪れる。
……さあおいで、我らが末の妹。
……誰よりも愛らしい君が生まれ落ちるのを首を長くして待ち焦がれていたよ。
彼女が差し伸べられた姉たちの手を迷わず取ったのは未来を知っていたから。
そして、愛してくれるのを知っていたから。
だから少女は夢を見る。
今宵は未来視の隠された力である、過去を遡る夢を……。
友人となった女性の名誉を取り戻すため、そして愛する姉達により詳しい情報を与えるために。
主役が退場したあとの世界を夢見て、それを教えてあげたいのだ。
力になりたいの。
守られるだけでなく、守りたい。
そのために、少女は夢を見る。
まずははじまりの物語である、イライザの死とクラウス=アンダーソンの人生を。
ーーーーー
クラウス=アンダーソンは伯爵家の次男として生を受けた。
由緒正しい騎士の家系に相応しくあれと、幼い頃から剣を取り、父や兄から厳しく鍛えられる。
結果、同年代では並ぶ者のいない武人となった。
その上、勉学にも秀で、領地経営の手伝いも容易にこなし領民からも優しい人柄が愛されている。
そして周囲の期待に応えて努力を重ね、ついに近衛騎士として王城に勤めるようになったのだ。
非の打ちどころがない人物ということで、婿の欲しい家から頻繁に釣書が届き、婚約の打診も絶えない。
ただそんな順風満帆に思える彼にも、周囲にはわからない鬱屈した感情があった。
期待に応え近衛騎士になった途端、目標を見失ってしまったのだ。
近衛として王族に剣を捧げることに異議はなく、家族を守るために戦うことにも異存はない。
……だが、それだけだ。
目標を叶えてしまった先にあったのは、空虚な自分。
そんなときに、イライザと出会った。
場面は変わる。
『おはようございます、クラウス様。今日も、こんなに早い時間からお勤めですか?』
『ああ、いつものようにパンと惣菜を包んでもらえるか?』
『はい。あとりんごも、ですね』
『……りんごは、まだ言ってないが?』
『ふふ、毎日のことですからもう覚えましたよ』
華奢な指先が真っ赤に熟れたりんごを優しく掴む。
そして手に持つりんごのように滑らかな頬を赤く染めてイライザは微笑んだ。
固く結ばれていた花が綻ぶような笑顔を見た途端にクラウスの鼓動は激しく打ち鳴らされる。
愛らしい彼女から目が離せなくなった。
こうして君が笑ってくれるなら自分の全てを捧げてもかまわない。
自分の剣をもらった日のように、忘れていた情熱が再び燃え上がる。
『クラウス様は、りんごがお好きなのですね』
『……ああ、私はりんごが好きみたいだ』
互いの手が触れたときに、少女は感じとる。
……彼もイライザを好きになったみたいね。
聞かずともわかる、並ぶ二人の顔は同じ表情をしていた。
場面が、変わる。
執務室でクラウスは父親と思しき男性と向かい合っていた。
『クラウス、おまえの婚約が決まった』
『……お相手は、どなたでしょう?』
『シスレー伯爵家のゾーイ嬢だ。あの家は姉妹しかいないから結婚後は長女である彼女が跡を継ぎ、おまえが婿入りして当主を補佐することになる。領地も近いし、これで一生安泰だな』
『ですが、私には……!』
『もう決まったことだ。ゾーイ嬢もご両親も大変乗り気でな、半年後には結婚式を挙げる』
『どうしてそこまで貴族という立場にこだわるのですか?』
『おまえがどういうつもりがあって見合いを断り、平民になろうとしているのか知らないが、貴族としての責務と騎士としての誇りを捨てる覚悟はあるのか? 聡いおまえならばわかるだろう? 責務と誇りの先に、守るべき民の暮らしがある。横暴な権力に抵抗するには、身分という盾が必要だ。たった一人のために盾を失ったおまえが平民を守る術はあるのか?』
『守る術であれば、私には剣があります』』
『まだわからないのか? もしおまえが貴族として無能であれば平民となるのも仕方ない。だがおまえは自ら有能であることを証明した。剣だけでなく領地経営すら難なくこなすおまえを貴族が放っておくと思うか? もしおまえの足枷が平民だとわかれば、速やかにその娘を排除するだろう。それも社会的にだけでなく、命すら危ういかもしれん。お前も近衛になって嫌というほど思い知っているだろうが、貴族とはそういうことが平気でできる生き物だ』
クラウスは絶望した。
私も、そんな貴族の一員。
将来、私の血がイライザを殺すかもしれない。
りんごのように愛らしい少女の幸せを守りたい、願いはそれだけだったのに。
クラウスの固く握りしめた拳から血が滲んでいた。
夢見る少女が傷ついた拳に手を伸ばしかけたところで、再び場面は変わる。
『こうしてクラウス様と二人でお出掛けできるなんて夢のようですわ!』
『……それは光栄です』
『ふふ、婚約が決まってお友達にも羨ましがられましたのよ? 見目麗しく優しいと評判のクラウス様が旦那様になるなんて幸せ者だって!』
無邪気で可憐な令嬢は、クラウスの胸の内を知らず弾むような足取りで領内の店を見て回る。
そんな彼女の視線が、一軒の店先に止まった。
『まあ! あのお店に並んでいるりんごは、とても美味しそうね!』
視線の先にはイライザの父親が経営する店があった。
店頭には、こちらを切ない表情で見つめるイライザの姿が見える。
衝動的に駆け寄って抱き締めてあげたい気持ちが湧き上がるのを無理矢理押さえつけた。
意図してゾーイ嬢の耳元に顔を寄せる。
『あのお店よりも、あちらのお店の売り物のほうがあなたに似合いそうですよ?』
『まあ、本当! 可愛らしい小物がたくさんあるわ!』
『今日の記念に、私から何か贈らせてください』
『では結婚式で使うものを買ってもいいでしょうか? 新しい物を持つと幸せになれると聞いたのです』
『もちろんです、さあ行きましょう』
どうか、君だけでも幸せに。
声にできない最後の言葉をイライザに贈る。
そして夢見る少女は、見慣れた赤髪の女性がイライザの店へと吸い込まれていくのを見て頬を緩めた。
……だが和やかであったのはここまで。
次の場面では、一気に不穏な空気を帯びる。
『謹慎とは、どういうことですか⁉︎』
季節は巡り、窓の外には雪が降っていた。
騎士の待機場所のような部屋でクラウスは顔色を悪くして立ち尽くす。
一層豪華な甲冑を身につけた騎士が険しい表情で向かい合っていた。
『最近、物騒な事件が相次いでいるだろう? 身分問わず、若い娘が襲われているという事件だ』
平民の若い女性だけでなく、裕福な商人の娘や城に勤める侍女、そして貴族のご令嬢まで。
一見するだけでは共通項のない娘達が襲われて拐かされるという。
そして彼女達は例外なく、一生消えない傷を顔や身体に負わされていた。
治安維持のために城下や城内を兵士が巡回するも、その網の目をかいくぐるように事件は起きる。
そして、いつしかそれは内部の犯行ではないかと疑われるようになっていたのだ。
『地道な調査の結果、ようやく彼女たちを結びつけるものが見つかった』
『それが一体……まさか!』
『そうだおまえだ。彼女たちのほとんどが事件に遭う数日前におまえに話しかけていた。つまりおまえは現時点で有力な容疑者、そんな人間を重要な任務につけるわけにはいかない』
『団長、私は無実です! 第一、証拠は……私の犯行を示す証拠はあるのですか?』
『今のところ証拠はない。ただ無実とする証拠もないんだ。調べてみたところ、事件のあった日、おまえは非番か外勤をしていた。そんな不利な状況にある人物を根拠もなくかばってみろ? 余計に疑惑を深めるだけだ』
『そんな……』
『とにかく、自宅で大人しくしていろ。おまえの周囲に証人がいる状況で事件が起きれば、お前の無実が証明されるんだ。溜まっていた休暇も消費できるし、無実ならおまえに損はない』
だが、貴族としてこの醜聞は一生ついて回る。
命を預かる騎士は清廉潔白でなくてはならない。
疑われたというのは致命的で、積み重ねてきた信頼を取り戻すことは二度とないだろう。
もう近衛騎士に戻ることはないのだ。
築き上げてきたものが足元からガラガラと崩れていく。
『……』
『それに間もなく結婚式なんだろう? 婚約者も忙しい時期だろうから準備でも手伝ってきたらどうだ?』
……結婚式だと?
そんなもの、当然中止に決まっている。
醜聞の真っ只中にいる男と誰が結婚するか。
そのあと、クラウスは自分がどうやって家に戻ったのか覚えていない。
ただ家に戻ると、すでに連絡を受けていた父と兄から冷ややかな視線を向けられ、母は泣いていた。
私はやっていないのに、家族は誰も信じてくれないのか?
そこから部屋に閉じこもる日々が続いた。
何もする気が起きず、ただぼんやりと外を眺めて過ごす。
どれだけ時間が経ったのだろうか、突然激しく扉を叩く音がした。
あまりの激しい音に耐えかねて、扉越しに声を掛ける。
『……誰です、何の用ですか?』
『クラウス様! 私です、ゾーイです!』
『ゾーイ嬢、なぜここに?』
『ああ、クラウス様。ご無事でよかった……食事も召し上がらないで閉じこもっていると、皆が心配しているのです』
『これ以上私に関わらないで。あなたまで疑われる』
『いいえ、いいえ! クラウス様は無実です! クラウス様はそんなことをする方ではありません!』
ゾーイ嬢の声は自信に満ちあふれていた。
家族すら信じていなかったのに、どうして彼女はここまで?
揺らぐことのない彼女の声は真っ直ぐクラウスへと届いた。
『私はクラウス様を信じます』
だから扉を開けて。
優しく促されて扉を開けば、うっすらと涙ぐんだゾーイ嬢の姿があった。
その表情が、いつかのイライザと重なって衝動的に抱き寄せる。
最低な男だ、婚約者に別の女性を重ねるなんて。
『……すまない』
『いえ、いいのです。今はまだ義務としての婚約者であっても……いつか私を愛してくだされば、それでかまいません』
まだ無邪気な少女のようだと思っていたのに、実際は自分よりもずいぶんと大人だった。
『私は今、難しい立場に置かれている。無実を訴え続けても、冤罪で捕らえられるかもしれない。そうしたら、シスレー家だけでなくあなたにも傷がつく』
『醜聞なんて関係ありません、私はあなたがいいのです』
『ご家族はなんと?』
『説得しました。結婚式は中止ですが婚約は続行してもよいと。ただ家督は継げないかもしれません』
『……! ありがとう、そこまで信じてくれて』
『婚約者ですもの、当然ですわ!』
愛しています、クラウス様。
ゾーイ嬢はどこまでも明るく微笑んだ。
クラウスは彼女を深く抱き寄せる。
彼女となら、支え合って人生を共に歩めるだろう。
『クラウス様、お願いがあるのです』
『なんだい?』
『どうかゾーイと呼んでいただけませんか?』
『もちろんだよ、ゾーイ。我が愛おしい婚約者殿』
抱き寄せて、口付けを贈る。
……さようなら、イライザ。
どうか、どうか幸せに。
ああ、また場面が変わる。
少女の目の前に広がる景色がぐるりと回った。
過去も見られるのならば、未来視の魔女と呼ばれるのはおかしいとも思いますが、能力の全てを悟られないよう過去視の力を隠していたからだったという設定でした。
あくまでもふわっとした設定ですので、そこは流してふわっと読んでいただけると幸いです……。




