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めくるめく世界の果て  作者: ゆうひかんな


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イライザと商品提案会の結果は


レイさんは片手に余る大きさの結晶石を無造作に拾い上げて、ポケットにしまった。

教えられずとも、宝石のように美しい結晶石がゾーイの成れの果てだということは理解できる。


そういえば今すぐには思い出せないけれど、どこかで似たようなものを見た記憶があったような?

レイさんと視線が合った、けれど彼女はただ静かに微笑むだけだった。

だから私も微笑んで、同じように無言のまま視線を逸らす。

ここから先は、私が深く踏み込んではいけない領域の話なのだろう。


私にゾーイへの仕打ちを見せたのは警告のため。

もし私が魔女の力に溺れて道を踏み外せば同じような末路を辿る。

こういうことが彼女たちにはできるのだ、ということを戒めに覚えておけということなのだろう。

もちろんそうならないようにと願っての行為だろうから、肝に銘じておく。


「さて、最後の仕上げに掛かろう」


気を取り直したようなレイさんの言葉に、皆の視線が自然とブライトン公に集まる。

彼は目の前でゾーイが忽然と姿を消したにも関わらず、取り乱すことはなかった。

ただぼんやりと虚空を見つめ夢見るような顔で微笑んでいる。

エレナさんの言葉に惑わされ、幸せな夢の世界を彷徨っているのだろう。

その夢の中には、きっと愛する人がいて……醒めない方が彼にとって幸せなのかもしれないと、そう思った。


「ケイト、証拠は?」

「研究資料のめぼしいものは回収したー。イライザちゃんを攫うところから録画もしたし、ここでの会話もバッチリ録音したー。ついでに地下研究所に現状維持と破壊の両方の術式を仕掛けといたよー。遠隔操作で、状況と場合と相手の出方によってはどちらでも選べる優れもの! あとほかには何かやっとく?」

「いや、十分だと思うが?」

「あ、不法侵入者向けの罠と、罠に見せかけた音と色が出るだけの複製はサービスとしてつけといた!」

「またどうしてそんな面倒くさいモノを……」

「だってさー、面倒ごとをこっちに丸投げしておいて成果だけ受け取るってずるいじゃない? ()()()()なんだからさー、多少は苦労すべきだと思うのよ!」

「はー……、わかったよ。さりげなく注意だけは促しておくから、それでいいな? 」

「えー、まーレイ姉がそういうならいいけどー? 楽しみが減るなぁ」

「画面越しに右往左往するさまをアリアとひっそり楽しむくらいにしておけよ? じゃあ、私はコイツと証拠を持って()の元へ行ってくるから。イライザを連れて先に帰っていてくれ」


レイさんは自分よりも大きいブライトン公の体を軽々と肩に担いだ。

……は、王って? 

しかも会いに行く? 

台詞に想定外の単語が多数含まれていて処理能力が追いついていかなかった。

呆然としたまま呟く。


「王って誰ですか? レイさんは、このまま会いに行くって……?」

「ん? この国の王っていったら一人しかいないじゃないか」

「……まさか、カテリア国国王陛下?」

「そうだよー、この愚弟のお兄ちゃんだね! ねえねえ、びっくりしたー? びっくりしたでしょー?」


ケイトさんが猫みたいに目を細めて、うふふと笑う。

隣に並ぶアリアさんも同じような顔で笑っているから、この二人は精神的に相性がいいのだろう。

同類、または同じ穴のむじなというやつだ。


「本物?」

「うんそう、私達に影武者は通用しないからねー。王様とは昔からの知り合いなんだ」


そういう意味の本物ではないのだが……。

なんでも、ずいぶんと昔にとある事件を解決して以降、代々国王と密約を交わしているそうだ。

手に余る案件を手伝う代わりに、対価として魔女に関わる事件のときは色々と便宜を図ってもらう。

化学や技術が進んだ今も魔女達の力と知識は最後の頼みの綱としてずいぶんと頼りにされているらしい。

実はブライトン公の件も王から直接相談されていて、王弟が自宅に研究者を招いて怪しげな実験をしているとか、人相のよくない護衛官が多数昼夜問わず銃器を携えて、敷地内を厳重に警備をしているといった良くない噂から、従業員の入れ替わりが激しい、行方不明になった者がいるといった深刻な内容まで多岐にわたる。

私には幼馴染みとか言っていたが、ブライトン公と奥様はなんと二十歳近くも離れていたらしい。

そこまで歳が離れていると幼馴染みというよりは、幼妻と呼んだほうがいいのではないかしら?

とにかく歳若い奥様への溺愛ぶりは有名だったらしく、その奥様が子供を産んで体調を崩したとのことから、極力公務を断って引きこもるようになったのも仕方がないと思われていたらしい。

ところが最近は失われた賢者の力を復活させるなどと理解不能な言動を繰り返すようになって、違う意味で公務を任せられなくなった。

奥様も全く姿を見せないために、容態どころか生存すら不明。

とにかく秘密裏に情報を得ようとした王からレイさん達に依頼がきて、乗り込んでみたらこの上なく混沌とした状況だったというわけだ。

そう説明したレイさんは冷ややかな表情でブライトン公を見下ろした。


「言霊の効果で今ならなんでも聞き出せるから、このまま引き渡して自白させよう。そのあとは正気を取り戻したとしても病気療養と称して幽閉か、内容によってはもっと重い罰が下されるだろうね」

「いやー、いつの時代も出来の悪い弟を持つとお兄ちゃんは大変だ!」


同情するようなケイトさんの横でレイさんは呟く。


「……出来の良すぎる妹の場合も苦労はいい勝負だと思うがな?」

「えー、誰のこと?」


心底理解不能という顔でアリアさんとケイトさんが首を傾げる。

レイさんは苦笑いを浮かべるとブライトン公を肩に担いだまま、王族のみが使えるという秘密の通路に消えた。

この通路には魔女の力によって転移の術式が組み込まれているそうで、離れている王城の秘密の部屋へと直行できるらしい。

そこで証拠とともにブライトン公を引き渡し、あとからここへ来るという王直属の担当官に研究者と護衛官を引き渡すそうだ。

レイさんの背中を見送って猫みたいに柔らかく体を揺らしたケイトさんは、これで一件落着と明るく笑う。


「それじゃ家まで送るよ、イライザちゃん!」

「……ありがとうございますって……あっ、そうだ支店長!」


ざっと血の気が失せる。

自分のことで精一杯ですっかり忘れていた。

そういえば、始末とかなんとか物騒なこと言われてたよね!


「ああ、イライザのお店の人だっけ?」


ケイトさんがポンと手のひらを叩く。

アリアさんも知っているという顔で頷いた。


「悲鳴あげまくって薔薇園を逃げ回っている男の人がいたから保護しておいたよ。本人から事情を聞いた上で、もしかしたらあとで証言者として王室の捜査機関に呼ばれるかもって話したら白目剥いて卒倒したから面倒くさいので放置してきた。居場所を連絡してあるから、このまま王様のところへ連れて行かれるんじゃないかなー? イライザちゃんは画像も残ってるし、聴取はされないだろうからサクッと帰ろう!」

「支店長だけで大丈夫でしょうか?」

「責任ある立場の人は説明責任は果たさないとねー。無自覚でもイライザちゃんを巻き込んだわけだし、不可抗力とはいえ自力でなんとかするでしょうよ」


よほど醜態を晒したのか、ケイトさんもアリアさんも冷ややかだった。

尋問され、水を掛けられた猫みたいにピシャンとなった支店長の青い顔が浮かぶ。

無事でありますように。

そうでなくても遠い場所から冥福だけは祈ろう。


「それにしても、イライザちゃんのお店の人はなんか裏のありそうな顔してるのよねー。そこが気に入らない」

「そういえば……」

「ん、なになに?」

「以前、二人で話したときに『ずいぶんと大物を隠していたものだ』と言われました。最初は私の前世を知っているのかと思って警戒していたのですが、考えてみれば前世に繋がりそうな話を彼に話したことはないですし、もし話していないことを知っているのであれば、それはそれで異常です。そのときは、男性だけどもしかして読心の力を持っているのではないかと疑ったりもしたのですけれど、実際はエレナさん達のことを知っていて、それを示唆していたということはないでしょうか?」

「へえ……?」

「頼りなさそうに見えて、けっこう腹黒なんですよ。決して本心は明かさない性分のようです」

「ほー、ほーそれはいいことを聞いた。さすがイライザちゃん、人をよく見ているね! 素敵な情報をありがとう!」


ケイトさんが口角を引き上げて、ニンマリと笑った。

アリアさんも似たような笑みを浮かべる。

うん、二人とも楽しそうでよかった。


「あら、何を話しているの?」


エレナさんがアルスさんと共に私の隣に並ぶ。

そして私の髪を撫でた。


「怪我はない? 痛いところは?」

「さっき治癒の術をかけておいたわ、軽微なものなら問題ないはず」


心配そうなエレナさんにアリアさんが淡々とした口調で答えた。

いつの間にそんなものをかけたのだろう?

かけられたことに気づかせないなんて、アリアさんの力はすごいものだ。

念のためと自分の体を触って、問題ないとばかりに笑顔を浮かべた。


「怪我は大丈夫みたいです、助けていただいてありがとうございました」


エレナさん達は一つ頷いて、笑みを浮かべる。

それから互いの顔を見合わせ、微笑ましいとでもいうように笑った。


「イライザが連れ去られたと連絡して寄越したのは、クラウスさんなのよ」


代表してエレナさんが口を開いた。

私は目を丸くする。

そういえば予定にない外出、しかも外出の理由は商談だ。

商談相手は大物だし、経験豊富なクラウスさんを抜きで行くような相手ではない。

そのことを不審に思ったクラウスさんがエレナさんを通じて連絡をしてきたおかげで、いち早くブライトン公の屋敷へと駆けつけることができたのだという。


命を奪われると覚悟したとき、脳裏に響いたのはクラウスさんの声だった。

いつからだろう、こんなにもクラウスさんを求めるようになったのは。


……一刻も早く、彼に会いたい。

その気持ちだけが、心を占めていた。


エレナさんに続いて階段を上がると、思いのほか近くに出口はあった。

逃げることを想定して、裏口の近くに地下室の出入り口を作ったのだろうか?

前を行く背中に続いてそっと身を潜らせると、不意に横から伸びた手が私の身体をさらう。

一瞬身を固くするも、覚えのある温もりに安堵して体を預けた。


「よかった、間に合って」

「クラウスさん……どうして、ここに?」

「エレナさんたちがここまで連れて来てくれた。それでここで待っているようにって」


当事者のエレナさんたちはと見回したけれど、すでに彼女の姿はなかった。

気を使ったのかもしれないが放置されるなんて……いつの間にかクラウスさんは彼女達の信頼を得ていたらしい。

心から安心して、彼に寄り掛かりながら深く息を吐いた。


「会いたかったです、クラウスさん」

「俺も会いたかった。もし失ったらどうしようと、そればかりを考えていたよ」


クラウスさんの腕の力が強くなる。

もし失ったらどうしようなんて……過去の私が、ようやく思い知ったかと仄暗い喜びに震えていた。


「君を失いたくないくせに子供みたいに拗ねて、ずっと避けた。ごめん、ちゃんと話そう」


クラウスさんは緊張した顔でそう言うと、しっかり私と手を繋いだ。

離さないという意志の強さと慣れない手の温もりに、じんわりと体温が上がった。

そのままクラウスさんの車に向かって歩きだそうとしたところで、背後から急に騒がしくなる。

邸内からのようで、喧騒の中を聞いたことのあるような男性の悲痛な叫びが響いた。

あれ……もしかしなくても、支店長の声のような気がする。


「大丈夫でしょうか?」

「何のこと? 俺には何も聞こえないな」


クラウスさんがキラキラした素敵な笑顔を浮かべていた。

支店長が私を勝手に連れ出したことに相当怒っているらしい。


「いい大人なんだから一人で帰って来られるよ」


まあケイトさんもそう言っていたし王室の捜査機関に保護してもらうと言っていたから大丈夫だろう。


「それよりも、さっき連絡がきてね。店は今大騒ぎなんだ」

「私のせい、ですか?」

「それとは別。でも、これで君と彼女の勝負がつくと思うよ」


店に戻ったクラウスさんと私が見たのは、大量の返品とおぼしき商品の山だった。

呆然と見上げた先では様々な表情をした商会員達が慌ただしく動き回る。


「これ全部、返品されてきたものなんだ」

「ええっ!」

「今回彼女の提案した商品だよ」

「こ、こんなに……」


マニキュアだったから一個一個は小さくて嵩張らない。

上層部が余剰在庫に頭を痛めていたから、彼女なりに在庫の置き場をとらない商品を選んだのだろう。

だけど、さすがにこれだけ寄せ集まれば置き場に困るというものだ。


「二号店は倉庫を兼ねているから一号店の倉庫に収まりきれなかった分をこちらに回してきたらしい」

「何があったのですか?」


そこではじめてクラウスさんが表情を暗くした。


「納品された商品が見本と違う粗悪品だったそうだ」

「えっ?」

「契約先の業者が値段を安価に抑えるために製造業者を変えていたそうなんだ。製造業者は価格を下げた分、人件費や経費を抑えた。結果はわかるよね?」


納品された商品には見本よりも発色が悪く、装飾品の花の量が明らかに少ないものも含まれていたという。

見本とあまりにも違う商品に不満だった購入者から苦情が相次いだ。

結果、影響を考えて上層部が自主回収へと踏み切ったらしい。

しかも事情を聞くために彼女に連絡を取りたいのだが、姿も見えず、電話も出ない。

それについては心当たりがあるけれど、まさか『結晶石になっています』とは言えないので口をつぐんだ。

仕方がないので、今度は抜擢されて彼女を手伝った商会員達に事情を聞こうとしたのだが、材料の選定や仕入れは彼女に任せきりであったそうで、言い訳ばかりで役に立たない。

どうやら精鋭というのは人事部長と彼女にとって都合のいい人材のことを指していたらしく、能力や経験値を加味した評価ではなかったようだ。

人事部長には連絡がついたけれど、商品知識もなければ商品回収の陣頭指揮をとった経験もなく、他の商会員と同じように『彼女に騙されただけだ』と繰り返すばかりで、これまた役に立たない。

おかげで無関係のはずのマリッサ先輩が代わりに現場の指揮を取るように命じられて、謝罪と回収作業を優先して行うようにと関連部署に指示まで出したそうだ。


「決まっていた契約も全て向こうから断りの連絡が来た。こんな結果になるとは思っていなかったから、とても残念だよ」


もう、この商品は売れない。

それだけでなく返金や損害の賠償、商品の廃棄にかかる費用はいくらになるだろう?

増益どころか明らかな損益、さらに信用という財産を一気に失ったのだ。

サジタリウス商会は今まで好調だった分、容赦なく他の商会に足を引っ張られるだろう。

向かうところ敵なしだったサジタリウス商会の経営に翳りが差した。

今後どうなるのか不安で表情を曇らせた私を励ますように、クラウスさんは殊更明るい声を出しながら肩を軽く叩いた。


「でもね、朗報もあるんだ。リシャールの薔薇に買い手がついたよ」

「えっ、どんな方ですか?」

「資産家で、リシャールの愛好家でもある方だよ。いくつか買い手の決まっていた商品を除いて、全てその方が購入されることになった」


自宅に美術館を持っているので展示品の目玉の一つにしたいそうだ。

脳裏には深い知性を感じさせる鋭い眼差しをした初老の男性の顔が浮かぶ。

遡れば貴族という高貴な血筋を持ち、専門誌にも寄稿するほどの知識を有した方でもあるので安心して管理も任せられる。


「そうですか……よかった」

「リシャールの女性に宛てたと思われるカードが付いていたことが購入を決めた理由らしいよ」


芸術家だというだけのリシャールに、人としての新たな一面を与えた。

作品にまつわる美しい愛の背景がより一層人々を作品に惹きつけるのだと彼は語っていたという。


「この作品が発見されたことで商品の価値だけでなく、リシャール個人の評価も上がるだろう。事実、これ以外にも彼の作品が在庫にないかと問い合わせが殺到している」


リシャール……あなたの素晴らしい才能は時代を越えてさらに評価が高まっているのよ。

彼と過ごした時間が価値を高めたのだとすれば、より一層自分が誇らしく思える。


「彼はこうも言っていたよ。『この作品をリシャールと見抜いた眼の持ち主は素晴らしい人物だ。サジタリウス商会の財産となるに違いない』とね。自主回収の件も知っていたけれど、それとは切り離して美術品部門は今後も贔屓にしてくださるらしい。商品本部からは今回の功績を評価して、今後はイライザも商談に同席してよいと許可が出たよ。おめでとう、ちょっと早いけれど一人前に昇格だ」

「ありがとうございます!」


ようやく努力が認められたのだと胸を撫で下ろす。

無意識に胸へと添えられた手を見て、クラウスさんが小さく笑った。

嬉しいときに高鳴る鼓動を押さえるときも、この癖は出るらしい。


「とても光栄なことです。……でも人事部長が反対するのではないでしょうか?」


彼が私を辞めさせたがって、準備期間にも散々邪魔をしてきたことは記憶に新しい。

クラウスさんは柔らかい表情を真剣なものに変えた。


「そちらも動きがあってね、人事部長は商会を辞めたよ」

「えっ、どうしてですか!」

「表向きは今回の大量返品の責任を取ったということになっているけれど、実際は彼女と組んで裏で色々画策していたんだ。それが他の幹部にバレてね、調査の結果、酌量の余地なしということで全会一致により人事部長の任を解かれた。一応、平社員からやり直すという選択肢もあったのだけれど、あれだけ上昇志向の強い人がおとなしく部下であった人間に従うわけはないよね。濡れ衣だと散々ごねたけれど、言い逃れできないような証拠もあってとうとう自ら辞表を出したんだ。個人的には、自主回収となった責任を感じて処理の目処が立ったら辞めて欲しかったのだけれど、商会にそこまでの愛着はなかったらしい」

「色々画策、ですか?」

「うん。商品提案会での姿を見ただろう? あんなふうに上層部の人間を彼女の言いなりにしたあと、商売で大失敗を犯したところで責任を追求し目障りな人間を退任に追い込むつもりだったんだ。そうしてサジタリウス商会を自分のものにしようとした」

「それはまた無謀というか、なんというか……」


言葉を失ってしまった。

人事部長は商会長達と共に商会を立ち上げた功労者だときいている。

裏では商売には向いていない性格と言われていたが、人当たりがよく、後輩や取引先からも慕われていた。

その能力を評価されて、長年、人事部長を務めてきたのだ。


「一掃したあとのことは、どうするつもりだったのでしょうね?」

「さあ? 先のことは考えてなかったのかもね。だから商売には向かないと言われていたのじゃないかな」


クラウスさんは、そう突き放した。

本当はそこまで欲深い人ではないのかもしれない。

ただ彼女という存在に出会い、自分の望んだとおりの展開になって気が大きくなったのだろう。

諦めていた地位を手に入れる絶好の機会と思ったことが、本当の意味で人事部長の転落の始まりだった。


「人事部長が更迭されたので人事は見直しだって。退職勧告が撤回されてもう少し勉強できるみたいだけど、どうする?」

「もちろんやりますよ! まずはあの返品の山からですね」


浮かれた気持ちで返品の山に近づいて陣頭に立つマリッサ先輩に声を掛ける。

すると今にも誰かを射殺しそうな血走った眼と視線が合った。

絶対に敵に回さないようにしよう。


「イライザ、ようやく帰って来たわね! クラウスから聞いたと思うけれど、あなたが出かけたあと、いきなり大変なことになったの。それで支店長は一緒じゃないの?」

「ええと、色々あって偉い方のところへそのまま連れていかれました」

「なんですって! こういうときのための支店長の肩書きなんじゃないの! 商談相手が国王陛下でもなければ容赦しないわよ!」


むしろ大当たりです、マリッサ先輩。

魔女の血を引いていないかと心配になるレベルの勘の良さだ。

王室の捜査機関だから当然、聴取の場には王もいるのだろう。

相手が国王陛下なら許してもらえそうだし、あとは支店長が無事に生きて帰ってくるだけだ。

クラウスさんが若干顔を引き攣らせながら、マリッサ先輩の手から伝票の束を受け取った。


「元凶とおぼしき在庫整理のほうは引き受けるよ」

「助かるわ! あと発注書の整理がまだなのよ」

「許可をいただければ、そちらは私が」

「そうね緊急事態だもの、しょうがないわ。イライザお願いね」

「はい。クラウスさん、預かっていただいていたノートをお借りしてもいいですか?」

「いいよ……というか、重要な情報もあるからって一応預かっているけれど、ノートの内容を見ても、たぶんここにいる誰も読めないと思うから、いっそのこと自分で持っていたら?」

「いいですか、ありがとうございます」


一人前と認められましたものね!

ノートを抱えた私は微笑んで何度も大きく頷く。

クラウスさんの言葉にマリッサ先輩が首を傾げ、ノートの紙面を覗き込んだ。


「……なに、このミミズの行列?」

「ミミズ……聖代ヴィリデレオ語です」

「……は? このミミズの行列が()()()()()()()()の文字だって言うの?」

「記憶に間違いがないのなら、そうなりますね。誰かに見られても問題がないようにという配慮です」

「はあー、もういいわ。あなたが規格外だってことは承知してるから何で知ってるかは深く聞かないけどね。それにしても……この文字、最近どこかで見た記憶があるわね」

「えっ、どこでですか?」

「ちょっと忙しすぎて思い出せないけれど……思い出したら連絡するわ」


別の商会員に話しかけられた先輩は、うんざりとした表情で風のように去っていった。

巻き込まれ組としては、非常に共感できるものがある。

クラウスさんが耳元に顔を寄せた。


「イライザ、今夜一緒に出かけよう」

「ええと……」

「遅くなってもいいから、待ってる」

「は、はい」


そうだ、話をしようと言っていたよね。

緊張の面持ちで頷くと、クラウスさんは微笑んだ。


「二人きりになったら、さっきの続きをしよう」


軽やかな足取りで去っていく背中を呆然と見送る。

……ちょっと待って、さっきの続きって、何をする気なの?

翻弄される予感に、赤く染まった頬を必死で隠した。



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