あなたが、私の光
闇の奥にある開かないはずの扉が開け放たれ、地下室は視界を覆うばかりの眩い光に包まれた。
あまりの眩さに、人々は視界を手で覆う。
「分を弁えず闇の領域を侵すのは、賢者ではなく愚者のすることだ」
低く唸るような声と同時に、いくつかの足音が光差す方角から響く。
ガツン!バキバキ!
激しい音がして拘束具が外れると、私の体が自由を取り戻す。
薬は効いたままで動けない私の体を誰かの手が抱き上げる。
目を閉じたままでもなんとなく相手がわかるのは、ほのかに漂う薬草の香りのせい。
この独特の香りはアルスさんのもの、だろうか?
「イライザちゃんと一緒にちょっと下がってて、この場は荒れる。」
この声は……ケイトさんかな?
抱かれたまま移動する感覚があって、しばらくするとミントのような香りが鼻腔を満たす。
薬の効果が相殺されたのか、ぼんやりとしていた意識がはっきりとしてきた。
よかった、体が動く。
「麻痺薬を中和する薬を嗅がせた、大丈夫か?」
「やっぱり、アルスさん?」
「動きにくいところはないか? 吐き気や痛みは?」
「ありません、ですが……どうしてアルスさんがここに?」
身じろぎをして彼から少しだけ距離をとった。
私の知識で彼は賢者の資質を持つ者、つまり賢者の末裔と呼ばれるに相応しい存在だ。
ブライトン公の言葉から推測するに、賢者は魔女と敵対する立場にあるはず。
それがなぜ、エレナさん達に協力しているのだろう?
私の視線で事情を察したのだろう、一つため息をついてアルスさんは彼らに冷ややかな眼差しを向けた。
「あんな愚かな奴らと同列に扱われるのは不愉快だ」
つまり賢者の末裔でも、考え方は違うということね。
エレナさん達が門番に据えるくらいなのだ、彼女達の領域を犯すような真似はしないだろう。
ようやく安堵して、肩の力を抜いた。
アルスさんはポケットから黒い塊を取り出すと、手際よく床に線と文字を書きつける。
そしてナイフを取り出し、ほんの少しだけ指先に傷をつけ垂れた血を線の上に擦りつけた。
瞬く間に線が光を帯びる。
外枠から、ゆらゆらと薄い光の波が立ち昇った。
波のように揺れながら広がる光は飛んできた銃弾をやナイフの刃をただの黒い粒子へと分解する。
一見すると、ただ頼りなく揺れるだけの光の波、それなのに護衛官達は手を出しかねていた。
分解されるとわかっていて、誰が己の手を差し出そうとするだろう?
異変に気づき、ようやく光の波に気がついたブライトン公は驚愕する。
「賢者の結界術……そんなバカな!我々以外に使える者など……!」
「おや、よそ見とは余裕だね」
彼らの視界から私達を遮るようにレイさんが立ち塞がる。
体に沿うような黒い服を着た彼女の背後にアリアさんが控え、少し離れた場所にケイトさんが陣取る。
能力を垣間見ただけの私でもわかるくらい隙のない布陣に、息を飲んだ。
「ちょっと、私も守りなさいよ!」
皆の視線がブライトン公とアルスさんの結界に向いたのが面白くないようで、彼女が叫んだ。
慌てて研究者が武器を構え、彼女を背後に庇う。
そして黒い何かとブライトン公を守るように護衛官が銃を構えた。
「そうか、お前達は混じりものか! ふふ、世の中は広いようで狭いということだな」
いち早く立ち直ったブライトン公がニヤリと笑う。
さすがは腐っても元王族、想定外の事態にも慣れているらしい。
「その程度の人数でここに乗り込むとは! 実験台にされるだけだというのに、なんと愚かなことだ!」
ブライトン公を筆頭に醜く嗤う誰もが、当たり前のようにこの異常な状況を受け入れている。
……この件に関わった人間は、どいつもマトモじゃないって事だよ。
この期に及んでようやくケイトさんの言葉の意味が理解できた。
「どうでもいい、さっさとケリをつけよう」
レイさんは冷ややかな表情で、両手に黒い手袋を嵌める。
その背後では、氷のような美しさを纏うアリアさんが何事かを呟いた。
彼女の伸ばした手の先に温かな光が生まれる。
そして光はまっすぐ横に伸びると……絡み合う蔦に蛇が彫り込まれた一本の杖となった。
アリアさんのイメージからほど遠い、古めかしく武骨な雰囲気の杖からは、尋常ではない量の何かが溢れていた。
圧倒的な力に当てられて、人々が思わず後退りする。
杖を見たブライトン公が呆然と呟いた。
「世界樹の杖……バカな、本物か?」
「さあ、どうかしら?」
「まさかおまえが幻術使い……秩序の魔女?」
「その名は、おまえ達のような賢者もどきが気安く口にしていいものではないわ。不敬の極みよ」
アリアさんは杖の放つ柔らかな光を受けながら嫣然と微笑む。
高慢と思える彼女の言葉も、ユグドラシルを手にするならばうなずけよう。
宇宙樹とも呼ばれるユグドラシルが司るは秩序。
枝葉は伸びやかに天上世界を支え、蔓延る根は地上世界を隅々まで網羅する。
あらゆる事物に干渉し、法と術によって奇跡を起こすことを許された唯一の存在。
稀代の魔術師にして、伝説の魔法使い。
満月の女王によって創られたとされるユグドラシルの杖。
杖に選ばれたことが正当な後継者の証であり、彼女の象徴でもある。
カツン……!
アリアさんは、裁きの刻の到来を告げるように杖の先を床に叩きつけた。
「賢者のなり損ないは私が引き受けるわ」
「では私は護衛官達を」
「二人ともー! 壁と天井は強化してあるから、思いっきりやっちゃっていいよー」
ケイトさんが、床に板状の機材を置くと手元のスイッチを入れる。
キン、という音がして壁の繋ぎ目や床板の継ぎ目を縫うように青白い光が走る。
そして部屋全体を膜のように青白い光が覆った。
「ついでに双方向の信号も遮断しておいたから助けは来ないよー! 敵の皆さん、せいぜいがんばってー?」
ケイトさんは、ふてぶてしい態度で敵方の感情を煽ると、手を振って後ろに下がった。
それを合図として一気に戦端が開かれる。
一斉に銃器が火を吹いた。
集中砲火を浴びたのは先頭に立つレイさんだった。
手を口に当てて、出かかった悲鳴を飲み込む。
……大丈夫よ、大丈夫のはず。
そう信じているけれど、直視はできなくて視線を逸らした。
「ちょっと破損させてはダメよ! 大事な検体なのだから!」
彼女の怒鳴る声に銃声が止んだ。
硝煙が晴れると、そこには全く変わらないレイさんの姿があった。
隣に並ぶアリアさんの杖が、鈍い光を放っている。
そして足元には数えきれないほどの数の銃弾が力なく転がっていた。
にわかには信じがたい光景に、誰もが息を飲んだ。
「ふん、この程度か」
「反転の術式かけておく?」
「いらない」
短い掛け合いのあと、レイさんの姿が一瞬にして視界から消える。
そして次の瞬間には驚愕する護衛官の前に姿を現した。
「気張っているところに悪いが、どこもかしこも隙だらけだ」
あっという間に二人が倒れた。
これだけ近距離では味方に当たる可能性もあるのでうかつに銃器は使えない。
護衛官は素早くナイフを取り出し急所を薙ぐも、次の瞬間にはなす術もなく、拳を打ち込まれて崩れ落ちた。
次々に護衛官が意識を奪われて、無力化されていく。
彼らの振るう武器は黒い手袋に掴まれると、ことごとく砕かれ、黒い粒子となり風に舞った。
金属が黒い粒子のようなものに分解される現象はアルスさんの結界と同じだ。
それにしても今、目の前では何が起きているの?
イライザの目ではレイの動きが全く追えなかった。
「……身体強化による加速もここまでくると反則だな」
「アルスさん?」
「なんでもない、ただの愚痴だ」
眉根を寄せたアルスさんがため息をつく。
視線の先では、ものの数分で十倍以上の護衛官を倒したレイさんが次の獲物を見定めるような冷ややかな笑みを浮かべていた。
銃器を手にしながらも、研究者達は圧倒的な力の差にたじろぐ。
「だからよそ見しないで。あなた達の相手は私よ?」
「……!」
いつの間に移動したのか、アリアさんが武器をかまえる研究者の前に姿を現していた。
驚いた彼らが引金を引くと、耳障りな電子音がして雷光のような光の筋が彼女を襲う。
火か、それとも電流なのか?
攻撃を見極めるように目を細めながら、アリアさんは杖を持つのと反対側の手を正面にかざす。
手の先には、見知らぬ文字と複雑な数式の連なる円形の術式らしきものが展開する。
その術式は光の筋を吸収すると、次の瞬間に雷鳴のような轟音を立てながら勢いよく光の塊を跳ね返した。
跳ね返された光によって周囲に置かれた機材が焼かれて燃え上がる。
爆発に巻き込まれた研究者達は白目を剥き床に倒れた。
火災と混乱により怒号と悲鳴が上がる。
それを不愉快と眉を顰めたアリアさんは杖の先で軽く床を叩いた。
「愚か者、私の足元へひれ伏しなさい」
「!」
アリアさんに敵対する者と認識された人達の体が一斉に空へと浮かぶ。
そして、そのまま勢いよく床に叩きつけられた。
彼らは見えざる手に強く押さえつけられているようで、荒く息を吐くだけで声も出ない。
叫び声にならなかった怒号と悲鳴に代わって、部屋にはひときわ深さを増した闇が満ちていた。
アルスさんは、深々とため息をついて首を振る。
「反転に増幅の重ね掛け、最上級魔法の一つとされる重力制御を無詠唱で使いこなすとは。もはや次元が違う」
「詠唱なんていらないよ。だって秩序の魔女は世界の理を掌握しているのだから」
干渉するのではなく、元々持てる力を使うのだから当然。
アルスさんの呟きに応じるケイトさんの無邪気な声が、人々の耳から脳へと明瞭に響いた。
ケイトさんの言葉に微笑んだアリアさんが、歌うように言葉を紡ぐ。
「秩序とは、在るべき姿であり正しい道筋のこと。それを取り戻すためなら、どんな犠牲だって厭わない」
もちろん、相手が人だとしてもね。
思いのままに、計り知れない闇の力を使役する彼女こそ人が思い描く魔女そのもの。
このとき、はじめて人々の顔に明確な恐怖が浮かぶ。
ケイトさんはいたずらが成功したあとみたいに目を細めて口角を吊り上げた。
その黒さを感じさせる微笑みにアルスさんは、ほんの少しだけ眉根を寄せる。
「音声を拡張して、今の台詞をわざと敵に聞かせたのか……なんてえげつない」
「アラ失礼ね、格の違いを教えてあげようという親切心だったのに?」
「違う、褒めているんだ」
心理的な駆け引きも戦術の一つだと覚えておくといい。
ケイトさんがニヤリと笑った。
アリアさんはレイさんと共に黒い生き物のような何かの下へと歩み寄る。
レイさんはそっと檻に手を置いて、生き物に語りかけるよう視線を合わせた。
するとそれまで暴れていた生き物が急に大人しくなり、苦しげな咆哮も止んだ。
「可哀想に……死してもなお、命を弄ばれて」
「いくら病めるときも寄り添うことを誓い合った妻とはいえ、これはないわね」
全てを知ったようなアリアさんの言葉に、ブライトン公が目を剥く。
私の隣で無言のまま佇むアルスさんにアリアさんは視線を投げた。
「どうする? 私の力で秩序を取り戻しましょうか?」
「……いや、賢者の末裔が招いた事故だ。俺が無に返す」
心底面倒だがという不満そうな顔でアルスさんは足元の黒い線を靴で擦って崩した。
すると彼と私を包み込んでいた光の波が消える。
彼はそのまま倒れ伏す人の間をすり抜けるように進み、黒い何かをじっくりと観察していた。
そして深くため息をついたのだ。
「不完全な調合の霊薬を飲ませたのか」
「……はっ! どっ、どいう……!」
声のする先には、強く押さえつけられながらも必死に声を上げるブライトン公の姿があった。
しかし答える義務はないとでもいうようにアルスさんは黙ったままだ。
ケイトさんの説明によると、正しく錬成された霊薬は瀕死の病人すら完治させるという。
ただし完全なものを作り上げることができるのは賢者のみ。
たとえばアルスさんのように賢者となれる資質を持つ者だけ、ということか。
「霊薬で魂を肉体に固定し、治癒力を高めようとしたのだろうが……飲ませた霊薬の効果は固定じゃない、腐敗だ。腐敗が進んだ肉体に魂を固定したせいで別の物質へと作り替えられている。たぶん錬成する手順と材料が足りてなかったのだろう。……己の技量を過信して、研究途中のものでもいけると甘くみたことが原因だな」
「!」
「素材の選定だけでなく、製作者の技量にも問題があったようだ。まがいものにはまがいものしか作れないということだな」
アルスさんの視線の先にいる彼女は悔しそうに表情を歪めた。
彼はポケットから瓶を取り出すと、相手によく見えるように目の前で揺らした。
「効果を打ち消す薬だ。これを飲めば全てがなかったことになる。……そのかわりにあなたは肉体を失って滅ぶだろう。それでも、飲むことを選ぶか?」
アルスさんが掲げた瓶には、さらりとした銀色の液体が満たされている。
目の前で死を迫られているというのに、黒い何かの雰囲気が和らいだ。
アルスさんは、驚いて目を見張る。
「……これだけの苦しみを与えられながら、いまだ自我が残っているようだな。血のなせるわざか、生まれ持つ資質か、それとも別の何かか……。これだけ翻弄されても己の意識を保った、その一点においてあなたは尊敬に値する」
急に大人しくなったことで異変を感じたブライトン公が必死に何かを叫ぶ。
声にならない悲痛な叫びが届いたのか、黒い何かは悲しげに身を揺らした。
まさか、相手が誰かまで覚えているのか……わずかに憐憫を感じさせる声で呟いてアルスさんは瓶の蓋を開けて差し出す。
「余計なお世話だとは思うがな、来世の夫となる人物は選んだ方がいい」
無慈悲な言葉を笑ったように身を揺らした黒い何かは口に注がれた液体を飲み干した。
途端に絶叫が地下室を震わせる。
……まるで泣いているみたいだ。
差し出された液体を飲み干した何かは、涙のように体から黒い液体を床に撒き散らした。
それと同時に時を遡るようにして、黒いだけだった何かがかつての美しい姿を取り戻していく。
ほんのわずかな時間だけだったが、二十代くらいの美しい女性の姿が垣間見えた。
陽だまりのように優しく、気高い天使のような微笑みを浮かべた美しい人。
王の色を湛えた彼女の両目が、ブライトン公に向けられた。
「っああ、ジョゼフィーヌ!」
アリアさんが押さえつける力を弱めたのか、彼は這うようにして妻の元へと向かう。
そして乞うように両の手を伸ばした、その手が届く前に……一瞬にして残像は崩れ落ちる。
あとには肉体の欠片もなく黒い液体だけが残っていた。
「……ジョゼフィーヌ、ああ、ジョゼ……私の光」
服が汚れるのもかまわず、ブライトン公は液体をかき集める。
今もまだそこに妻がいるかのように液体に塗れた手を握りしめた。
やがて怒りに燃える両目を見開くとアルスさんの胸元を強く掴んだ。
「おまえが彼女を殺した! この人殺しめ!」
「それは違う。天命尽きたはずの彼女をおまえが無理矢理繋ぎ止めて……もう一度殺したのだ」
「……っち、違う! 私は、ただ彼女を愛して……!」
「愛しているからといって全ての罪が許されるわけじゃない。そしておまえのような人を導く立場にある人間がそれを許してはならない」
そう、許してはいけないのよ。
求めていた言葉を自分以外の誰かが口にしてくれたことが嬉しくて泣いてしまいそうだった。
アルスさんが淡々と告げた言葉は、かつての人生で私達が欲しかったもの。
歪んだ愛を、まるで真実の愛であるかのように語られて暴発しそうだった私の感情が少しずつ溶けていく。
エレナさんが彼を選んだ理由がなんとなくわかるような気がするわ。
床に残された黒い液体はアリアさんによって跡形もなく拭われる。
在るべき姿に戻したということだろうか。
天の使いのような美しい女性にふさわしく、あの方の魂は神の御許へと飛び去ったに違いない。
命尽きたあとくらいは心穏やかであれと、そうであってほしいと願った。
アルスさんはブライトン公に視線を合わせたまま、押さえつけられたままの彼女を指差した。
「残念だが、おまえはあの女に上手いこと言いくるめられただけだ。光と闇の力を融合させるだと? 相反する作用を持つ力でマトモな薬が作れるわけがないじゃないか」
「そ、んなこと……できないと、お前がなぜわかる!」
ブライトン公がアルスさんの顔を前髪越しに覗き込んだ。
長い髪の隙間から、ようやく二人の視線が交わる。
沈黙が落ち、やがてブライトン公は呆然とした表情でブルブルと震え出した。
「おまえが、なぜジョゼフィーヌと同じ瞳の色を持っているんだ!」
床に押しつぶされた人々がギョッとしたようにアルスさんを見つめる。
前髪に隠されてはっきりとは見えないものの、同じ色を知るブライトン公が見間違えるはずはないからだ。
まさか、あのアルスという男も賢者の末裔だというのか⁉︎
「おまえが、なぜその色を……!」
「生まれたときからのものだから知らんな」
「りょ、両親は?」
「もういない。でもこの色が、薬ができないという証だと言えばわかるか?」
「バカな、そんな……」
アルスさんは面倒くさいとばかりに、ブライトン公の腕を強引に外す。
そして冷めた瞳で一瞥すると、今度は彼女へと視線を注いだ。
「もういいか? 俺はあの女に用があるんだ」
「ひっ……」
「俺の大切な人に手を出した。覚悟はできているだろう?」
アルスさんと視線の合った彼女は恐怖に身を震わせる。
ところが情報を聞き出そうにも怯えるばかりで会話が成立しない。
アルスさんは深々とため息をついた。
「普通の会話すら成立しないのは不便だな」
「……でしょうね、なら自分から話してもらうようにするというのはどう?」
聞き覚えのある声がして振り向くと、エレナさんが扉へ寄り掛かるようにして立っていた。
それまでほとんど表情を変えなかったアルスさんが、はじめて困惑したような表情を浮かべる。
「どうして来た?」
「そろそろ出番かなって思ったからよ」
軽やかな足取りで彼女の隣に立つと、にこやかに微笑んだ。
「こんにちは! 先日は手厚い歓迎ありがとう!」
「おまえは、あのときの……どうして、死んでなかった?」
「私にとって、あの程度はかすり傷なの。でもせっかくまた会えたのだから、お礼はしたいと思ってね」
無邪気な表情のエレナさんに、彼女の顔には恐怖が浮かぶ。
あの表情からすると彼女はエレナさんを殺したつもりだったということか。
それほどの深い傷を負わせて、このまま無事に済むとは思えない。
視線を巡らせたエレナさんが一人の護衛官に視線を止めた。
「ふふっ、見つけた。おまえが私を殺そうとした彼女の片割れね」
エレナさんの口角が、ニイと釣り上がる。
何をされるのかわからないはずなのに、護衛官の男は絶望的な未来を想像して青褪めた。
綺麗な女性があんなふうに笑うと何か悲壮な気分になるわよね。
そう、ただでは済まない。
「さあはじめましょう。存分に懺悔させてあげるわよ?」




