イライザと後始末、反撃開始
今日も付き添いの先輩と二人、黙々と溜まった伝票を整理し、注文書と照らす。
たしかに伝票の整理は下っ端の役目だ。
だがカヴァレの件で自分達が出入り禁止にしたのだから、その期間くらいは自分で整理しなさいよと一瞬思ったのだが、これも甘えなのだろうか?
こんなに散らかしていては発注漏れくらい余裕でありそうなんて思っていたら、案の定、見つけてしまった。
しかも一件ではなく、何件も見つかったから大騒ぎだ。
慌てた顔で伝票を握りしめた先輩方が散っていく。
ちなみに彼らは皆、彼女の取り巻きだった人たちだ。
彼女を賛美することに忙しく、確認作業の手間を惜しんだのだろう。
自業自得だと彼らの背中を冷ややかな目で見つめる。
「だいぶ片付いたわね。もう少ししたら休憩しようか」
「はい、ありがとうございます」
「こっちこそ色々あったのに伝票の整理を嫌がらずに受けてくれて、助かるわ」
私は無言のまま、微笑む。
もちろん善意だけではないけどね。
率先して伝票の整理に取り組んでいるのは、取り巻きの先輩達が自分の失敗を私に押しつけたという証拠を掴んでおきたかったから。
途切れ途切れでも彼らの心の声が聞こえていたので証拠となる伝票のありかを調べるのも容易だった。
それを元に、きっちりと証拠を揃えたところで深くため息をつく。
まさかこんな無防備なままで残っているとは思わなかったわ。
事後に調べられるなんて欠片も思っていなかった、ということだろう。
まるであのタイミングで私が辞めることが既定路線だと思い込んでいたかのようだ。
……もしかすると以前から同じことを繰り返していたりしてね。
今までサジタリウス商会を辞めていった人たちの中には、彼女や取り巻きの手によって知らないうちに責任を負わされて、辞めていった人がいたのかもしれない。
もしそうだとすれば辞めさせられた人は相当悔しい思いをしただろう。
ただ、辞めさせるにしても、ずいぶんと手が込んでいる……排除したい別の意図でもあるのだろうか?
首を捻ったところで突然、部屋の扉が開いた。
「お、イライザさん。ちょうどよかった」
……支店長が分厚い猫を被っている。
つまり外向きの用件だということなのだろう。
この違いがわかるようになったことが、いいことなのか悩むわね。
そんな支店長の後ろから、クラウスさんが続けて姿を現した。
いろんなものが突き抜けて、もはや無に近いような表情をしている。
整った顔立ちだけに、迫力があってすごく怖い。
「どどどどうしました、クラウスさん?」
「……気にしないで。イライザのせいじゃなくて、自分の力不足に腹を立てているだけだから」
「ええと、僕が断りきれなくて受けることになっちゃったからそれも怒っているのかな?」
断り切れなかったって、何を?
えへへと支店長が笑って誤魔化そうとするのを、クラウスさんが冷ややかな表情で受け流す。
そして谷よりも深そうなため息をついた彼に、涙目の支店長が肩を震わせる。
こうしていると、本当に気の弱い小心者にしか見えないのよね。
これが演技だとしたら支店長には役者の才能があるのではないかしら?
やがて支店長は流れ出る冷や汗をらしきものを拭いながら、勇気を振り絞ったという顔つきで口を開いた。
「イライザさん、サジタリウス商会の本部から来週開催される『商品提案会』へ参加するようにという業務命令が出ているんだ。商会員として名誉なことだし、受けたから頑張ってね!」
場に、沈黙が落ちる。
意味がわからない私はポカンと口を開いた先輩に尋ねた。
「商品提案会って、なんですか?」
「……一年に一度、各部門の担当者が呼ばれて来期に売れそうな商品を上層部へ提案するのよ」
「それはまた、とんでもなく希少な機会ですね!」
「他人事みたいな言い方するけれど、あなたが呼ばれたのよ?」
あまりにも途方もない話だったので、どこか他人事のような気がする。
けれど一周回ってようやく思考が現状に追いついた。
「ええっ私ですか⁉︎ 無理、無理ですよ!」
「そもそも美術品部門は扱う商品に高価な一点ものが多いから提案するのが難しくて、ほとんど呼ばれたことがないわね。前代未聞とは言わないけれど、相当難易度が高いわ」
今度は私の口がポカンと開いた。
それから勢いよく振り返る。
支店長、ヘラヘラ笑っていますけれど無茶振りにも限度ってものがありますよ?
「しかもここ数年は彼女の一人勝ちで、候補者が名乗り出ないから開催自体も危ぶまれていると聞いているわ」
売れそうな商品を商会員が提案するという試みは、商会が発足した当時からあったのだという。
それが商品提案会と命名され今に続いていた。
ところが彼女が参加するようになって一気に様相が変わってしまったらしい。
彼女の提案する商品が、毎回話題になって売れるようになったのだ。
売り上げ自体はヒット商品もあれば、そうでもない商品も含まれるが、必ずどこかで話題になるそうだ。
結果として上層部は商品提案会では彼女ばかりを持ち上げて、他の人間の言葉はただ聞き流すだけになった。
彼女の勝ちが決まった出来レースというものだろう。
これがきっかけで商会を辞めた人までいるというし、才能があって優秀な人たちなのにもったいないわ。
ただ実際に販売してみると彼女の提案した商品のほうが売り上げがいいというのだから世の中は厳しい。
もしかして、彼女にはレジーさんのような先読みの力が備わっていて、それを使ったのだろうか?
個人的には備わった力を使うこと自体は悪いことではないと思っている。
要は使い方の問題で、売れる商品を見極める目が魔女の力であろうとも人に迷惑をかけることがなければいい。
自分が読心の力を利用しておいて人には使うなというのは傲慢だもの。
エレナさんたちだって、私のような存在を力尽くで排除しないのは存在すること自体は許しているから。
だが、自らを魔女と名乗ることは許さない。
魔女という存在は架空の物語の中にだけ存在すべきものだから。
その加減を間違えたために彼女は目をつけられたのだ。
それにしても、なんで上層部は彼女の相手に私を指名したのだろう?
経験値も高い優秀な人は、もっと他にもいるのに……思い悩む私の隣では同じように先輩も首を捻っていた。
「そういえば今期の申し込みはすでに締め切られているわよ? しかも推薦者が必要じゃなかったかしら……誰がイライザさんを推薦したの? まさかクラウスさん?」
「違うよ。イライザは優秀だけど商会員としては未熟だ。勉強中の人間が拙い知識を披露する場ではない」
「じゃあ、誰が?」
「……彼女だ」
「なるほど、嫌がらせの一環でしたか」
クラウスさんが眉間に皺を寄せ、ため息をつく。
なんでも才能ある新人として無理矢理枠に捻じ込んだらしい。
しかも他部署から推薦された生け贄……失礼、本来の競争相手を次回にまわして彼女と一対一の勝負にするそうだ。
この暴走を許すあたりで、彼女が上層部に可愛がられているという評判は大袈裟ではないのだろう。
ただ、完全に権力の使い道が間違っている。
業務命令って言われたら、断る選択肢がないじゃない。
第三者目線で見ても、潰しにかかっているとしか思えないもの。
迷惑だと首を振る私に、クラウスさんは清々しい笑顔で微笑んだ。
「断ってみようか?」
「え、いいんですか?」
「うん、いいよ。それで責任は支店長に取ってもらおう」
ああ支店長が視線の先で、うっかり水たまりにはまった猫みたいにピギャってなってる。
夢は定年まで勤めることなんだって縋りつかれても、その代わりに私が犠牲になるのですが?
「いくら名誉でも、荷が重いですし準備期間が足りません。無理だと思うので、どうにかお断りを……」
言いかけたところで、ハタと気がつく。
無理だと思うような仕事でも、受けてねって……そうか、これがレジーさんの言っていたアレか。
少しだけ躊躇して、でもレジーさんの言葉を信じようと決めた。
レジーさんが私を信じてくれたのだ、私が信じないでどうする。
「わかりました、受けます」
「ありがとう、イライザさん!」
「えっ、本当! 大丈夫なの?」
店長の歓喜に満ちた声と、先輩の困惑したような声。
そして強い視線の先にはクラウスさんの怒りと後悔の入り混じったような顔があった。
軽く咳払いをして、それから視線を合わせる。
「今回、もし運よく難を逃れても次はどうかわかりませんから、余力のあるうちに受けておきます」
「イライザ、勢いで決めたら後悔するよ? そこのところはちゃんとわかってる?」
「これは今後の私のために必要な通過点です。どんな結果になろうと、後悔はしません」
思い返せば死ぬことよりも怖いことなんてなかった。
どうせ辞めさせられるのなら、最後くらいちょっと羽目を外してもいいよね?
「ただ、もし気が向いたらでいいので手伝っていただけませんか? 皆さんの協力があると心強いです」
本当は一人でやるべきなのだろうが、時間がない。
……こればかりは虫が良すぎるかな。
手伝ったことがバレたら結果によってはとばっちりを食らうかもしれない。
調子に乗りすぎたかもと、少しだけうつむく。
その手を先輩が握りしめ、強く振った。
「もちろんよ、あなただけに押しつけるわけがないじゃない!」
ハッとして顔を上げれば、思っていた以上に真剣な眼差しとぶつかる。
「これは美術品部門に対する挑戦よ! 美術品部門が一丸となって受けて立とうじゃないの!」
思わず目を丸くする……まさかの徹底抗戦の構えだった。
「え、でも指名されたのは私ですし、標的は私だと思いますよ?」
「それは違うわ。舐められてるのよ、美術品では流行が作れないってね。そういうの腹立つでしょう!」
たしかに、今まで実績がないのは先入観があったからなのだろう。
やってみたら意外と面白いかもしれない。
こんなふうに心が沸き立つのは久しぶりだった。
「しょうがないね」
背後から声が降ってきて、振り向くとクラウスさんが苦笑いを浮かべていた。
甘やかすように私を見つめる瞳の色が優しくて、心臓の音が高鳴る。
ふわりと頭を撫でられ、赤くなる顔を見られたくない私は勢いよく視線を逸らす。
そこまで余裕のない私は、クラウスさんの呟きような言葉の一部だけを拾った。
「……俺も、覚悟を決めないと」
「なにか言いました?」
「なんでもないよ、こちらのことだ」
「これで決まりだね、よかった!」
ここまで蚊帳の外にいた支店長がいきなり私の手を握った。
喜びに満ちた顔で握った手を何度も上下に振る。
困惑して固まった私の代わりにクラウスさんが支店長の手をふりほどいた。
「イライザが困ってますよ?」
「あ、ごめんね興奮して! そうだ、急いで本部に連絡しないと! ああ、忙しい」
支店長は奇妙な足取りで何度か飛び上がる。
危なっかしいと心配していたら、案の定、派手にこけた。
廊下に置かれていた空き箱にぶつかって盛大な音がする。
「だ、だいじょうぶですかっ、支店長!」
「落ち着いてイライザ。スキップしようとして足が絡れただけ。できないくせに、どうしてやろうとするのか」
クラウスさんは目元を片手で覆い、深々とため息をついた。
……あのカエルみたいな奇妙な動きはスキップしてたつもりなんだ。
ウインクのことといい、色々と不器用な人であるらしい。
隣に立つ先輩も、しょうがないなという顔で乾いた笑い声を立てた。
それから、真剣な表情で私の手を握る。
「イライザさん。これからはやりとりも増えるし、私のことは名前で呼んでいいわよ。」
「ありがとうございます、ジェシカさん。よろしくお願いします」
「じゃあ、まずはあの箱を片付けて、それから準備にかかりましょうか」
「はい!」
「あーーーー! 支店長、またやったんですかっ!」
扉を開けて顔を覗かせたマリッサさんの呆れたような声が響く。
そこかしこから明るい笑い声が響いて、あっという間に潰れた空き箱は片付いた。
「なんだか、少しだけ昔の雰囲気に戻ったみたいだ」
クラウスさんが、嬉しそうに呟く。
その言葉が、私の決断を後押しする。
いつまでも逃げ続けることはできない。
それなら少しでも前に。
そしてもう少しだけ前に進めば、過去を乗り越えることができるだろうか。
彼女がいなくなった世界が調和を取り戻しつつあるように、私の未来もいつか取り戻したいと、そう願った。
「エレナさん、それにアルスさんも……どうしたんですか?」
商品提案会の打ち合わせを終えて店を出ると、街灯の下にエレナさんが立っていた。
そして隣には珍しくアルスさんの姿が……以前と同じ着古した服の顔には無精髭が生えていて、かつてのような胡散臭さを取り戻しつつあった。
過去に色々あって、わざと引きこもっているのだと思っていたから人目につきそうな場所にいるので驚いた。
そんなアルスさんの服の袖を、エレナさんがそれはもういい笑顔で強く引く。
「ほら、言うことがあるでしょう?」
「……」
「あ、そ。じゃあ言えないのなら帰って」
……エレナさんがほんのり怖い。
痴話喧嘩だろうか、私程度がお二人の仲裁なんて無理ですよ?
「……すまなかった」
たっぷり十数秒かかってアルスさんの口から出てきた言葉がそれだった。
なんのことやら全然わからない。
首を傾げた私に、エレナさんが天を仰ぐ。
「ああもう、どうしてそんなに口下手なのよ!」
そして仕方なく代わりに説明してくれた。
どうやらエレナさんが拐われた後、守護石を持つ私を捕まえて尋問しようとしたことに対する謝罪らしい。
「守護石を私が無断で渡したのは悪いけれど、店で顔合わせまでしたのだからイライザがクライアントだってわかっているでしょう? それが若い女の子をいきなり物陰に引きずり込むなんて! どれだけイライザが怖い思いをしたか想像がつかないなんて、無関心にも程があるわ!」
そこまで言われて、ようやく思い出した。
路地裏でクラウスさんに助けられたあのときのことか。
あまりにも色々なことがありすぎて、すっかり忘れていたわ。
なんでもエレナさんはルーテさんに教えられ、ようやく今日知ったのだとか。
アルスさんは、たぶんエレナさんに知られたら怒られるから今まで黙っていたわけね。
叱られた子供みたいな表情を浮かべるアルスさんが、ちょっとだけ可愛い。
根は悪い人じゃなさそうだし、エレナさんが好きすぎて色々吹っ飛んだのだろう。
「言われて思い出したくらいですから大丈夫ですよ。謝罪を受け入れます」
「もう、イライザったらもっと怒ってもいいのよ」
「それなら相談したいことがあるので、謝罪の代わりにアドバイスをください」
「あら、何かあったの?」
エレナさんが目を瞬かせる。
手短に今日あったことを説明すると、大きく頷いた。
特に商品提案会に参加すると聞いて瞳を輝かせた。
「レジーの言ったとおりになったわけね」
「そうみたいです」
「じゃ、今日から商品提案会が終わるまで六つの月に泊まり込みましょう」
「……は?」
「レジーからの情報で受け入れ準備はできてるだろうから、今日は歓迎会兼女子会ね! あ、アルスは一人で帰ってちょうだい」
「それはいくらなんでも可哀想」
「だって女子会ってパジャマパーティーよ? ネグリジェ必須だけどアルスも参加する?」
いや、そうではなく。
アルスさん、愛おしいエレナさんに会いにきたのにこれで帰れって不憫すぎませんか?
ほらアルスさんが、ガーンってなってる。
ショックで白目剥いて魂出ちゃってますよ!
「そうはいっても当日まで時間がないのよ。出退勤の警備もバッチリだし、安全対策と秘密保持は完璧」
「いや、そういう問題でもなく」
どうして六つの月に泊まり込む必要があると?
呆然とした私の肩を掴むと、エレナさんは躊躇うことなく壁に空いた穴へと押し込んだ。
これって先日使った転移の……そして迷うこともなくカテリアの六つの月に到着する。
穴から出ると、なぜか目の前にはケイトさんがいて山盛りのパスタと特大ピザを両手に掲げていた。
「おかえりー。夕飯はパスタにする? あ、ピザもあるよ!」
「いえ、そうではなくですね」
どうして誰も私がいることを疑問に思わない?
そのケイトさんの脇を、フリルのついた何かを掲げたルーテさんが誇らしげに通り過ぎる。
「イライザさん、このネグリジェに着替えてね! 私と色違いなの、可愛いでしょう?」
ってアレ、布地が相当透けているような。
綺麗というよりも、エロい。
慄く私の肩をアリアさんが軽く叩いて、ぐっと親指を上げる。
「大丈夫、似合うわ」
「いえ、そうで……そうですか?」
「そういえばレジーが夜は一緒に寝たいって」
「それは是非に」
国宝級のビスクドールと添い寝できるなんて光栄です。
ガチャリ。
扉を開けたレイさんが上着を脱ぎながら顔を覗かせる。
「あ、風呂は右手な」
「いえ、ですからそうではなくですね!」
「ん?」
だから、どうしてこうなった?
理解の追いつかないまま六つの月へと連行された私は、多忙な日々を過ごした。
そして迎えた商品提案会当日。
いつもより上品な装いに身を包み、商会の本部である屋敷を訪れた。
名のある建築家が建てたものを現代風に改築したものだと聞く。
古きよき時代の美と現代の流行が共存する、サジタリウス商会で働く人間なら誰しもが憧れる場所だ。
「おはよう、イライザ」
「……おはようございます」
視線の先には、いつもの軽装ではなくスーツ姿のクラウスさんが立っている。
普段は垂らしている前髪を後ろに流しているから整った顔立ちがいつもより際立っていた。
どうしよう、すごくかっこいい。
ダレルやアレクシス様の纏う大人の色気と同じものを感じて頬が赤らむ。
そして私と視線が合った途端に彼は言葉を失い、視線を彷徨わせた。
「今日のイライザはいつも以上に光り輝いて見えるね。どうしよう、とっても綺麗だ」
吐息の混じる、甘い声。
首筋に触れる指の感触に翻弄されて、心音が跳ね上がった。
……あれだけ磨かれれば、そうなるでしょうね。
脳裏には、連行された後の過酷な日々がよみがえる。
女性だけのパジャマパーティー、実態はスパルタ的な合同合宿。
泊まった日から今朝まで、魔女達の手で磨きに磨かれたのだ。
エレナさんの『精錬された美しさは女の武器である』という信念のもと、ケイトさんの発明したという「超絶美容液(改)」とやらを塗りこまれ、ルーテさんの神がかった手技で入念にマッサージされた。
あの透けたネグリジェの使用目的がこれだった。
そのうえ、アリアさんからは試験対策ならぬ口頭試問の反復練習があり、レイさんからは護身術と軽いトレーニングの指導。
それが朝晩きっちり時間割になって予定が組まれていた。
これを合宿と呼ばずしてなんと呼ぶ?
結果的に肉体も引き締まり、肌はツヤツヤで光り輝いて見えるのも当然だった。
これとは別に日中は仕事もしているから、夜、レジーさんの添い寝だけが癒しの時間だった。
ちなみに今日の服装も彼女達が用意してくれた戦闘服。
レースのついた上品なワンピースのそこかしこに魔女の秘伝が仕込まれているそうで、企業秘密だからとケイトさんもアリアさんも効果は教えてくれなかった。
『イライザちゃんは着ているだけでいいんだよ、あとは服が勝手に仕事するから』
……ナニソレコワイ。
そして満足そうな微笑みを浮かべた二人は笑顔で凍りついた私を転移の穴から放り出したのだ。
そんな裏話を知らないクラウスさんは、大絶賛だった。
「こんな美しい君を誰にも見せたくないな。閉じ込めて自分だけのものにしたくなる」
「ちょ、ちょっとクラウスさん。いくらなんでも冗談が過ぎますよ?」
「うん? けっこう本気なんだけど今日は仕事だし我慢するかな? さて、そろそろ約束の時間だ」
誘うようにクラウスさんが私の手を引いた。
さあ、しっかりしないと。
緊張のせいか、ちょっとだけ私の足が震えた。
足元がもつれて、少しだけふらついた私の腰をクラウスさんが支えてくれる。
「大丈夫だよ、俺が隣にいる。イライザの思うとおりにやればいい」
ふわりと笑って、彼の手が頭を撫でた。
ずるいわ、こんなふうに私だけを見て信じてくれる人を好きにならないわけがない。
赤くなった頬を隠すように、視線を下げて開け放たれた玄関を潜る。
小さく笑うクラウスさんの声がするけれど、それは気にしちゃいけない。
ゆっくりと階段を登り、指定されたメインホールに繋がる扉をノックする。
『おはいり』
扉越しにくぐもった男性の声がする。
私が正面に立つと、クラウスさんが扉を開いた。
部屋の雰囲気は元貴族の邸宅であった頃の名残りか、重厚な造りでありながら気品漂う。
視界に映る家財道具も当時のもののようで、この部屋はまさしく古き時代の美の殿堂だ。
さあ、場に相応しい振る舞いを……。
歴史に敬意を表し、伯爵令嬢時代に学んだ貴族の礼をとってから入室する。
背後から、クラウスさんの息を飲む音が聞こえた。
淑やかに下げた視線を戻すと、ずらりと並ぶ人の姿が視界に飛び込んでくる。
驚くことに彼らの瞳に敵意はなかった。
代わりにあるのは、無関心。
まるで路肩にある石ころを見るようなもの。
慄く心が警鐘を鳴らす。
なんかここ、気持ち悪い。
身構えた私の脳裏をレイさんの言葉がよぎる。
『君は我々にとってのジョーカーだ。切り札となるに相応しい資質と教養を備えている。我々は君というカードの切れ味を研ぎ澄ましただけに過ぎない。舞台に上がったら信じるんだ、自分自身を。魔女の恩恵を授かった君は誰にも負けることはないと約束しよう』
我らが、六つの月の名にかけて。
私は彼らの中心で女王のように君臨する彼女を見据える。
脳裏をよぎるのは、美しくも勇ましい反撃の旗を掲げた自由の女神。
臆するな、堂々と戦え。
ドラクロワの民衆を導く自由の女神が頭に浮かびました。お楽しみいただけると嬉しいです。




