商品提案会、手札はハートとスペード
商会長の合図により、商品提案会が始まった。
審査員の構成は商会長を筆頭に副商会長、事業部長、財務部長に人事部長の五名。
まずは彼女のターン。
自信に満ちた彼女は商品提案会という雰囲気にそぐわない華美で露出の高い服を着ている。
そのことについて上層部は何も言わない。ただ彼女を崇めるような眼差しで見つめているだけだ。
目の前に広がる光景を正常とは言い難いわね。
上層部と接する機会の多いクラウスさんほど強い違和感を感じているようで表情が硬い。
どんな力を使ったのかはわからないけれど、取り巻きの男性達と同じ状況であることはわかった。
もしくはそれよりもひどいかも……。
まるでサジタリウス商会は彼女のためにあるのではないか、そう思わせる異様な光景だった。
そして三十分後。
盛大な拍手、喝采。
上層部の発する熱気に包まれて彼女の商品紹介と説明は終わった。
彼女が今季の売れ筋として提案した商品はマニュキュアだ。
普通のものよりも速乾性があり、指に触れると体温で花のような香りがするというもの。
値段もさほど高くはないし、装飾品とも相性がよく、間違いなく売れるだろう。
……そこまではいい。
だが彼女からは売れるとする根拠が何も示されなかった。
この場に裏付けとなる資料がないのは、百歩譲って許そう。
商品紹介をして、熱心に売れますと連呼するだけで終わってしまったのは、どういうことだ?
これなら、二号店の会議のほうがよほど勉強になるし有意義だと思うのだけど……クラウスさんも彼女が参加するようになってから初めてだそうで、眉根を寄せて難しい顔をしている。
「何か質問はありますか?」
彼女は本日はじめてクラウスさんに声を掛けた。
説明を始めてからずっとクラウスさんだけを見つめていたが、彼が無反応なためか不満そうな表情をしている。
クラウスさんは外向きの笑顔で、にこやかに微笑んだ。
「それでは、ひとつだけ聞かせてください。この商品が売れるという根拠はなんでしょう?」
しんと、静まり返る。
皆が彼女の答えを待っているかのような、居心地の悪い空気が流れる。
そんな中、彼女は臆することなく言い切った。
「私が根拠ですわ。先読みの魔女である私が売れるというものは、間違いなく売れるのです」
また言った。今回は、全員に聞こえたらしい。上層部から次々と賛同の声が上がる。
……まさか本気で信じているわけはないわよね?
彼女なりの自分を大きく見せるはったりかと思えば、うっとりとした表情の商会長が大きく頷き同意する。
「彼女が売れるというのだ、立派な根拠じゃないか!」
私とクラウスさんを除く全員が賛辞を彼女に送る。
彼らからの賞賛を受け慣れている様子の彼女は、無礼にも無言のまま鷹揚に頷いた。
まさに女王のような風格……ここまでとはね。
顔色を悪くしたクラウスさんが手のひらで口元を覆い呟く。
「……ダメだ、これは」
商品提案会に参加して辞めていったという商会員の気持ちがよくわかった。
このままではサジタリウス商会の未来は危うい。
違う意味で青褪めた私とクラウスさんに五人の視線が向いた。
視線の質が路傍の石から雑草を見るようなものに変わったような気がする。
無関心から一転、今度は疎ましいものを見るときの視線だ。
「君が彼女のいう新人だね」
「はい、イライザと」
「ああ、自己紹介はいらないよ。君には辞めてもらうから」
「……は?」
「経営者である我々には君を辞めさせる権利があるからね、遠慮なく行使させてもらうよ。理由は聞かなくてもわかるだろう? 二号店では、散々彼女をいじめていたようじゃないか。それに卑怯な手を使って婚約者であるクラウス君を彼女から奪ったと聞いている。そんな性根の腐った人間は栄光あるサジタリウス商会には不要だし、尊い存在である彼女をいじめるような悪しき人間はますます不要だ。心優しい彼女が君に機会を与えてほしいと懇願するから、こうして商品提案会に参加させることにしたけれど、我々の提示する条件が満たせなければ辞めてもらおう」
「その条件とは?」
「今日君が提案した商品が彼女のものよりも売れることだ」
これは、またとんでもない条件を課されたものだ。
客層も客数も違う装飾品部門と美術品部門の売り上げを競わせるなんて……。
視線を向けると彼女は余裕の表情を浮かべている。それだけ自分の商品に自信があるということだろう。
すると、それまで黙っていたクラウスさんが口を開いた。
「発言することをお許しください」
「かまわんよ、どうした?」
「彼女の一方的な言い分を鵜呑みにしておられるようですが、二号店ではイライザさんの彼女に対する嫌がらせとされた行為は冤罪であると調査の結果で判明し、速やかに報告しております。それに経歴書からわかるようにイライザさんは入社してまだ三ヶ月です。才能はありますが未熟な彼女の将来を、この場の評価だけで決定してしまうのは時期尚早と思われます。」
場の空気が、一気に凍りつく。
私はため息をついた……どうして自分が不利になるようなことを、あえて言うのよ!
彼自身が辞めさせられたら困るはずなのに、どうして。
困惑する私の隣に立つクラウスさんの曇りない瞳は、真っ直ぐに商会長を見つめている。
その視線を受け止めて商会長はゆるく首を振った。
「君には期待していたのだよ、クラウス君。彼女と結婚したあとには重役として本部へと迎え入れるつもりでいた。それをそんなつまらない女に騙され、彼女との婚約を破棄するとは愚行の極みだな。結局、その程度の器であったということか」
「ですから今までも再三申し上げていたとおりに、彼女と婚約したという事実自体がありません」
「慎ましい彼女が黙っているからと調子に乗って、そこまで彼女を愚弄するとは許せん」
彼らには、傲慢な彼女の態度も慎ましく映るらしい。
ギリリと音がしそうなほど、五人の表情が歪む。
彼女は壇上から悠然とクラウスさんを見下ろしていた。
……この余裕は、どこからくるものなのだろう?
「ではもう一つ訂正を。イライザさんはつまらない女などではありません。彼女は美しく聡明で素晴らしい女性です」
クラウスさんはキッパリと言い切った。
私は呆然とするだけで、口を開くことができなかった。
彼を睨むような表情を浮かべながら五人は囁き合う。
おそらくクラウスさんや私に対する誹謗中傷で盛り上がっているのだろう。
心底失望したという冷ややかな顔で、商会長は口を開いた。
「わかった、その女が辞めるときは一緒に君も辞めてもらおう。二度と客商売には携われぬと覚悟しておけ」
「承知しました」
クラウスさんは、どこか晴れ晴れとした顔で承諾する。
ああ、また彼を私の運命に巻き込んでしまった。
落ち込む私の肩を、クラウスさんは軽く叩く。
「イライザ、まだ終わっていないよ。勝負はこれからだ」
どちらが女王の位にふさわしいか、見せてやれ。
まるで煽るかのようなクラウスさんの表情に微笑む。
そうよ、まだ終わっていないわ……手札はこちらにもある。
「承りました」
次は、私のターン。
クラウスさんが部屋の扉を開けた。
廊下から、芳ばしい香りとともにカップとソーサーをトレーに乗せた女性が二人入室する。
マリッサ先輩とジェシカさんだ。
二人は一客ずつ、五人の前に茶器を置いた。
「マリッサ、ジェシカ……」
彼女が動揺した。
二人は彼女の声に応えることもなく、一礼して部屋の後方へと下がる。
他の五人は突然目の前に紅茶が差し出されるという予想外の展開に動揺したようだった。
全員の視線が、差し出された茶器に釘付けとなる。
「これは?」
「紅茶です、のどが渇いていらっしゃると思いましたのでお持ちしました」
茶器を覗き込んで怪訝そうな表情を浮かべる商会長に私はニコリと微笑む。
空気に乗ってふわりと茶葉の香りが広がり、良い香りが鼻腔をくすぐる。
うん、上等な茶葉に奮発して正解だったわ。
「そうか、ならばいただこう」
商会長の言葉を皮切りに、次々と紅茶へと手が伸びる。
呆然と成り行きを見つめていた彼女が、ハッとして声を上げる。
「いけません、それにはきっとお体に良くないものが……!」
「紅茶は私ではなく、あちらのお二人が手ずから入れたものですが……何かご不安でも?」
私の手が示す先には、笑顔で冷気を吐き出すマリッサ先輩とジェシカさんの姿があった。
彼女はハッとして口を噤む。
完全に二人を敵に回したわね。
実績のある二人を慕う商会員は多い。
クラウスさんのことといい、取り巻きへの対応といい、二号店そのものを敵に回したと言っても過言ではないだろう。
それにしても意外と迂闊なところのある彼女が、ここまで計画的に商会の上層部に根回しすることができるのだろうか?
「……うまい」
体の奥から絞り出すような商会長の声。
そのほかの人にも配られたティーカップのほとんどが、からになっていることを確認して微笑んだ。
商会長は感じ入ったように天を仰ぎ涙を堪える。
「一杯の紅茶が、こんなにうまいと感じたのは何年振りだろうか……」
同意するような声がそこかしこから聞こえた。
まるで曇りが拭われたように柔らかな空気が部屋に満ちる。
それに気がついた彼女の顔色が変わった。
……つまり何年かは、先ほどまでの異常な状態だったというわけか。
私は淑やかな表情を崩さないように内心でほくそ笑む。
紅茶には、たしかに彼女にとってよくないものが含まれていた。
ケイトさんが調合したという、どんな状態異常をも完璧に解除する魔法薬。
薬品自体は無味無臭、茶葉の香りに混じることで一定の効果を発揮し、状態が酷い人物ほど飲みたくなるように調合してあるという。
これが一枚目のカード。
たとえるなら絵札はハート、意味するものは聖杯。
「おや、このティーカップとソーサーは……」
商会長の左隣に座る男性、席の位置からして副商会長らしい。
彼の視線が飲み終わったカップとソーサーに釘付けとなる。
さすが目利きと評判の方。
眼の曇りが晴れれば価値に気がついてくださると思っていた。
ちなみに、彼は我らが美術品部門の統括でもある。
副商会長はソーサーを裏返して首をかしげた。
「相当名のある職人が作ったものと思うのだが」
そこで私はとある人物の名を上げた。
知名度はそこまで高くないものの、熱心な蒐集家にはよく知られている人物。
「鑑定の結果によると、彼が作ったもので間違いはないそうです」
「まさか! だが彼のものであれば必ず彼の印が記されているはず」
「一重咲きの薔薇、ですね」
私はカップの内側を指さす。
全員が互いに飲み干したカップの内側を見比べて、驚き目を見開いた。
温められることで底に浮かび上がったのは、一重咲きの薔薇。
ティーカップに描かれた薔薇は飲み干して初めてその姿を現すのだ。
静かな愛と、敬意。
花言葉のように、密やかに添えられた自分の作品であるという証。
「こんなところに一重咲きの薔薇が……焼き上げる前の段階で、底に絵を描いたのだろうか?」
「そのようです。ちなみにソーサーのほうはここにサインがあります」
ソーサーにも一重咲きの薔薇が描かれている。
そして、注目すべきは薔薇の葉脈。
「こんなところにサインが……本物か?」
「本物です。こちらが鑑定書になります。一応、素材から制作年代のほうも科学的に調べてもらっています。結果はこちらをご覧ください。この茶器自体がそこまで古い時代のものではありませんでしたので保存状態も良好でした」
「彼の未発表の作品ということか。どこで手に入れたのだ?」
「不審に思われるような裏はありません、ただ二号店の倉庫に眠っていたものを掘り起こしてきただけですから」
場に沈黙が落ちる。
このカップとソーサーのセットは丁寧に梱包されたまま、倉庫の奥に埋もれていた。
在庫リストには来歴もなく品名だけが記され、あとは入手した日付と商品数しか記されていなかった。
つまり手に入れた商会員には無名だが状態のいい美術品という価値しかわからなかったということだろう。
死に在庫、別の業界ではデッドストックとも呼ばれる。
絵札なら死を意味するスペードというところか。
「……なんと、そんなところにこんな素晴らしい作品が眠っていたとは」
在庫の管理に関する権限を掌握する財務部長が難しい表情を浮かべて顎を撫でる。
あの顔はきっと、他部署の倉庫の在庫をもう一度確認するように指示を出すだろうな。
……在庫整理って、けっこう大変なのよね。
私の場合、幸か不幸かその時間がたっぷりとあったからたどり着くことができたのだけれど、他部署で日夜忙しく働く商会員には負担となってしまうかもしれない。
ごめんなさいと、心の中だけで謝罪する。
「ちなみに数は?」
「こちらを除けば、ちょうど三十客になります」
「貴重な売り物をこの場で使用した理由を問い詰めたいところだが……」
「許可したのは私です。責任は私にあります」
クラウスさんは、にこやかに微笑みながら視線は逸らさない。
お互いにこう言われるだろうと想定はしていた。
売り物としての価値があるものを備品として扱うことは本来許されない。
それでもこの場で使用することを選んだのは、この作品に触れることで器の価値に気づいてもらいたかったから。
捏造された私の評価のために、見もしないで商品の評価を下げられたらたまらない。
光の加減で、ソーサーに描かれた一重咲きの薔薇が揺れる。
私の口元が、再び会えた喜びに弧を描いた。
製作者はリシャール=ボネ。
四回目の人生で私に薔薇を捧げてくれた人だ。




