イライザと支店長、読心の力
朝から騒動に巻き込まれ、それでも仕事して。
ようやく長い一日が終わった。
疲れ果て、寄り道もせずに帰ろうと店を出ると、そこに待ち侘びていたエレナさんが姿を現した。
人目も気にせず抱き着くと、『あら、ご褒美ね』とか言いながら受け止めてくれる。
「元気そうでよかった、体調はもういいの?」
「ええ、ちょっと無茶しちゃって心配かけたわ。ごめんなさいね!」
へへ、と可愛らしくエレナさんが笑う。
そして何があったのか説明したいと言われたので近くのカフェへと向かう。
コーヒーを飲みながらエレナさんの話を聞く。
あえて省いた部分もあるのだろうけど、それでもずいぶんと酷い目に遭わされたものだと同情する。
そして最後にレジーさんから預かったという伝言を教えてもらったのだ。
「……という訳なのよ」
「うーん、申し訳ないけれど心当たりがないわ。正直、仕事の話どころではなかったの」
そう答えて、エレナさんに今朝の出来事を全て話した。
まずは応接室で何があったか。
シュトラウスさんの説明、ダリルさんとマリッサ先輩からの謝罪。
エレナさんは大きく頷いて、そっちはもう大丈夫だと微笑んだ。
問題は、応接室を出たあとのこと。
シュトラウスさんの説明とダリルさんの謝罪を受けても、彼女はあくまでも私の仕業であると言い張った。
そして互いの主張の食い違いによる対立と、私にだけ聞こえた『先読みの魔女』であるいう彼女の独白。
エレナさんは、やっぱりねとだけ答えて続きを促した。
あのあとクラウスさんとマリッサ先輩の取りなしで形ばかりは落ち着いたのだ。
ただ、すぐに業務に戻れるかというとそうはいかない。
不自然なまでの沈黙が落ちて、部屋には一種異様な空気が渦巻いていた。
そこに支店長が真っ青な顔で駆け込んできたのだ。
クラウスさんから一報を受けて急いで出張から戻ったという彼は、私達の困惑した表情と、鬼気迫る形相で対峙するその他の商会員という構図を見て卒倒しかけた。
普段は温厚でいい人なのだけれど、取り乱すと顔と態度に出やすいのが玉に瑕なのよね。
慌てて駆け寄ったクラウスさんに支えられて、当然のように状況説明を求められる。
クラウスさんが代表して部屋の中の出来事を説明し、シュトラウスさんとダリルさんが謝罪する。
ここまでは予定通り。
でも彼女は、かたくなに私の冤罪と認めようとしなかった。
当初からのとおり、ダリルさんは私に唆されて発注を取り消したのだと激しく主張したのだ。
普段の柔らかい彼女の態度とは違う、荒々しい言葉遣いに支店長は目を丸くする。
今やもう彼女の理論は破綻していて、自分以外の全てが悪いと言わんばかりの態度だ。
この嫌な空気、どうしてくれるのよ。
全く悪くないのに、いたたまれない気持ちになった。
困惑しきった表情を浮かべる支店長に、私は小さな声で謝罪する。
「急いで戻ってきていただいたところで、こんな騒動になっていて申し訳ありません」
「ん、ああこっちこそ悪かったね。いきなり訳もわからず巻き込まれて困惑しただろう?」
「それは……え?」
言葉に詰まったのは、今まで無関心を貫いていた支店長の口から私を労るような言葉が出てたから。
彼以外にも私を気に掛ける人が商会にいるなんて想像もしていなかった。
支店長が今まで介入しなかったのは、私に対する興味がないものと思い込んでいたのだ。
そっと頭を下げると、支店長は汗を拭いながら弱々しい顔で微笑んだ。
「……大丈夫だよ、イライザ。支店長は君のことを心配しているだけだから」
クラウスさんが、耳元でそっと囁く。
規模は一号店ほど大きくなくても、サジタリウス商会の支店ともなれば取引先は多く、カテリア国内の各地に散らばっていた。
相手によっては支店長自ら取引先に伺うこともあり、今日も重要な商談があって外出中だったらしい。
それを切り上げてまで駆けつけてくれたのだ、気にするなというほうが無理だ。
呼吸を整えた支店長は、取り巻きになだめられている彼女に話しかけた。
「それでイライザさんが唆したという根拠はなんだい?」
「私の知る未来ではそうだからです」
自信に満ちた彼女の言葉。
周囲には、なぜか頷く人もいる。
そうか、彼女は未来らしきものが見えることを周囲に隠していないのね。
不審に思われて打ち明けたのか、そのほうが有利になると思ったからか。
なんとなくだけど後者だろうな。
取り巻きの言葉を総合すると未来を知った彼女は周囲の人間にそれとなく注意を促していたらしい。
不安が解消されたり危険が回避されると、より強く彼女の言葉を信用するようになる。
そうやって取り巻きを増やしていったのね。
未来が見える、その言葉に支店長は訝しげな表情を浮かべた。
「ほう、未来とは面白いね。もしかして商会長の言っていた『面白い人』っていうのは君のことだったのかな?」
「ええ、光栄なことに商会長から全幅の信頼を寄せていただいていますの。二号店の躍進は君にかかっているから頼む、と。精一杯頑張りますので今後ともよろしくお願いします!」
まるで現在の商会員だけでは頼りないみたいな言い方をするのね。
「商会長の権力を使って、人事に介入したのか。私に事前の相談もなくここへ異動してきたから驚いたよ」
さらっと失礼なことを口にした彼女に支店長は苦笑いを浮かべる。
そして支店長の嫌味に気がつかなかったようで、彼女は誇らしげに胸を張った。
いや、支店長は褒めてないから。
というよりも、未来が見えるという創作じみた彼女の言葉を疑わない周囲に絶賛困惑中といったところか。
「つまり君は未来が見えて、そこではイライザさんが悪事を働いていたと言いたいのかな?」
「そうです、そのとおりです!」
「なら、どうして私に報告しなかったんだい?」
「は?」
「商会長に信頼を受けるほどなら、彼女が事を起こす前にそうと報告すればよかったじゃないか」
「い、いえ、それでは彼女が可哀想だと……」
「ならどうしてこんなところでイライザさんを問い詰めているの?」
「それは……やはり悪いことは罪を償わないといけないと思って、心を鬼にして?」
なぜ語尾が疑問系になるのよ?
ちっともそう思っていないことが丸わかりじゃない。
苦しそうに言い訳した彼女をかばうように、美術品部門の男性が立ち塞がる。
「支店長の言い方は、まるで彼女が嘘をついているみたいに聞こえます!」
「そうです! 悪いのはイライザさんで彼女はむしろ被害者です」
「ありがとう、私を信じてくれて……!」
彼女は感極まったように瞳を潤ませる。
だから根拠もなく私を悪者にして盛り上がるのはやめてくれる?
なんか安っぽい芝居を見ているような、最悪の気分だった。
それに支店長はあなた達の上司になるので仔細を尋ねる権利くらいあると思うのよね。
彼は不思議そうな顔で彼女をかばった取り巻きに視線を向ける。
「あなた達もイライザさんの悪事とやらを見たのですか?」
「いえ、私達は見ていません」
「ではどうしてイライザさんが悪いと?」
「それは彼女が私達に嘘をつくわけがないからですよ」
え、なにそれ怖い。
正直そう思った。
支店長は一瞬呆けたあと、真剣な表情で口を開いた。
「つまり証拠はなくても彼女が言ったことは全て正しいというのが根拠かな?」
「そうです。」
「それはまた、ずいぶんと危なっかしい根拠だね。もし彼女が君達を犯人だと言ったらどうするの?」
「えっ、だから彼女がそんな嘘をいうわけがありません!」
「だが証拠はない上に、彼女は嘘をつかないのだろう? 今回は、たまたま相手がイライザさんだっただけで、自分達が同じ目にあっていた可能性があったとは思わなかったのかい?」
彼らの理論が根拠として通用するのなら彼女はいくらでも冤罪を生み出せる。
次は彼らの番かもしれないと、支店長はそう言っているのだ。
我が身に置き換えて考えたことで、彼らもようやく危険に気がついたたようだ。
黙り込んで、ほんの少しだけ彼女と距離を取った。
支店長は今度は私に視線を合わせる。
「ということなのだが、イライザさん。君に彼を唆したという心当たりはあるかな?」
「全くありません。カヴァレの方とは今日話したのが初めてですし、互いに面識もない相手だということは当事者であるハストンさんとも確認しています。そうですよね?」
「はいそうです、イライザさんとは会話した記憶も会ったこともありませんでした。ですから、余計に申し訳ないことをしてしまったと、強く反省しています……」
言葉は尻すぼみになって、ダリルさんは項垂れる。
そのとき、突然閃いたかのような表情をした支店長が顔の前で手を打ち合わせた。
そして瞳を輝かせる。
「つまり、お互いの勘違いということだね!」
「はい?」
周囲を置き去りにしたまま、支店長だけは納得したように何度も頷く。
すごい、ぜんぜん意味がわからない。
その場にいる全員を抜き去って、しかも全力で振り切った感じだ。
ほとんどの人が、私と同じポカンとした表情を浮かべている。
「……でた、支店長の思いつき」
「結果が悪いことにならないから余計にタチが悪いのよね」
クラウスさんとマリッサ先輩だけは、思うところが別にあるようで深くため息をつく。
ただ一人、納得している支店長はキラキラした笑顔を彼女と彼女の取り巻き達に向けた。
「人間は誰でも思い込みとか勘違いはあるものだからね! 君達はイライザさんが発注を取り消したせいで業務に支障が出たと勘違いしていたんだ。だけど実際は発注漏れだったわけで、カヴァレのお二人がこうして謝罪に来た。ところが君達は思い込みに囚われて応接室ではイライザさんの責任が追求されたものだと早とちりしたんだな! だから思わず部屋から出てきたイライザさん達に辛辣な言葉をかけた。君達はどうやら心配が過ぎて勘違いやら早とちりをしたようだ。だがカヴァレのお二人がわざわざ足を運んで説明してくださったおかげで、こうして君達の憂いは見事に払われたのだよ。全ては結果オーライ、解決してよかったな!」
ちょっと待て、どこらへんが解決したのか。
そう思ったのは私だけじゃないはずだ。
ただ無理やりにでも状況を切り上げたいとする悲壮な空気は読めたので、誰からも異論は上がらなかった。
支店長はそのままカヴァレの二人へと視線を向ける。
「いや〜、申し訳ありませんでした! 老舗であるカヴァレからお客様がいらしたことで、商会員がうろたえてしまったようです! 勘違いしたまま失礼な態度でお出迎えしたようでずいぶんと驚かれたことでしょう! これは全て私の教育不足、申し訳ありませんでした!」
「あ、ああいえいえ。こちらこそ元は謝罪に伺った身です。多少の波風は覚悟しておりましたから」
シュトラウスさんは慌てて首を振った。
対外的な立場では支店長とシュトラウスさんは同等。
話をつけるなら今がチャンスだと踏んだのだろう。
支店長はにっこりと笑う。
「こちらもずいぶんとひどい勘違いをしていたようですから、そちらの対応を咎められませんな!」
つまりこちらも咎めませんから、そちらも今までどおりにねということだろう。
あれ、でもちょっとだけ支店長の笑顔が黒く見えるのはなぜだろう?
軽く目元をこする。
うん、目を開けてみればいつもどおりの弱々しい表情だ。
たぶん陽の当たる角度で勘違いしたんだな、うん。
「私どもとしては、そう言っていただけると助かります」
察したシュトラウスさんも笑顔であっさりと受け入れた。
支店長は彼と握手を交わし、ダリルさんに無難な励ましの声を掛けると会話をさっさと切り上げた。
そしてシュトラウスさんとダリルさんを丁寧にお見送りして、速やかに扉を閉める。
「……あれ?」
気がつけば、あまりにも手際が良すぎて誰も口を挟めないうちに全てが終わっていた。
あれだけもつれたのに、なんとも呆気ない幕切れだった。
終わってよかったと、安堵したのもつかの間。
どう気に入らなかったのか、彼女が腹立たしいとばかりに叫ぶ。
「どういうつもりですか!」
「ん、どうって? ……うーん、立場的にはどういうつもりなのか聞きたいのはこっちなんだけどね。いい歳をした商会員が取引先の前で責任をなすりつけ合うような醜態を晒して。そういうのは、せめて彼らが帰ったあと内々にするもんじゃないの?うう、イテテ……」
カテリアで一番繊細と自称する胃のあたりを支店長がさする。
気の弱い支店長が忍ばせた言葉の棘に気がついた他の人達は顔色を悪くした。
「世間一般の常識に照らしてごらん、ここは夢を売るような仕事をする場所なんだよ? 今回はたまたま取引先が相手だったけど、たとえば顧客の前で同じことができるわけ?」
そうだ、と私も思う。
小競り合いを見せられて、購買意欲が増したという話はちょっと聞いたことがない。
「それに君も『なんとなく予想できたので、事後に本人を注意しました』って言うけれど、普通に考えてそれは胸を張って言えることなの? 私のように自分の明日のことすらさっぱり見えない凡人には、事後に実は気がついていてと問題を報告する部下よりも、事前に問題が起きそうだと察したら相談してくれて事を丸く収めてくれる部下のほうが頼りになるの。君だってそうじゃないのかい?」
「で、でも私が予想したおかげで商会の売り上げが……」
「ありがとう、皆が頑張ってくれているおかげで二号店の業績は右肩上がりだよ!」
どこか言い訳じみた彼女の言葉を支店長がさらりと受け流す。
売れるものを提示したのは彼女でも、売り上げたのは他の商会員達。
売り上げは彼女だけの実績ではない。
支店長の言いたいことを察した他の商会員も、なんだか嬉しそうな顔をしている。
そして私は、ここまでの意外な展開に首を傾げていた。
あ、あれ?
支店長は温厚だけど押しが弱くて部下にきつく言えない気の弱い人のはずじゃなかったの?
「それでも今までサジタリウス商会の扱ったヒット商品を提案してきたのは全部私です!」
「二号店は一号店と違って新品だけを扱う場所ではないからね、骨董品や装飾品は流通量が少ないほど価値が上がるものだ。そして希少なものは、ばら撒くほど価値が落ちる。まるで未来が見えるかのようにヒットする商品を提案できる君にとって、ここは得意とする分野ではないと思うよ?」
エレナさん、大当たりでしたよ?
偶然が重なっただけでも、たまたまでもなかった。
彼女こそ、やはりサジタリウス商会でまことしやかに噂される先読みの魔女だったのだ。
どうにかしてエレナさん達に伝えないと…。
「この際だから聞いておきたいのだけれど、君はこの店で何がしたくて異動を希望してきたのかな?」
支店長は眉間に皺を寄せて再び胃のあたりをさする。
思いもよらない方向の質問を受けたようで、彼女は一瞬黙り込んだ。
そして彼女の取り巻きも不安そうに支店長を見つめている。
時代の流れを掴んでヒット商品を提案するのが得意なのであれば、彼女の得意分野とは逆の商品を扱う店だ。
そのとおりだと私も思う一方で不思議に思った。
……誰だったっけ、支店長は気が弱いって言ったのは?
気が弱そうなのは見た目だけで、中身は全然違うじゃないの。
青い顔をして考え込んだ彼女だったが、思い出したかのように顔を上げて私を見た。
「それは……イライザさんの悪事を止めるためです!」
「えっ、私?」
真っ直ぐに伸びた彼女の指の先には私がいた。
思わず敬語が外れて素に戻ったのは許して欲しい。
あまりにも堂々と言い切った彼女の悪びれない態度に、支店長も目を丸くする。
「うーんと、一応聞いておきたいのだけれど悪事ってどんな?」
「わざと発注ミスをしたり、伝票を破棄してサジタリウス商会に損害を与えたりすることです!」
「ちなみにそれは君が現場を見たということでいいかな? どうして止めなかったの?」
「……それは、彼女が怖くて。」
「怖い? どうしてだい?」
「私、イライザさんに嫌がらせをされているんです!」
「えっ、私?」
悪事の次は、嫌がらせときた。
いや、全く心当たりはありませんが?
クラウスさんとマリッサ先輩からは、いろんな意味で可哀想なものを見る目で見られた。
同情するくらいなら彼女を止めて?
そして彼女の取り巻きは震える彼女を慰めながらこちらを睨んだ。
おまえ達の目は節穴か?
図式的にはどう見ても私が嫌がらせされているでしょうよ!
とうとう支店長が、心底困り果てたような表情を浮かべた。
「ええと、イライザさんが君に嫌がらせをする理由って何かな?」
「それは……」
そう言って彼女はちらっとクラウスさんのほうに視線を向ける。
また、例のアレだ。
口には出さないけれど目線で彼と付き合う彼女に私が嫉妬したというアピールだろう。
腹立たしい。
なぜか先日よりもずっと濃く、どろどろとした深い憤りが湧き上がる。
私だけでなくクラウスさんの人生を、どれだけ踏み躙るつもりなの?
彼は、あなたのものじゃない。
心の奥底まで浸透した怒りが体全体を支配する。
神経が研ぎ澄まされたとき、周囲の秘めた心の声が耳に届くようになった。
視線の先にいたのは彼女の取り巻き。
彼らは軽蔑するような視線を、はっきりと私に向けていた。
教えてもらったわけではないけれど、怒りとある程度近くにいるということが読心の力を使う鍵なのだろう。
視線が絡めば、より明瞭に彼らの心の声が聞こえる。
……そう、ダリルさんだけじゃないのね。
あなた達も自分の失敗を私になすりつけたということか。
お楽しみいただけるとうれしいです。




