魔女達の饗宴②
「パパーン!これがあの黒いコンテナでーす!」
首を傾げたエレナの目の前に、突然、黒い何かが差し出される。
ケイトの手の上に乗せられた、模型のような箱だ。
「はっ? すごい小さいじゃないの!」
「そうでーす! 驚いた?」
「驚くわよ! これ本当……どうしたの?」
「ん? ちっちゃくして持ち歩けるようにしたの。あ、ルーテ姉、そのチキンパイ一個ちょうだい」
「分けてもいいけど……そんなに食べてよく太らないわね」
「脳に栄養が全部取られているからかな? あとは日頃の行い?」
「語尾に疑問形ついてるわよ。はい、これでおしまいだからね!」
「うん、わかった。ありがとう!」
「ちょっと、勝手に話を変えないで! で、それどうやって作ったの?」
興味津々といったエレナの質問に、無言でケイトはパイを持つ手と反対の手のひらを上空に向けた。
空間に魔力を使って見えないペンをはしらせ、淡く発光する青いインクが術式を描く。
数字と記号の羅列、ところどころに古代文字や機械文字が混じる。
その間も、ケイトは幸せな表情でひたすらパイを咀嚼していた。
空間に描かれた術式を解読しようとエレナは頑張っていたが、ついには図式化された何かが浮かび上がった時点でテーブルに突っ伏す。
「ごめん、全く理解できないわ。」
アリアがコーヒーの熱さに眉を顰めながら虚空に展開される術式の要点を指し示す。
「ここが指定された物体の大きさに干渉する術式、この数字が最大値と最小値、括弧内が選択肢ね。それでここが時間軸への干渉、固定と現状維持、それをここで緩衝するのね。だから雑に扱っても大丈夫、と。それからこれが偽装……へえ、魔力がない人には見えなくなるのか。つまり盗まれにくいってこと?」
ケイトは嬉しそうに頷いて術式を消すと、親指を立てる。
どうやら当たりらしい。形のよい唇を綻ばせてアリアは嬉しそうに微笑んだ。
そして解説を受けたのにも関わらず、エレナはいまだに首を傾げている。
「あんまり理解できないけど……それなら、褐色のコンテナはどこから取り出したの?」
「単純よ、黒いコンテナの逆の作業をしただけ。小さくしたものを大きくした。大きさを戻すタイミングを誤るとバレて大騒ぎになるけれど、うまく合わせれば、ああやって元からあったもののように誤認させることができる」
アリアは指先で大きい丸と小さい丸を描き、左右を動かして入れ替えるという仕草をする。
彼女は軽い口調で説明しているが、そもそも物体の大きさを変えたり、入れ替えるという作業そのものの工程が複雑で難易度が高いのだ。
……そんな精密かつ繊細な作業、私には無理ね。
自分にはできないという一番重要なことが理解できたエレナは感心したように何度も頷いた。
「ただ魔道具を起動させるだけじゃダメなのね。さすが整合の魔女だけあるわ! 五つの力を満遍なく使えるって、どんな気持ちなのかしら?」
「……っはー、ごちそうさまでした! やっぱりマルテのご飯は最高だね!」
テーブルの上にある皿は、きれいにからとなっていた。エレナは満足した猫みたいに目を細める。
「満遍なくっていってもエレナみたいに最高位の力を制限なく使えるわけじゃない。それぞれに力のばらつきはあるし、中位からギリ高位までの能力しか使えないもの。自分の能力を過小評価するわけではないけれど、私の力は皆の力と組み合わせれば便利なだけで実のところ不可欠ではない。なんせ与えられた力の特性はつじつまを合わせることだからね」
剛力、読心、言霊とあと二つ。
五つの力を使えるという恩恵により、他の足りない部分を補い、過剰な部分を削ぎ落として整合する。
能力同士を最高の状態で組み合わせるための糊代とも呼べる力だ。
そして整合する力は、特に魔法薬や魔道具と呼ばれる呪具の作成や開発に発揮される。
ケイトの場合は趣味と呼べるくらいに魔道具作りにハマっていた。
「私の能力は一と一を足して二にするには何が足りないかを見出して、それを補うもの。このティラミスと同じで食卓の主役にはなれない脇役だ。でも、ないと物足りないよね」
うふふと笑って、ケイトはティラミスをスプーンですくった。
たしかに状況に余裕があるときはケイトがいなくても無理矢理なんとかする。
だが、いるといないとでは作業精度と進捗速度が桁違いなのだ。それをよく知るレイは首を傾げた。
「ケイトが脇役って……そんなことはないと思うぞ?」
「そうかな? でもティラミスおいしいよ! マルテってばデザート作りの腕も上がったね!」
なんか噛み合っていないように思うのは、気のせいだろうか?
皆も同様に首を傾げたり、苦笑いを浮かべていた。
なにせこの場にいるのは自分の能力を使いこなすために試行錯誤と努力を重ねてきた者ばかり。
一つの力を習熟するのも大変だったのに、それを五つも習得したというのは驚異的だ。
そして五つの力を使いこなした先に、ようやく自分の固有する能力へと手が届く。
努力家で、かつ尽きることのない探究心でもなければ六つ目の能力までたどり着く事すらできないだろう。
しかも編み出す術式は高性能なだけでなく、緻密で洗練されている。
豪快にティラミスを食べ進める姿を見ていると、そうは思えないのだけどね。
脇役なのに主役も真っ青になるくらい基礎能力が高いのだ。
ちなみにケイトが剛力を使えば岩石くらいは余裕で割れる。
展開によっては主役じゃないかと呆れた顔で眺めていると、レイの隣に座っていたレジーの身体が傾いた。
「っと、危ない。……ん、ああ寝てしまったのか」
レジーは、いつの間にかレイに寄り掛かるようにして軽い寝息を立てている。
能力の持つ特性のために、いつでもどこでもかまわず寝てしまう。
それこそ足場がないに等しい崖の上とかでもだ。
繊細そうに見えて、実のところ姉妹で一番逞しいのかもしれない。
細心の注意を払って彼女の体を膝の上に乗せる。
そして落ちないように片腕で支えながら抱き寄せた。
無防備な表情を晒していても、イライザが人形のようと絶賛していた美貌は少しも損なわれることはない。
むしろ無防備な分、温かみと愛らしさが増したように思えた。
歳の離れた妹は可愛いという人がいたけれど、たしかに可愛い。
思わず口元を緩めたレイは、じっと自分を見つめる皆の視線に気がつく。
「どうした?」
「そうやって世話をする姿が、まるで世間一般のお父さんみたいだなって思って」
「アリア……そこはお母さんではないのか?」
「母性より、圧倒的な男らしさや父性を感じるわ。あ、彼氏でもいいわね!」
「いいわねって、よくはないだろうルーテ。現実を見ろ、私は姉だ」
どういうわけか、ルーテがキラキラした瞳でこっちを見てくる。
エレナ曰く、ルーテは乙女なんだそうだ。
乙女な妄想が膨らみすぎて、思考がおかしなことになっているらしい。
彼女が好むのは、レースや刺繍のふんだんに使われたワンピース。
部屋に置かれた繊細な意匠の小物や手作りの可愛らしいぬいぐるみ。
それらはルーテの浮世離れした雰囲気にとてもよく似合っているけれど、萌えとか熱く語られてもレイにはちょっと理解できない。
そんなルーテの趣味は着せ替えだ。
姉妹の誰もが一度ならず、二度三度と被害……失礼、恩恵に預かっている。
ちなみに一番引き合いが多いのはレジーで、次の標的として狙っているのはなんとイライザだった。
あの温度を感じさせない美しさが萌えると大絶賛だ。
なんでもメイド服で『おかえりなさい、ご主人様』とお迎えしてもらいたいらしい……。
イライザ本人が嫌がらないことが前提だと、何度も釘は刺しておいたが限りなく不安だった。
どうして我が妹たちは揃って個性的な人間ばかりなのだろう。
まあ、そういう時々理解不能なところが妹たちのかわいいところだから仕方がない。
「そういえば今回の件が片付いたとして、イライザちゃんはどうしようか?」
大量のティラミスを一人で消費したケイトがようやく食後のコーヒーまでたどりついた。
いつも自分が食べ終わると食事の時間が終わる合図だから、その前に確認しておきたかったらしい。
「将来の選択肢ぐらいは与えてもいいかなと、私は思うよ」
かまいすぎるのも問題だが、突き放すのも難しい。
通常の場合、魔女の力は便利だから依存しないよう加減する。
ただイライザは悪意ある魔女の力のせいで会社や同僚から誹謗中傷を受けたのだ。
このまま仕事を続けていく自信を失っている可能性もあった。あとは自力で頑張れというのも冷たい気がする。
「いっそのこと勧誘しましょうよ、マルテの時のように! 万年人手不足の六つの月にとっては貴重な戦力となるのではないかしら?」
ルーテの瞳が妖しく輝いている。
まともなことを言っているように聞こえるが合法的にメイド服を着せる気だな、これは。
しかも真面目すぎて、どこか抜けたところのあるイライザならメイド服もご主人様呼びも真顔で受け入れてしまうだろう。
「マルテの場合、一種の先祖返りだからな。能力も高いし、監視も必要だ。それと比べればイライザの能力は平均的だし、今のままでも十分暮らしていける」
ただ選択肢として提示するなら悪くない。
「だけど彼女の場合は、たぶんそう簡単にはいかないだろうな」
脳裏に人当たりのよさそうな男の顔が浮かぶ。
ああいう無害ですというタイプが排除するのに一番厄介なのだ。
「本人がというよりは、彼が手放さないだろう」
「うふふ、イライザの憧れの人ね!」
「うふふじゃない、エレナ。ちゃんと反省しているんだろうな? 幸せのお裾分け程度のノリで全力の呪いを贈るんじゃない」
「だってあの日は肉が安かった……ええ、もちろん反省しているわ。まさか言霊が捻じ曲げられて呪いになるなんて思わなかったの。軽率だったと痛感しています」
しょんぼりとした表情を浮かべたエレナだったが、次の瞬間にはまたニンマリとした笑みを浮かべる。
「でもね言霊って一方通行のままでは、あれほど互いに縛られることはないのよ。言葉は人が縁を繋ぐために交わすもの。たしかに私は再び出会うことを約束したけれど次の生で縁が繋がらなければ、それまで。互いを深く思い合っていなければ縁が続くこともないし、もちろん互いの存在を引き寄せることもない」
「つまり彼が協力者として接触してきたのは彼女のためだけでなく、彼自身の望みを叶えるためでもあるということか」
「そうそう、それよ! それにね、『別の思惑がありそうなことは承知しているから利用されることも承知の上で手を組みたい』だなんて真剣な表情で言われたら、ちょっとは協力してあげたくなるでしょう? 澄ました顔をしているけれど、イライザに心底惚れているのよ」
……エレナは簡単に言うが、ああいう男ほど本気になると面倒なんだよ。
イライザの因縁であり、クラウス=アンダーソンの名と魂を引き継ぐ者、彼がルーテを経由して我々と接触してきたのには驚いた。
どうやら彼なりに私たちのことを調べたようで、表向きの便利屋稼業に関する依頼だ。
直接話してみれば思っていた以上に優秀で抜け目のない男だった。
そして……ちょっと引くくらいにイライザが大好きだった。
試しに話を振ってみたら『職場では存分にイライザの話ができないのです』と、まるで水を得た魚のように彼女の素晴らしさを小一時間ほど語られたのだ。
これには滅多に表情の変わらないアリアでさえ、うんざりしたような表情を浮かべていたし、ケイトに至っては『羨ましいかと問われたら微妙』と気の毒がっていた。
レイが思うに、こういう男はとことん甘やかして自分以外の選択肢を潰すタイプだ。
悪い人間ではないが、一旦執着したものは囲い込んで手放さない。
一途ともいうけれど、今世のイライザはどうやらそういう男性に好かれやすい性質の女性らしい。
そんな彼が、サジタリウス商会においてイライザの置かれた状況を異常だと体感している。
説明のつかない不可解な状況もあることから、普通のやり方では通用しないと判断したのだろう。
せっかくの申し出だし、この際なので利用させてもらうことにしたのだ。
まず、状況がわからないと対応できないからと音声を録音できる装置を渡した。
そういった装置は普通に市場にも流通しているから、録音機能単体なら不審がられることはないだろう。
だが実はこれ、魔道具でもあり、周囲の人間の状態異常を解除する術式も組み込まれている。
ただ外側を見ただけではどちらの機能もわからないようになっていた。
しかも外見はサジタリウス商会の商会員の胸元を飾る社章バッチを模して作っているからね。
「……うふふふふふ、これを着けるなっていうバカはいないと思うのよね!」
真っ黒な笑みを浮かべたケイトが五分程度で作り上げた嫌がらせの一つだ。
つまりイライザの分も含めた商会への意趣返し、これを仕事中は常時つけてもらうようお願いした。
抵抗されるかと思っていたけれど、彼自身も色々思うところはあるようで拍子抜けするほどの気軽さで着けてくれた。
ちなみに先ほどまでこの部屋で聞いていた商会内でのやりとりは全て、この魔道具を通じて収集したものだ。
「彼がこちらの情報を引き出そうとしているのではと疑っていたが、それはなさそうだな」
「彼の言葉に嘘はないわね。信じていいわよ」
言霊に嘘はないとエレナがさらりと答える。
「職場での会話を聞いていても、クラウスさんの言葉には、あの女に対する嫌悪しかないわ。ずっと彼女に振り回されているようだったし心底嫌いなのね。嫌悪感が勝った結果、魅了にも暗示にもかからなかったというところかしら。それにしても一緒に働いている人達だって、ちゃんと向き合えばクラウスさんが彼女を嫌っていることくらい気がつきそうなものなのに、どうして彼女の言い分を信じてしまったのかしらね?」
「深層心理では優秀なクラウスさんを困らせてやろうと思ったとか、かな? そこを彼女に漬け込まれた、ということもあり得るだろう」
「人間ですもの、ささやかでも妬心くらいはあるでしょうしね」
嫉妬とは誰もが皆、等しく持つ感情。だからこそ悪意が付け入る隙ともなる。
エレナの口元が釣り上がった。
「一方でクラウスさんがイライザへ向けた言葉には愛があふれている。今世のクラウスさんが、あれだけ執拗に迫られても逃げ切れたのは、今世で出会う前からずっとイライザを愛していたからかもね」
エレナは微笑む。
平民の少女と名家の騎士の、小さな恋の物語をエレナだけは知っていた。
……皆は知らないけれどね、心の声にも魂は宿るのよ。
言葉にならなかった心の声は呪いや祈りとなってエレナに届く。
かつてのイライザとクラウスは両思いだったのだ。
ルーテと違い、心が読めないはずのエレナ。
エレナは言葉なくして一つの恋が紡がれるさまをはじめて目にしたのだ。
芽生えた淡い恋心は周囲の思惑で咲かずに摘み取られてしまったけれど、それでも互いの幸せを願う切なる祈りは言霊となってエレナに届く。
二人は互いのために手を離し、未完のまま恋は終わる。
それでも慕う声なき言霊の調べは、エレナの胸を震わせた。
……縁があったら続きを見てみたいわ。
だからエレナはイライザを言祝いだ。
今世で結ばれないのなら、せめて来世で。
もし来世で出会えたなら、二人の恋の続きを私にも見せてほしいと、そう願った。
ただし生まれ変わったとしても二人にもう一度出会えるかは運次第。
気まぐれとは元より不確かなものだから仕方ないと諦めていたのだ。
イライザ自ら、エレナを捕まえに来るまでは……。
あのときの鬼気迫るイライザの顔を思い出すと正直なところ今でも怖い。
「あの二人を見て、運命とは本来こうあるべきものだと思ったの」
二人が何度も出会ったのは、まさに運命の仕業だ。
とはいえ運命の恋という言葉に翻弄された過去を持つイライザに、そんなことは言えない。
案の定、冗談にも程度があるとレイは眉根を寄せた。
「間違ってもその言葉でイライザをからかうなよ? 不実な婚約者の免罪符に使われたそうじゃないか」
「もちろんよ、私だって運命なら不実でも許されるという考え方が気に入らないもの。言霊の力を何よりも尊重する私に喧嘩売ってるとしか思えないわ」
「使いどころによっては運命をバカにしてるようにも聞こえるものな」
「そうなのよ、言霊の魔女である私にはわかるの。選ぶ言葉が人の運命に干渉する。言葉と運命というものの関係は、それほどに密接で深いものなの。それが台詞に運命のってつくだけで薄っぺらくなるのは、どうにかならないものなのかしら? 使い手の行動や理念が薄っぺらいからなんでしょうけど、聞くだけで悲しくなるのよね」
エレナがため息をついた。
呼応するように、レイの腕の中で無心に眠るレジーの瞼が震える。
やがて瞼が開き、世界の色を宿した瞳の視点が合った。
「……ん。あれ、レイ姉さん?」
「おはよう、レジー。よく眠れたかい?」
「ええ、いつものように夢を見たわ」
「どんな夢を見た?」
「イライザさんの夢よ」
嬉しそうに、顔を綻ばせる。
その表情だけで、レジーが彼女を気に入っていることがわかった。
容姿と能力ゆえに、家族以外には警戒心の強い彼女がイライザには興味を持ったらしい。
家族としては喜ぶべきなのだろうけれど、レイは少しだけ寂しいと思った。
この子も、変わるべきときがきたということだろうか。
レジーは自分の顔を覗き込んでいたエレナの腕を軽く掴んだ。
「エレナ姉さん、イライザさんに会って伝えて欲しいの。無理だと思うような仕事でも、絶好の機会だから受けてねって」
お楽しみいただけるとうれしいです。
しばらく更新間隔があきます。




