魔女達の饗宴①
目線が変わります。
精一杯ぼかしていますが残酷な描写があります。ご注意ください。
「はい、アウト〜。お話し合い決定だね!」
カテリアにあるカフェ『六つの月』。
関係者以外立ち入り禁止の札がかかる薄暗い屋内に、場違いなほど明るい声が響く。
パチリと、誰かが部屋の照明をつけた。
「音声聞くだけなのに、わざわざ部屋を暗くする必要ある?」
「アリアってば、わかってないなー。雰囲気作りだよ! これぞ魔女の会合、世間一般には背筋がゾクゾクするようなイベントが行われていそうな期待感があるじゃない? それを裏切っちゃいけないと思うのよ。」
「だからそれ、誰得?」
「私が楽しい! 今、心の底から満足感に満ち溢れている。」
「お楽しみを邪魔して申し訳ないが、もういいかいケイト? 話が進まないのだが。」
「うん、レイ姉。お待たせ!」
深くため息をついたアリアを促して席に座らせると、レイは皆の顔を見回した。
年齢も顔立ちも、目の色さえ異なる異父姉妹。
この場には、満月の女王が自らの血と共に能力を分け与えた六人の娘たちが揃っている。
「状況を整理しようか」
「はーい、まずは私から」
元気よく手を挙げたのはエレナ。
レイは苦笑いを浮かべる。
「体調は大丈夫かい?」
「ええ。血の跡があってずいぶんと驚かしてしまったかもしれないけれど全然平気。」
「アルスのほうは?」
「……ええと? 過保護にだいぶ拍車がかかっているくらいかな?」
「まあたしかに、あの時も心配しすぎて鬱陶しいくらいだったからな。教訓として今後は守護石をクライアントに貸してあげるのはやめたほうがいい。次やったら確実に閉じ込められて出してもらえなくなる」
「うっ、反省します」
しょんぼりと視線を下げたエレナの頭を撫でる。
猫の毛みたいな柔らかい手触り。
個性も能力も違う私たちにとって、この赤みの強い褐色の髪だけが姉妹の血の繋がりを証明する唯一のもの。
「とはいえ緊急事態に貸し出せるような護符くらいは各自持っていてもいいか。」
「んー、設計図はあるよ。アリア姉さんが手伝ってくれるなら、試作品はすぐできる。」
「いいわよ、でも自爆や暴走しないやつにしてね。」
「自爆と暴走……、それいつの話だ、聞いてないが?」
「あれ言ってなかった? 被害は家屋くらいだったから二人であっという間に直したよ。」
ドヤ顔をしたケイトの隣で、アリアは澄ました顔のままパスタを口に運んでいる。
そういう問題じゃない。
思わず手元が滑って落としたスプーンの代わりにレジーが新しいものを差し出してくれる。
……レジーが天使だ。
感謝の気持ちを込めて抱き締めると、はにかみながら抱き返してくれる。
ああ、天国が見える。
「ちょっとレイ姉、聞いてる?」
「今はダメみたいよ? 昇天中だわ」
「じゃあ放っておこう。あ、それで護符の機能はね…」
ケイトがあれこれ思い出しては饒舌に話す側で、アリアはただ静かに話を聞いている。
正反対のような二人だが、実のところ一番仲がいい。
そして二人が揃うと、なぜか凶悪度が増す。
かわいい妹だから許せるけど、なんで穏便にすませられないのか不思議でならない。
話がひと段落したところでサラダの乗った皿を受け取りながらエレナに尋ねた。
「それで、あの時実際には何をされた?」
「うーん、また怒られそうだから……」
「エレナ?」
「そんなに睨まないでよ、ルーテ。ちゃんと説明するわよ」
散々、アルスに怒られた後なのだろうなと思うと、ちょっと可哀想になる。
とはいえ、一瞬でも死にかけたのだ。
どれだけ皆の肝を冷やしたのか、この際だから思い知るといい。
椅子に深く腰掛け、エレナを軽く睨む。
「たぶん不用意に彼女へ接触したのだろう?」
「……ごめんなさい。珍しく一人になったから、チャンスだと思ったのよ」
「偶然か、誘い込まれたのか。襲われた場所は?」
「イライザのお店の裏手。路地裏を、どんどん奥に行くから何か仕掛けがあるのかなって」
「全くもう、そういうときはアリアかケイトを応援に呼びなさいな。あなたの専門外でしょう?」
ルーテが深々とため息をつく。
ちなみにエレナとルーテはワンセットにされて行動することが多い。
これは仲がいいというよりも暴走するエレナを状況に応じて上手く止めるから。
アリアとケイトが友人枠なら、エレナに対するルーテは保護者枠。
たまには気が抜きたいというのがルーテの本音だ。
「呼ぼうとしたのよ! そしたら後ろからガツーンと。で、気がついたらコンテナの中にいたわけ。」
当時の状況よろしくスプーンをぶん回したエレナは、レジーに品がないと嗜められている。
同じように育てたつもりなのに……末の妹が一番躾が行き届いているとは、どういうことだろうか?
「まあ偶然か計画的にかはわからないが、誘い込まれたということだろう。それなら一人か二人、協力者がいる。まずエレナの存在を彼女に知らせた人物、そして誘導した先で後ろから殴った人物。殺意があったかまではわからないが…女性とはいえ、意識を失った人の身体は重い。女性一人では運ぶことは無理だろう。計画性の有無に関わらずエレナをコンテナまで運んだ人物は別にいる。」
「そう聞くと、ずいぶんと大雑把な計画よね。そんなザルに引っ掛かる人がいるのが不思議だわ」
「エレナ、今の君が言える台詞ではないよ?」
「……面目ない」
エレナを撃沈したところで、ノックの音が聞こえる。扉を開ければカフェの唯一の店員であるマルテだった。
彼女の奥にあるカウンターにはトレイが置かれていて、人数分の飲み物と料理が乗っている。
「頼まれた分を持ってきたのですが、足りますか?」
「ああ、十分だよ。いつもありがとう、マルテ。料理上手な君と付き合う男性は幸せ者だな」
重みのあるトレイを片手で受け取って、微笑む。
マルテはカチンと固まった。やがて瞳が潤み、頬が赤らむ。
苦笑いを浮かべたケイトが、からかうような口調で言った。
「ちょっと、レイ姉。うちの可愛い従業員を口説かないでくれる?」
「口説いてはいないぞ、店長? 今の台詞のどこを聞いたらそうなる」
「レイ姉さんの場合、存在自体が男性の敵よね」
「アリア……姉さんは存在を敵認定されるのは悲しいぞ? 第一、女性を巡って男性と張り合ったなんてことは長い人生で一度もない。」
「女性同士が男性陣そっちのけで姉さんを取り合ったことはあるでしょう?」
「それは……あったな、たしかに」
あれを引き合いに出されるのは不本意だ。
しかも口には出せないが、ちょっと引くくらいに女性達が怖かった。
そして本性を垣間見た男性陣には嫉妬されるどころか、むしろ感謝されてしまったのだ。
トレイを全て受け取り、もう一度お礼を言ってから扉を閉める。
扉の外から椅子か何かにつまずくような、けたたましい音がした。
「あーあ、アレはしばらく使い物にならないわねー。どうしてくれるのよ、レイ姉」
「様子を見に行った方がいいか?」
「深みにハマりたいなら、どうぞ? なんなら先に進めてるから、ごゆっくりー」
「……いや、怖いからいい。温かいうちに食事にしよう。せっかくマルテが作ってくれたんだ」
部屋のテーブルに並べられた皿から美味しそうな香りが漂っていた。
コーヒーの入ったマグカップが、それぞれの手に渡る。
思い思いの高さに掲げられた、六つのカップ。
「天と地と精霊に感謝を」
料理を前に、皆でカップを掲げながら言葉を捧げる。
そしてカップに入ったコーヒーを軽く揺らした。
コーヒーの芳ばしい匂いが、一際強く香る。これこそ精霊が喜んでいる合図だ。
そして賑やかに食事が始まった。
エレナがカップの中のコーヒーを覗き、くるりと回す。
「ねえ、世間一般では魔女のイメージって血のような赤ワインとか、紫とか緑とか毒々しい色の飲み物じゃなかったっけ?」
「そうだよね、そうだよねっ! たまにはいいよね! エレナもこう言ってるよ!」
「酔えない我々に水の如く飲まれてはワインとワインを作っている農家の皆様に失礼だ。それに、紫とか緑とか…そんな美味しくなさそうな飲み物を誰が喜んで飲むんだ?」
「でも皆の期待に応えなくては……」
「そこまでいうのなら期待に応えて、ほうれん草や紫キャベツの野菜ジュースを並べてもらおうな? きっと禍々しい緑と紫の野菜ジュースになるだろう、野菜嫌いの店長さん?」
「……コーヒーも黒だし、見ようによっては毒々しくていいよね!うん」
「嫌ね毒なんて。食事が不味くなるようなこと言わないでよ」
呆れた表情のルーテと、隣に座るレジーがクスクスと笑う。
コーヒーを飲んでいたレイに、アリアが尋ねた。
「それで、この後はどうするの?」
「まずは彼女がどこまで知っているか探ることだな」
「あの女は自らを先読みの魔女だと名乗った。それで十分じゃない?」
黒か白か二択なら黒と、ケイトはそう言いたいらしい。
「では意識のないエレナをコンテナに連れて行った理由は何だと思う?」
レイは取り皿に乗せられたパスタを受け取りながら皆の顔を見回す。
品よくパスタを飲み込んだアリアが軽い調子で答えた。
「それはもちろん、コンテナの中で行われていたことに関係あるでしょうね。」
「ああいう途方もなく実現の可能性が低い実験を飽きずに繰り返すのか不思議でしょうがないよ……まさに人間の欲望が織りなす悲劇、そして時代や登場人物を変えながらも続く終わらない喜劇でもあった! なんちゃって」
ケイトは芝居がかった口調で手を広げ、天を仰いだ。
レイが茶化すなと軽く睨めば、肩をすくめる。
「……まあ、駄作ってことだよ。見る価値もない」
ケイトの皮肉にレイは苦笑いを浮かべた。
ああいう痕跡を見つけるたびに虚しさを覚えるのはなぜだろう。
コンテナの中にあったものは、人間の欲望が砕け散った残骸だった。
彼らが望むのは、人ならざる力を有した制御可能な生命体。
おとぎ話ではホムンクルスやゴーレムとも呼ばれるものがある。
魔女と同じ、空想の世界にしか存在してはならないものだ。
脳裏に浮かんだのは、サジタリウス商会のロゴ。
上半身が人で下半身に馬の脚を持つ、神話で人馬宮と呼ばれるものの姿は人の想像力が作り上げた新たな生命の象徴とも言えた。
「サジタリウス商会の表の顔は、いわゆる隠れ蓑かもしれない。いわく付きの商品や後ろ暗い来歴のある品でも、コンテナの荷物に紛れ込ませれば誤魔化せる」
持ち込んだ品はコンテナから運び出され、黒いコンテナへと移される。
あの黒い棺のようなコンテナこそ、まさにサジタリウス商会の背負う闇の結晶だった。
そしてその鍵を握っていたのが、先読みの魔女と自ら名乗る彼女。
ケイトはトマトソースで濡れた赤い口元を綺麗に拭ってから、ニイと笑った。
「私の調べた限り、コンテナの中にあったモノは失敗作。命と呼べるレベルのものはなかったし、持ち出しされたとしても、たいした影響はなかっただろうね。ただ使われた素材や鉱石、薬品も一級品だし、ずいぶんと資金はかかっているみたいだ。それだけお金をかけてもできないというのだから力の弱い娘さんたちはかわいそうだね」
「ただケイトから見れば失敗作でも、人間からすれば魅力的なものに映った。サジタリウス商会が急成長した影には、思いもよらないような権力者からの出資があったのかもしれない」
「それで、彼女がどこまで知っているかを調べたいのね?」
ルーテの言葉に、レイは頷く。
脳裏に浮かぶのはケイトから聞いたイライザとのやりとり。
イライザは、彼女は魔女の血を持つかもしれないと言った。
そして偶然力を使った時に聞こえた彼女の心の声が、みつけたと言ったこと。
そして邪魔者として排除したはずのエレナの身体をコンテナへと運んだこと。
そこから予想できる答えとは……。
エレナが魔女の血を引く者と知られたからではないか。
「エレナはイライザと親戚だという設定にしていただろう? 血のつながりがあるから、もしかしたら満月の女王の血を引く者ではないかと思った程度ならば、まあいい。だがもし私たちと敵対する勢力から詳細な情報を得ているのだとすれば厄介だ」
満月の女王の遺志を継いで魔女と人間の均衡を崩さぬよう暗躍している六つの月。
ただ一方には、均衡を崩してでも莫大な利益を得たい者達が存在する。
レイたちを邪魔者と、敵と目する勢力は少なからず存在していた。
「まあ今回は計画的である反面、杜撰な部分もあるから考えすぎだとは思うがな」
「エレナに紐付いて私達も引き寄せちゃったしね。そのせいで成果物を積んだコンテナを奪われた。まあ、こうなることも想定して、成果物を分けて保管をしていたかも知れないけれど、中心的な拠点としていたのは、間違いなくあの場所だよ。残された資料には成果物の基幹としただろう資料が含まれていたから」
「コンテナ内で保管するなんて、上手く考えたよね。闇にでも紛れれば目立たないし、万が一不審に思われても調査の手が及ぶ前に船に積んでしまえばいい。出港できたら、あとの行き先は思いのままだ」
「全く、どんな理由であんなことを始めたのか……」
興味津々といった様子のケイトとは違い、どこまでも冷静なアリアの呟き。
レイは面白くなさそうな表情を浮かべた。
あれから数日経つ。
サジタリウス商会側にも、そろそろなんらかの動きがあるに違いない。
当たり障りのない程度に、イライザへは注意を呼びかけておいた方がよさそうだ。
「ありきたりな理由でよければ、いくらでもあるよ? たとえば戦場にゴーレムが一体でもあれば一騎当千だ。再生可能だし、敗色の濃い戦場においては起死回生の一手となるかもしれない。私が傭兵だった時代の雇い主は皆、そんな超人を常に渇望していた」
「姉さんがいるのに?」
「残念だが、頑張って手加減していたから当時の私は人並みだ」
手加減しなければ、普通ではないとバレてしまう。
情報収集のために協力していただけだから、戦場で酷使されたり、使い潰されるわけにはいかなかった。
まあ、そうなれば自力で敵と味方を潰すだけだけど。
レイの闘気に当てられて軽く握りしめただけの手の中にあるフォークが粉砕した。
「もう、レイ姉さんたら。物は大切なしないとダメでしょう?」
「…っとごめん、レジー。思わず肩に力が入ってしまった」
「マルテさんに予備の食器を用意してもらって正解だったわ」
レジーが差し出した新しいフォークを受け取る。
レイが満月の女王の血によって受け継いだ恩恵とは肉体そのものだ。
人並み外れた腕力と脚力、そしてそれを支える筋肉や内臓器官。
故に、彼女は剛力の魔女と呼ばれている。
そして、レイが使える能力はそれだけではない。
受け継いだ能力とは別に遠隔地の様子を感知する眼や、音を鮮明に拾う耳を持っていた。
この眼と耳は、未来視や読心の力から派生したものだ。
半分は父親の血を受け継ぐために、そちら側の影響らしい。
どんな血が混じるかは能力を受け継ぐ者にとって不確定要素となる。
エレナやレジーのように能力が特化して生まれついた場合、最高位の力を振るうことができる。
比べて他の四人は派生した能力を持つ代わりに固有の能力は特化型に比べて数段劣っていた。
まあ劣化してるとはいえ、素手で大地が割れれば十分だろうとレイは考えている。
それにレジーやエレナを守りながら戦うことを想定すれば、派生した能力を持つ方が有利だ。
「どうしたの?レイ姉さんに何か心配ごとがあるとか……?」
そう思って隣を見れば、心配そうな表情を浮かべたレジーと視線が合う。
フォークを粉砕したことで、どうやら不安にさせてしまったらしい。
安心するようにと願って頭を撫でた。
「たいしたことじゃない。ちょっと気が昂っただけだよ」
「そうなの?」
「ああ、コンテナの色を黒色に塗り替えたのは私達に対する挑戦かなと思っただけだ」
黒は、一般的に魔法使いや魔女をイメージさせる色だ。
まるで魔女の存在を隠そうとする六つの月に、あえて見せつけているかのようだ。
もしくは絶対にバレないという自信があるからこそ黒色を選んだのかもしれない。
あとから調べたところ、港の管理人の一人が彼女側の協力者だったそうだ。
彼の吐く妄言とやらに黒いコンテナに関するものがあることから、間違いなく関係者。
まるで口封じのように商会から解雇されているのだが、性格が採用前に比べて粗暴になったという証言があった。
そして現在は虚言や妄言を吐くという理由で入院している。
「たぶんその管理人は彼女の見せる闇に深く囚われたのだろう。彼女のほうも港の管理人を言いなりにすれば、危険を感じたところでいくらでも手が打てる」
さっきの会話を聞く限りではカヴァレの従業員のほうは影響から抜けるのも早かった。
彼女の持つ力はそれなりに強いものではあるけれど、それとは別に相性というものがあるのかもしれない。
「そういえば、あのコンテナどうやって持ち出したの? イライザに隠れろって言われて、その場を離れたから、何をどうして移動したかわからなかったのよ」




