表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
めくるめく世界の果て  作者: ゆうひかんな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/53

イライザとクラウス、それぞれの胸の内


握手のような形で差し出されたダリルさんの手を、しっかりと握り返す。


容姿は全く似ていないのに、名前が似ているせいか彼のことを思い出したわ。

ダレルを彷彿とさせるような控えめな笑顔が可愛らしいと、思わず頬が緩む。

ふと視線を感じて見上げるとクラウスさんが面白くなさそうな表情を浮かべていて、私の耳元に顔を寄せて囁いた。


「ねえ、イライザ。ちょっとチョロすぎると思うよ?」

「このあたりが落とし所です、耐えてください。」


シュトラウスさん曰く、平常時の彼は好青年と呼んでも差し支えない性格の持ち主らしい。

だから今回の件で彼がやったことを聞いて、余計に驚いたのだという。


言葉どおり、魔が差したということだろうか。


彼は物腰が柔らかいだけでなく真面目で几帳面な性格。

カヴァレでもお客様からの評価が高いというのも頷ける。

カヴァレの客層は年齢層の高い裕福な女性が多く、ダリルさんを贔屓にしてる方もいるだろう。

彼らの不興を買えば、サジタリウス商会の商いにも響く。

遺恨を残すことなくカヴァレとの関係を続けるとなれば、これぐらいで引くのがちょうどいい。

私は先輩とクラウスさんの方を振り返る。


「先輩、それからアンダーソンさんも。それでいいですよね?」


経験ある二人を差し置いて話を進めてしまったけれど、主導権を私に握らせたのだ。

商談は先にまとめた方が勝ち。

不満があっても納得してもらうしかない。


「なんか、イライザさんって意外とごうい…すごいわね。今までとイメージが変わったわ。ええ、不満はないわよ…でもそうね、唯一不満があるとすれば…。」


言い直さずとも強引だって、ちゃんと聞こえていますよ。

何を言われるかと身構えた私に、先輩が手を差し出した。


「私も仲間に入れてくれないと寂しいじゃないの。」

「え、…先輩!!」

「ふふ、マリッサって呼んでよ。もう仲間になったのだから。」


先輩の…マリッサ先輩の久しぶりに浮かべた美しい微笑み。

洗練された容姿の美しさも手伝って、場が一気に華やかになる。

以前のような彼女に戻ったと安堵すれば、クラウスさんは嬉しそうに私の肩を叩いた。


「皆が幸せになるような商いを目指すイライザなら、上手く調整できると信じていたよ。」


覚えていてくれた。

他の人からは戯言と嘲笑うような空気が流れていたけれど、聞き流されていなかったのか。

その事が嬉しくて、余計に心が揺れる。


『直感で、違うと思うなら違うんだと信じる事だ。』


クラウスさんは信じてくれた。

ならば私は、どうしたらいい?


本当は、どうしたいのだろう?


「あの、イライザさん?」

「あ、ごめんなさい。何でしょうか?」


遠慮がちなダリルさんの声に、現実へと引き戻される。

ぱちりと目を瞬いて、微笑んだ。

彼の頬が、なぜかほんのりと赤く色付く。


「先ほども言いましたが、これから信頼を取り戻すために努力します。ですが…もし差し支えなければ、時々連絡してもいいですか?」

「それは、どういう事でしょうか?」

「辛い時、挫けそうな時にイライザさんの言葉や声を聞くと元気になれそうな気がするからです。それにイライザさんも、辛い時は自分に頼っていただきたいな、と。」


言葉を慎重に選びながら、彼は最後に切なそうな表情を浮かべる。


「やはり、こんな私ではお役に立てないでしょうか?」


男性にこんなことを言うのはダメだと思うけれど…可愛い、すごく可愛い。

まるで目の前にいる大型犬が項垂れているかのようだ。


だけど、何がどうしてこうなった?

処理できなくなった私は、ただただ困惑した表情を浮かべて視線を逸らす。

そんな私をちらりと見て、クラウスさんが不機嫌そうな表情で言い放った。


「ダメに決まってる。君は自分が彼女に何をしたか忘れたの?」

「っ、それは…。」

「彼女の優しさにつけ込んで、甘えるつもりなら許可できない。」

「…ッ、アンダーソンさんにそれを決める権利があるんですか?」

「もちろん。私は彼女の上司であり、指導係だからね。」


クラウスさん、いつの間にか敬語外れてますよ?

二人がどんな顔で会話が交わしているのかはわからないけれど、視界の端に目を丸くしたシュトラウスさんとマリッサ先輩が映った。


「あら、まあ…。」

「立場的にはダメなのでしょうけれど、個人的には応援してあげたいような気持ちですね。」


特にマリッサ先輩のニヤついた表情が気恥ずかしくて、直視できない。

それなりに状況が落ち着いたせいか皆の態度が気安いような気がする。

浮ついた空気を察したクラウスさんが、わずかに眉を顰めた。


「気を抜くのはまだ早いですよ、イライザの名誉は回復されていません。」


ダリルさんは再び顔色を悪くして、他の二人は緊張から表情を硬くした。

私もこれまでのやり取りで忘れ掛けていたけれど、扉の向こうは未だ敵だらけだ。


「まずは私がこれまでの経緯をお話いたしましょう。」


最年長であるシュトラウスさんが、そう申し出た。

申し出を受けて、皆にどう説明するかを打ち合わせる。

まず夢の話だけれど…理屈がつかなくて嘘くさくなるからやめようという事になった。

私達の方が色々大丈夫かと、どうでもいいところで疑われそうだものね。

それならと、発注漏れがわかったため謝罪に来たというありきたりだけど真っ当な理由に変える。

そしてシュトラウスさんの説明が終わった後、担当者であるダリルさんが謝罪し、マリッサ先輩が私への嫌疑が晴れたことを伝える。


「上手くいくでしょうか…。」

「この場は、一応納得するだろうね。」


クラウスさんの歯切れの悪い言い方に不安は募る。

だが、この案件は元々クラウスさんとシュトラウスさんの手腕で実害なく収まったものだ。

納期が遅れたせいで商会に損害が出ていたのなら簡単にはいかないが、損害がなかったのならば双方の関係が拗れるまで長引かせるのは得策ではない。


そう、この件を拗れさせて得する人間はいないはずなのだ。

それこそ私をクビにするという目的でもなければ。


「正直なところ、いつまでも過去の出来事に囚われていたら仕事なんて進まないよ。」

「私の場合、証拠もなくただ一番怪しいというだけですからね。」

「…昔はもっと家庭的で温かい雰囲気だったのに、いつの間にかずいぶんと殺伐とした職場になってしまったものだ。」

「そういえば、クラウスさんも新人の頃は失敗したことがあるのですか?」

「人並みにね。初日から即戦力だった君がすごいってことだよ。」


クラウスさんは苦笑いを浮かべた。

そして何か言いたそうな表情で黙り込む。

珍しい出来事だから気になって、小さく首を傾げた。


「どうしたのですか?何か言いたそうな顔をしていますよ?」

「いや、なんでもない。」

「もしお手伝いが必要であれば…。」

「今の君は自分のことだけを気にかけていればいい。本当は逃げたいのだろうけど、あと少しだけ頑張ろう?」

「…はい。」

「いい子だ。」


私の頭を軽く撫でて、微笑んだ。


あと少しだけ。

彼の言葉が、まるで少し前の私みたいで胸に沁みる。

私はまだ三日という目安があったけれど、クラウスさんの場合はいつ終わるとも知れない試練だ。

ジェイコブさんに出会うまでは、何度も逃げたいと思ったことだろう。


逃げたくて、でも逃げなかった人。


器用な人でもあるから、抵抗を諦めて悠々と生きていく道を選ぶこともできただろうに。

彼は流されることをよしとせず、己が誇りを守るために抵抗する道を選んだ。


彼は、尊敬に値する人だわ。

敵だと思っていた人が、こんな風に味方になってくれるなんて思わなかった。

揺らぐ胸の内を隠して、開け放たれた扉から応接室を出る。


そして私の視線は、応接室の外に広がる異様な空気に晒されて目の前の光景に釘付けとなった。


これは…想像以上ね。

緊張感が高まる中、私にはこれ以上クラウスさんを気にかける余裕などなかった。


ーーーーー


開かれた扉の影で、クラウスは眉を顰めた。

なんとなく応接室の外の雰囲気がおかしいとは思っていたけれど、ここまでとは想像していなかったな。


ちらりと、イライザの表情を伺う。

想像していたように、その表情は優れない。

それもそうだろう。

同じ職場で働く従業員から、こうもあからさまに敵意を向けられているのだ。


自分の想像していた以上に、彼女を取り巻く状況は悪い。

それでも思っていたより彼女の態度は落ち着いている。

そんな彼女に内心で称賛を送りつつ、表情を消したまま扉の向こう側へと視線を向けた。


嫉妬、嘲笑、憤怒。

扉の外には、さまざまな悪意ある表情が並ぶ。

そして根底には彼女だけを排除しようと蠢く、不愉快極まりない空気が渦巻いていた。


イライザは一瞬だけ部屋の外へと踏み出すのを躊躇したが、臆することなく彼らの前に姿を晒す。


覚悟を決め、真っ直ぐ前を見据えた焦茶色の瞳。

差し込む陽の光を受けて、奥に潜む金色の虹彩がほんのわずかに輝く。


いつ見ても綺麗だ。

思わず緩みそうになる口元を引き締める。


イライザは俯いている姿も愛らしい。

けれど、この凛と佇む姿が最も美しいのだ。


……浮ついた空気を咎めたのは自分なのに、ダメだな。

クラウスは場違いと知りつつ歓喜に彩られた内心を、周囲の人間に悟られないよう表情を殺した。


イライザは微笑みを浮かべながら、彼らの刺すような視線を受け止める。

彼女の穏やかな表情から、感情は読めない。

というよりも読ませないように微笑むのだ。


それにしても、ずいぶんと貫禄のある新人だ。

彼女は敵だけでなく、味方の想定をも軽々と超えていく。


『クラウスさんにお似合いの素敵なお嬢さんじゃないですか!絶対に手放しちゃダメですよ!」


あんな短い時間で、人当たりはいいが仕事には厳しいと評判のジェイコブさんが絶賛した。

このままでは彼女の性格や資質が知られるに従い多くの男達を魅了してしまいそうで不安だ。

……特にカヴァレの従業員、ダリル= ハストン。

彼女の名前を勝手に使って、あれだけのことをしていたというのに……。

実際に会った途端、まるで魅了されたかのように手のひらを返した。


イライザに許されたからと調子に乗って、簡単に彼女の隣に立てると思うなよ?


彼女と過ごす日々で感じた緊張感は、まるで警戒心の強い猫を手懐けているかのようだった。

心当たりはないけれど、自分がイライザに警戒されていることは何となく気付いていた。

それが共に過ごすうちに彼女が気を許してくれてきたような気がして、お礼の代わりとして一緒に出かける約束を取り付けたのだ。

彼女を取り巻く過酷な環境は変わらないのに、申し訳ないと思いつつも浮かれていた。

だからこそ余計に腹は立つし、心配にもなる。


もちろん、自分だって最初から彼女を信用していたわけじゃない。

当初は貴重品や一点ものを扱う美術品部署へ新人が配属されると聞いて不安に思っていた。

商品価値や背景のわからない新人に任せて大丈夫なのか、と。

なぜなら骨董品を求める客は年齢層が高めで、深い知識と礼儀を重んじるような人が多い。

よくありがちな若者の浮ついた態度で彼らの顰蹙を買うのは避けたかった。


しかし彼女に会って、話をすれば印象はあっという間に変わった。

それどころか、人事担当者が問題なしと太鼓判を押した理由がわかったような気がする。


まず惹きつけられたのは、清潔感のある整った容姿。

派手な美しさではなくとも、静謐な佇まいで人を魅了する。

商品として”美”を扱うのだ、本人にもその片鱗を求めるのは当然。

特に彼女の内包する美しさは人が思わず触れたくなるような、そういう類のものだ。

悠久の時を経て重みが増した美術品にも負けない気品。

誰もが持つわけではない得難い資質を彼女は備えていた。

そして意見を求められれば、きちんと答えられる聡明さ。

この若さで、どれだけ多くのことを学んできたのだろうと思わせる知識の深さにも驚愕した。


彼女は、素晴らしい女性だ。

そして今まで誰にも心が揺らがなかった理由に気付く。


俺はイライザと出会うのを、ずっと待っていたのか。


クラウス自身、過去を振り返っても彼女と知り合いだったという記憶はない。

生まれた国も違えば、育った環境も違う。

それなのに彼女を思うだけで、今もこんなに胸が痛む。

まるで誰かに、この痛みを忘れるなと言われているかのようだった。


なぜ彼女なのか。

ここまで彼女に執着する理由は何か。

これほど深く焦がれる理由が何なのかは、いくら考えても思い当たる節はなかった。

だけど、これだけはわかる。


「俺が守らなければ、()()置いていかれてしまう。」


彼女の手を離してはいけない、絶対にだ。


だから彼女に一番近い場所は俺のもの。

()()()()、彼女を誰にも奪わせない。


開いた扉の外。

イライザの頭越しに、一点を睨んだ。

自分と彼女の関係を阻むもの。


もちろん、()()()()だ。




イライザには前世の記憶はありますが、クラウスにはありません。

ですが、魂の記憶のようなものがあればこんな感じかと彼の胸の内を想像しました。

お楽しみいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ