イライザと満月の娘達
まさかエレナさんは商会のコンテナの中に囚われているとでもいうのか。
商会で共に働く仲間の顔が過ぎる。
もし本当なら、一体誰が。
誰がこんなことを…。
ルーテさんが難しい表情をしながら、こちらを向いた。
「イライザさん、サジタリウス商会のコンテナが到着する港は全部でいくつあるのかしら?」
「各国に複数箇所あります。全ての場所を把握しているわけではありませんが、ざっと二十箇所以上あるでしょう。」
「…結構、数があるわね。」
「ですがもし、カテリア国内に絞るのであれば二箇所です。」
「場所は?」
「ラムールデイツ港と、第二ギルテ港です。」
納品と納品書の整理、やっててよかった。
サジタリウス商会の納品書には直前に保管されていた場所が記されている。
破損など、不測の事態があったときに確認をとるためだ。
コンテナで運ばれるような大きな商品が到着するのは、その二港しかない。
「リジーの情報から思い当たるのはどちらの港かしら?」
「すみません、場所はわかるのですが周りにある景色までは見たことがなくて…。」
「ならば仕方がないわ。手分けして両方探すしかないわね。」
「…あ、でもちょっと待っててください!」
携帯でクラウスさんに連絡を取った。
迷わなかったかといえば嘘になる。
けれど、頼れる相手は彼しかいなかった。
それに…なぜか彼なら答えがわかるような、そんな気がしたから。
何回目かの呼び出し音の後、クラウスさんに繋がった。
『あれ、イライザ?』
「はい。おつかれさまです、クラウスさん。ちょっと質問があるのですけれど、今お話しても大丈夫ですか?」
『うん、大丈夫だよ。エレナさんは見つかったの?』
「いえ、まだですけど…ちなみに今は近くに誰かいます?」
『ん?自宅で一人だよ。』
「お付き合いされてる…彼女とかは、隣にいませんか?」
『彼女?いや、誰もいないよ。それに…なんで彼女がいるとか聞くのかな?』
「そうですね…これ以上、他の方にご心配をお掛けしたら申し訳ないからでしょうか。」
『そういう意味なら誰もいないよ。」
「そうですか…よかったです。」
『もしかして、いないって聞いて安心した?』
「え、っとそうですね。ほっとしました。」
『そう、それはよかった。』
何が、よかったのだろう?
会話が噛み合っていないような気がして、眉を顰める。
彼の婚約者である、彼女。
確証はないけれど、彼女の行動から推測すると私を排除しようとしている。
思考回路の読めないあの人に会話を聞かれることが一番の懸念材料だったから、いないという状況は私にとって好都合。
そう意味で良かったのだけど、クラウスさんが嬉しそうなのは何でなのかな?
「手短にですが状況を説明しますね。あの後、色々あって、今エレナさんのいそうな場所を…主に港なんですけれど、条件に該当する港を探しています。」
『港か…手掛かりがあったのだね、それで?』
「条件に合うところを探した結果、ラムールデイツ港と、第二ギルテ港までは絞れたのですけれど、どちらかまでは絞れなくて…今からお伝えする条件に合う港がどちらか、わかれば教えていただきたいのですが、大丈夫でしょうか?」
『うん、両方ともよく知っている場所だからわかるかも…続けて?』
そう答えたクラウスさんに、レジーさんが挙げた条件を伝えていく。
女性陣は最初、何事かと目を丸くしていたが今は成り行きを静かに見守っていた。
そして、電話越しに条件を聞いたクラウスさんは即答する。
『たぶん、第二ギルテ港だ。』
「理由を聞いてもいいですか?」
『"キラキラしていない橋"。ラムールデイツ港にある橋はね、今、大掛かりな改装工事中なんだ。工事が終われば、ライトアップされた美しい夜景が売りの観光施設の一部として運営される予定だそうだよ。』
「それじゃあ…」
『現状、照明器具の灯りどころか、工事の足場で橋の形すら見えない状態だろうね。』
「ちなみにもう工事が終わっている、という可能性はないのですか?」
『確かに直接現地に行ったのは二カ月前だから、その可能性もないことはない。ただね、工事の目的を思い出してご覧?』
「…そうか、ライトアップされる!!!」
『正解。夜景が売りということからも、当然橋もキラキラしているだろうね。』
「ありがとうございます!」
クラウスさんの推測が当たっているのなら、エレナさんは第二ギルテ港に囚われている。
第二ギルテ港、そう口の形で伝えたらアルスさんが勢いよく扉から出て行った。
あまりの勢いに呆然としてルーテさん達に視線を向けると、仕方ないねと呟いたレイさんが彼の後に続いて扉の先へと消えた。
クラウスさんにお礼を言って電話を切る。
「それじゃあ、私達も向かいましょう。」
「ここからだと、車の方が早いかも知れませんね。」
「あら、イライザさん。そんなもの使わなくたって、直ぐよ。ねぇ、ケイト?」
「ふふ、私の出番…。」
「え、直ぐ?でも車で三時間くらいはかかると思いますけど…。」
「残念、魔道なら一瞬!」
うふふ、ぅふふふ…。
弾むような足取りでケイトさんが扉を開ける。
「それじゃ、イライザちゃん。迷うといけないから手を繋ごう!」
「えっ、迷う?」
思わず差し出された手を掴めば、彼女は狭い廊下を挟んだ向かいの壁へと足を踏み出す。
ズルリと壁に吸い込まれた彼女の右足。
そして驚きのあまり足を止めた私の目の前で彼女の上半身が壁に吸い込まれる。
「なっ!!」
「ホラホラ、置いてかれちゃうよ!」
勢いのままに、ぐいっと手を引かれれば目の前には真っ黒に変色した壁が迫る。
壁からケイトさんの手の先だけが見えているのが不気味だ。
引力に飲まれるようにして、瞬く間に身体が奥へと吸い込まれる。
こ、怖い!
思わず目を閉じた。
そして肌に触れたのは、明らかに異質な空気。
…あれ、あんまり怖くないかも…それよりもなんだか、安心する。
想像していたような禍々しい感触はなくて安堵する。
まるで幼い頃、母に抱かれた時のような。
ただただ、優しく穏やかな空気に包まれる幸福。
もう少し、この場所にいたい。
その懐かしい感覚が消えた。
次の瞬間、鼻を擽ったのは潮の香り。
驚いて、思わず目を開く。
闇が広がる視線の先には水平線が緩やかな弧を描いていた。
大型クレーンに重機、そして敷地を埋め尽くすようなコンテナの数々。
寄せては返す波の音。
まさか…!
「ようこそ、第二ギルテ港へ!」
「………、信じられない…本当に?」
「いいね、その新鮮な反応!今じゃ皆が当たり前のように使ってくれちゃうから、その反応は作成者としては本望だよー!」
繋いだ手をそのままに、ケイトさんがエヘヘと笑う。
なんだか親しみの湧くタイプの人だな。
きれいだけど、愛嬌があって…。
瞳の色は違うけれど、エレナさんによく似た雰囲気をしている。
さすが姉妹だ。
外見的にはエレナさんの妹で、レジーさんの姉と呼ぶくらいの年の頃。
ケイトさんは鼻歌を歌いながら耳元に下がる大ぶりのイヤリングへと手を翳す。
そして誰かと会話をするような彼女の声が響いた。
「あらー?コンテナはまだ見つかっていないの?」
端から見れば独り言のように思える。
だけど内容や表情からは誰かと通話しているかのよう。
…あのイヤリングと、かな?
「ね、イライザちゃん。コンテナの場所って予想つく?」
「…そういえば港の西側に商会専用の倉庫があって、倉庫前の荷卸し場にコンテナが届くって、先輩が言ってました。」
「オーケー、…港の西側に商会の倉庫があるそうよ。聞こえた?」
聞かれて、とっさにそう答えるとケイトさんが誰かに伝える。
そして幾度か言葉のやりとりの後、彼女は会話を切った。
「じゃあ私達も西側へ向かいますか~。」
無言のままに歩き出せば、寄せて返す波の音だけが響く。
私は西側へと移動しながら彼女のイヤリングをじっと見つめた。
「ん?なんか気になる?」
「そのイヤリングって…一体何ですか?」
「んー、離れた場所にいる相手に言葉を伝える道具?」
「えっ、電話みたいなものですよね?!それを装飾品にできるなんてすごいじゃないですか!!しかもお洒落だし!」
「ふふーん、これも私が作ったの。バイヤーさんに誉めてもらえるなんて嬉しいね!」
ケイトさんは嬉しそうに笑った。
それにしても彼女が作るものは、見たことのないものばかりだ。
まるで失われたとされる古代文明の遺産のように魅力的だ。
誰もがきっと欲しがるだろう…だけど、ね。
扱ってみたいと思う反面、そっとしておくべきではないかとも思う自分がいた。
「ふふ、門外不出の技術だから内緒にしておいてね!!」
おどけた表情で、ケイトさんが唇に指を当てる。
いくら便利だからといって、表に出すべきではないものが世の中にはあるということ。
心を読んだかのようにケイトさんは微笑んだ。
二人手を繋いだまま、わずかな明かりを頼りに船着き場を歩く。
倉庫だけが立ち並ぶ夜景は、明かりが少ないせいで薄暗く不気味だ。
身を震わせたところで、彼女の明るい声がまたもや響く。
「それらしいの見つけた?じゃあ、イライザちゃんと行くねー!!」
「見つかったんですか?!」
「うん、だけど念のため遠目からでいいから確認してほしいって。」
「…良かった、当たってて。」
「イライザちゃん。ちゃんと勉強してるね。えらいよー!」
安堵したように呟いた私の頭をケイトさんが優しく撫でた。
何度も、何度も。
まるで、お母さんの手みたいに。
必要なときに活かせる知識があることは、よく学んでいる証拠だと彼女は言った。
こんな知識くらい、大したことではないはずなのに。
最近怒られたり謝ってばかりだったせいか、ささやかな誉め言葉が心に響く。
じわりと視界に涙が滲む。
途端に、ケイトさんは表情を曇らせた。
「うーん…もしかして何か辛いこと、あった?」
「…!」
「そんな顔してる。話せるなら聞くよ…?」
「でも…。」
「無理にとは言わない。けれど、他人に話すと楽になるってよく言うよね!!」
「…じゃあ、つまらないかもしれないけれど倉庫に着くまで愚痴を聞いてくれる?」
「もちろんだよ!」
話し出せば、言葉は溢れ出す。
それにケイトさんはとても聞き上手だった。
気付けば、今日あったことを全て話しているくらいに…。
それに改めて言葉にしてみると、なんと濃い一日であったことか!!
「そりゃあまた、災難だったねー!」
いくつか質問をされ、ぽつぽつと答えたところで彼女の手が私の肩をたたく。
口調は軽いが、心配していることがわかる声音と仕草。
そしてちょっと考え込んだ彼女はイヤリングに手を添える。
「それなら、レジーに夢見てもらおう!!」
レジーさんが、夢を見る?
あれ、そういえばレジーさんは?
驚いて振り向いたけれど、後ろにいると思っていた彼女の姿はどこにもなかった。
「レジーさんは来ていないのですね?」
「ああ、あの子は店で待機。前線要員じゃないからねー!!」
カテリアの六つの月でルーテさんと一緒にお留守番らしい。
…なるほど、役割分担があるのか。
ケイトさんが手をイヤリングに添えたまま話し出す。
話の流れから推察すると相手は恐らくレジーさんだろう。
しばらくしてケイトさんが通信を切るようにイヤリングから手を離した。
「レジーがね、三日ちょうだいってさ。」
「三日って?」
「準備期間だよ。…あと"貴女は間違っていない、自分を信じて頑張れ"って言ってた。」
ケイトさんは労るように私の頭をなでた。
そしてレジーさんのまるで私の心を見透かしたかのような言葉に驚いて目を見張る。
私は、間違っていない。
ミスを指摘される度に、そう言い訳をしそうになる口を閉じた。
けれど、それは迷惑をかけたのに生意気と思われたくなかったから。
だって教わった手順の通りにやったのだ。
心配で、何度も先輩に途中経過を確認してもらいながら作業もした。
だけど、それだけ対策しても違うというのならば…私はどうしたらよかったのだろう?
今や自分すら信じられないのに、何を信じたらいいのか?
迷う心が積極性を奪い、役立たずという陰口が心を蝕んでいく。
それなのに初対面に近いはずのレジーさんが私を間違っていないと言ってくれたのだ。
ようやく信じてもらえた。
その事が、何よりも嬉しい。
「レジーさんには、ありがとうと伝えてください。」
「今度会ったら直接言ってあげて!さっきだって、誉められて喜んでいたし!!」
「え、そうなのですか?」
「あの子の表情は変化に乏しいからわかりにくいけどね。」
そうなのかな?
商品として人形を扱うこともある私からすれば、彼女の表情はとても豊かだ。
綺麗すぎて、壊してしまったらと思う怖さはありそうだけど。
「たぶん姉妹でレジーが一番優しいよ。ただ理解して欲しいのは、今回の件であの子が貴女を信じると言ったのが気休めや気遣いなどではないことかなー。」
「優しさだけではない?」
「そうそう。詳しくは教えられないけれど、あの子が見えたのならそれが事実だということ。イライザちゃんのミスとされているものは、貴女がやってしまったものではないからレジーは間違っていないと言った。」
「抽象的でよくわからないですけれど…レジーさんには、何か私の知らない情報源があるということですね。だからレジーさんは私の知らない情報を知っていて、その情報に基づくと私に非はない。」
「そうそう、そんな感じ~!!レジーはそういう力が備わっているの。詳しく言えない代わりといってはなんだけど、私もイライザちゃんのことを信じるからね!!」
ケイトさんは真面目な表情をして、そう答えた。
正直私には、わからないことがたくさんある。
彼女達の持つ力についてもそうだし、存在についても謎が多い。
ただ、気付けば気分はずいぶんとスッキリしていた。
ケイトさんに話したことで、心が軽くなったのは確かだ。
「ケイトさん、色々と話を聞いてくれてありがとうございます。」
「おおっと、話を聞くだけで終わりじゃないよ!この件の対応は私とレジーが適任だからね、どどんと請け負っちゃうよ!」
「えっ、対応って…この状況をどうにかできる余地があるの?」
彼女の事はともかく、ミスなんて人為的なものだ。
ミスを減らすなんてこと、普通はできるわけはない。
「だって普通じゃないもの。今回の件も含めてイライザちゃんのミスとされているもののほとんどは間違いなく何らかの干渉を受けている。」
すべてが不自然。
因果で言うならば、原因となるものが欠けている。
「もちろんイライザちゃんだって普通にミスをするだろうけれど、今回のはそうじゃない。」
ケイトさんは闇の奥を見透かすように、微笑む。
瞳は、満月を見上げていた。
「残念だけど私達の目は誤魔化せないよ。」
私達は、満月の娘なのだから。
タブレットが壊れたため、機種変更しました。操作に慣れるまでにずいぶんと時間がかかって、誤字脱字もできる限り直したのですが、もし見つけた方がいたらお詫びします。




