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めくるめく世界の果て  作者: ゆうひかんな


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13/53

再会と、新たな出会い


守護石と王の色。

二つの言葉は、王女だった時代の知識に繋がる。


「答えろ。」


男は荒々しい手つきで私の肩を掴む。

時代を超えて揃う理由を考える前に、この緊迫した状態をなんとかしないと。

口を開こうとしたまさにその時、別の腕が横から伸びて私の肩を引き寄せる。


「こんな暗がりで彼女に何をする気だ!!」


怒りに満ちた声でさえ、彼のものだとわかってしまう。

そして彼の声と温もりに安堵した自分が腹立たしい。

…許さないと、そう決めたのに。

ふつりと音を立て革紐が切れると、男の手には守護石だけが残った。


「…クラウスさん!!」

「大丈夫だった?怪我はない?」


どうして、ここに?

彼は私を背中に庇うと、相手の男と対峙する。

どこか懐かしさを感じる、背の温もり。

かつての自分は、()()()に守られたこともあったのよね。

痛む胸に、そっと手を当てれば、手のひらに激しい鼓動を感じて眉を顰める。

これは緊張のせい。


…決して懐かしさに心を動かされたわけじゃない。


「そこをどけ。俺はただその女に聞きたいことがあるだけだ。」

「だからって手荒に扱っていい訳ないだろう?!できるか、そんなこと!」


言葉なく立ち尽くした結果、膠着状態で睨み合う男が二人。

この場を動かせるのは、たぶん私しかいない。

エレナさんのことも心配だし、早急に何とかしないと。

それにはまず、相手の男性が()()()()だということをクラウスさんに教えなくては。

改めて、金とも琥珀とも思える色合いの瞳と向き合う。


「お久しぶりです、…貴方は"六つの月"のご店主ですよね?」

「え、イライザの知り合いなの?」

「カテリアヘ来る前に、何度かお見かけしました。髪と髭が整えられて、容姿はずいぶんと違いますが、その特徴ある目の色を見間違えることはありません。」


驚いた様子のクラウスさんに頷く。

そして相手の男性…六つの月の店主さんは、ここにきて初めて表情を動かした。

コイツ気付いたか面倒だ、そんな顔。

まあ知り合いといっても、こんな風に話したのは今日が初めてですけどね。

店で会っても挨拶すらしないから、てっきり話せない人なのだと思っていた。

それにしても、あのみすぼらしい…失礼、自然のままにすくすくと育った髪や髭の下には、こんなに美しい顔が隠されていたのか。


それとも、あえて隠していたのかも知れないわね。

私は抜き出た才能や美しさが罪作りなものだということを知っているから。


「それで異国の一店主がこんな所まで彼女を追いかけてきて、何の用?」


知り合いと聞いても、クラウスさんの口調は厳しい。

彼によれば店を出た私の後ろをつけていく人物がいたため、慌てて追ってきたのだという。

痴漢や物取り、そういう犯罪者に私が狙われているように見えたということか。


…言葉通りなら、クラウスさんは親切で優しい人なのよね。


今までもミスしても庇ってくれたり、わからないと聞けば誰よりも丁寧に教えてくれた。

だけどそこまでしてもらっていながら、彼を信じていいのか私には判断がつかない。

彼に関わることで命を失った記憶を持つ私は、どうしても彼を信じきれないのだ。


仕事も、プライベートも上手くいかない状態の今日この頃。

追い詰められるほど、逃げる方が楽だと思ってしまうと言った父の言葉が身に染みる。


だけど…。

揺れる心を奮い立たせ、私はぐっと唇を噛んだ。

エレナさんは前世の記憶だけで彼の存在を拒絶するのは、今を生きる私が可哀想だと言った。

そして今世の私の意思で彼を見極めて欲しいとも。

見極める時がきたとすれば、それは今。

だったら逃げるわけにはいかないよね。


「それで、何を聞きたいのですか?」

「エレナがいなくなった。心当たりはないか聞きたい。」


想定外…いや、先ほどまでの不安が的中したことからして予想通りだろうか。

そして、いなくなったという言葉にクラウスさんがはっと息を飲む。


「いつ頃ですか?」

「一週間ほど前。急に連絡が取れなくなった。仕事のせいだと思っていたが家族にも連絡がないことが昨日わかったんだ。そんな中、俺に彼女のものと思われる緊急連絡が届いた。」


そして光を失った守護石に視線を向けて、強く握り込んだ。

不安なのだろう、六つの月の店主さんは表情を曇らせる。

その表情は、まるで彼の方が迷子になったみたいだ。


もしかして守護石が"知らせ"たということかしら?


守護石は降りかかる呪いや災いを祓うだけでなく、()()()に所有者の危機を報せるものでもあるらしい。

私に危険が迫ったことで守護の力が発動し、石からの"知らせ"が彼の元に届いた。

もし彼が作成者であれば守護石から現在の所在を探るなど容易い。

だから彼は守護石を所持していた私のところに来たのか。


そしてエレナさんを助けようと思って来たら、代わりに私がいた。


守護石を渡すほど大切な存在であれば、混乱して強引な態度にもなるわよね。

それに…もう一つの王家に伝わる知識が彼の異質さを際だたせる。


守護石とは、賢者の資質を持つ者だけが生成可能できる魔法石の一種。


ごく稀に某国の王家に生まれ出るとされる賢者の資質を持つ者。

これが本物の守護石というのなら作成者である彼は賢者になれる資格を持つ。

賢者の存在は某国の王家と王家に連なるものに受け継がれてきた機密事項であり、こうして王の色と賢者の資質、両方を備えた者を見たのは私も初めてだ。

国は滅んで久しいけれど、その資質は血に混じって脈々と受け継がれてきたのだろう。

この身体と血の繋がりはなくとも、私の意識は彼を子孫であると認めていた。


「エレナからの緊急連絡だと思って急いで来てみたら、首飾りは君が持っていた。だから聞きたい。エレナはどこにいる?」

「エレナさんの居場所は私も知りません。この首飾りはエレナさんが貸してくれました。私の分を頼んでいるから、それが届くまで貸してくれると。」

「では、この石が守ったのは君なのか…。」

「正直なところ、エレナさんの居場所であれば私も知りたいくらいです。」


色々悪い状況が重なって、一人では抱えきれないほどに追いつめられていた。

守護石に残る残渣から状況を察したらしい六つの月の店主さんは、力を使い果たしたような石の色を見て眉を顰める。


「何があったのか、詳しい話を聞かせてくれ。」

「イライザ、もしかしてエレナさんが行方不明なの?」

「ええっと…。」


意図したわけではないだろうが、ほぼ同時に違うことを聞かれてしまった。

正直なところ、クラウスさんに一から説明するのは難しい。

しかも彼は魔女の存在を知らないのだ。

彼がいては…婚約者である彼女に関することも話せない。

どうしたらいいのだろう。


内心で焦る私の耳に懐かしい声が響いた。


「こんなところで何をしているの?」


振り向けば、澄んだ灰の瞳を持つ美しい人が立っていた。

どうして、という疑問よりも会えた喜びの方が先に立つ。


「ルーテさん!!」

「…えっと、イライザ。もしかして彼女も君の知り合いなの?」

「はい、エレナさんのご家族です。」

「あ、そうなんだね。初めまして、私はクラウス=アンダーソン。彼女の上司です。」

「まあ、貴方が…お名前はエレナから聞いています。私はルーテ、エレナの姉ですわ。」


一瞬浮かんだ驚きを隠して、ルーテさんはクラウスさんと挨拶を交わす。

そっと表情を伺えば、取り繕ってはいるけれど笑顔が固い。

行方不明というのは本当なのだろう。


「アンダーソンさん、急で申し訳ないのだけどエレナの件でイライザさんをお借りしたいの。きちんと家までお送りしますし、お仕事に差し支えるようであれば後ほど私からご説明いたします。ですから今はこのまま何も聞かないでいただけますかしら?」

「クラウスと呼んでください。エレナさんのことはイライザから紹介してもらって顔も知っています。お困りのようですし、よろしければ何かお手伝いいたしましょうか?」

「ありがとうございます。ご好意に甘えることがあれば、その時はよろしくお願いしますね。」

「もちろんです。じゃあイライザ、困ったことがあったら知らせて?」


名刺でルーテさんの連絡先を渡されたクラウスさんは心配そうな表情をしながらも立ち去る。

ちらりと見えた名刺の文字色は…赤だった。

黒ではないのね。


「あの方がイライザさんと因縁のあるお相手なのでしょう?だから念のためよ。」


ただ、思っていた感じとは違ったけれど。

そう呟いたルーテさんの声がなんとなく気に掛かる。


「ルーテさん、それはどういう…。」

「のんびり話している場合ではないだろう、エレナを探すのが先だ。」

「そうね、イライザさんの方も色々あったようだし一緒に話を聞きましょう。」


ルーテさんは暮れていく闇の奥を見つめる。

視線の先には、美しい満月が浮かんでいた。

ふと、六つの月の店主さんと視線が合う。


「アルス。」

「え、っと?」

「俺の名前だ。」


それだけ言って、ふいと視線を逸らす。

歩き出す背中を呆然と見つめていると、ルーテさんは苦笑いを浮かべた。


「店主と呼ぶのは面倒だろうから名前で呼んでいいと、そう言う意味なのよ。」

「…そうなんですね。」

「本当、言葉足らずなのよね。彼はそういう存在でもあるから仕方のないことなのかも知れないけれど。」


愚者は語り、賢者は黙する。

真理を探求する賢者は必要なことしか語らない。

ふとエレナさんの言葉を思い出す。


『まあ、本人としては、ただ話すのが面倒なだけみたいだけどね。』


エレナさんは、この人が賢者の資質を持つことを知っているのだろう。

確かに多くを語らないことは賢明と思う。

でも日常生活においては不便じゃないのかな?


「さあ、全員に招集をかけたわ。カテリアにある"六つの月"へ向かいましょう。」


どこかと連絡を取ったらしいルーテさんに促され、彼女の後ろをついていく。

カテリアの"六つの月"とは、どんな場所なのかしら?

全員とは、エレナさんの言っていた他の従業員の人達のことかな?

不安よりも、なぜか高揚する気持ちの方が強い。


「今日は満月。間違いなくエレナは見つかるわ。」


まるで確定事項のような言い方だ。

なぜだろう、奮い立つほどにルーテさんは美しくなる。

彼女の妖しく蠱惑的な美しさに目が眩んだ。


「全ては()()の導くままに」


高ぶるのは満月のせい。

挑むような眼差しで、彼女は嗤った。




ーーーーー



「…いい意味で予想外ですね。」


カテリアにある"六つの月"。

ガラクタの積み上がった店を想定していたから、お洒落なカフェテリアであることに驚いた。

スーツの男性やお洒落な女性達が常に出入りしているし、街の景色にも違和感なく溶け込んでいる。

勇気の必要なアルスさんのお店とは大違いだ。


「カフェなら、誰でも出入りは自由でしょう?」

「確かに、違和感もありませんよね。」

「他国にある店も業種は違えど、こんな感じよ。アルスの店が特殊なの。」


だから裏側に占いの館を開かなくてはならなかったのだと、ルーテさんは苦笑いを浮かべた。

そしてカウンターに立つ従業員の女性に片手をあげて合図する。


「いらっしゃいませ!あ、ルーテさん!!」

「揃っているかしら?」

「ええ、店長も中にいますよ。」


明るく答えた女性が、端にある従業員専用と書かれた扉を指差した。

部屋の内側からは灯りが漏れ、暗い廊下をほのかに照らす。

慣れた様子でアルスさんが扉を開けると室内にいた人達の視線が一斉にこちらを向く。


女性が、四人。

髪の色は揃ったように赤、ただ瞳の色は個々に異なる。


煙草を咥えていた女性の視線がルーテさんの後ろに立つ私の姿を捉えた。


エレナさんやルーテさんに似た、整った顔立ち。

日に焼けた肌に、短く刈り上げた赤茶色の髪が黄土色の瞳の色と相まって野性を感じさせる。


「そちらのお嬢さんがエレナのクライアントかい?」

「ええそう、しかも私の同族なのよ。」

「おや、それは珍しい!可愛らしい見た目通りじゃないということか。」


煙草の火を消した女性は手を差し出す。

挨拶のために握った手のひらは堅く、軽く握り返しただけなのに握力はかなり強い。


「はじめまして、私の名はレイ。お嬢さんの名をお伺いしても?」

「イライザです。よろしくお願いします。」

「うん、こちらこそ。」


彼女は唇の端を軽く引き上げ微笑んだ。

なんとも男性的な仕草が様になる人だ。


女性だけど、かっこいい。


思わずときめいてしまう。

レイさんは視線を横にずらすと思わずという風情で苦笑いを浮かべた。


「そんな今にも射殺しそうな視線を向けるんじゃないよ、アルス。協力者との挨拶はどんな状況でも必要だろう?大丈夫、エレナは生きている。私達がそう言うのならば間違いはない。ルーテからもそう言われたのではないのか?」


見ればアルスさんの視線や態度は“何をのんびりと挨拶なんか交している”と言わんばかりだ。

そんな彼の焦りをよそに、女性達は次々に自己紹介をする。


色鮮やかな青い瞳の女性はアリアさん。

淡く滲むような紫の瞳を持つ女性はケイトさん。

そして最後に…目を閉じ、離れた場所のソファに横たわっていた女性が目蓋を開いた。

瞳の色を見て、思わず感嘆のため息が漏れる。


「なんて、きれいなのかしら…。」


その瞳は、虹色。

世界に満ちる色の全てを封じ込めたかのような摩訶不思議な色合い。

そして長くけぶるような睫、血色の良い唇。

誰が見ても納得するような、類なき美少女だ。


「滑らかな肌に左右対称の造形美。完璧過ぎて…まるでメルヴィール時代のビスクドールみたい!!!」


思わず興奮してしまったのは許してほしい。

美しいものを賛美するのは美術品を扱う人間の性というものだ。

多少周りの人間がドン引きしていても気にしない。


純粋な賞賛だけを、彼女に。

途端、人形のような彼女の頬にぶわりと血色が差す。


「…ありがとうと、答えるべきかしら?」

「こちらこそ、ありがとうございます!!」

「…変な人ね。」

「彼女の名前はレジー。一番末の妹なの。歳も近いし、仲良くしてあげてね。」


ルーテさんが彼女の名前を笑いながら教えてくれた。

ちょっと気は強そうだけど、その分、芯も強そうだ。

彼女とは仲良くなりたいと、純粋にそう思った。


「それでは挨拶も済んだことだし、エレナを助けにいこうか。」


まるで夕飯を食べに行こうとでもいうような気軽さで、パイプ椅子からレイさんが立ち上がる。

レジーさんは頷くと、瞳を閉じながら口を開いた。


「エレナ姉さんがいるのは港にある倉庫の近くよ。赤い鉄塔が二つ、黄色の大型クレーンが三台。遠くに橋が見えるわ。港自体は大きいけれど、照明は少なめね。キラキラしていないもの。その橋に一番近い黒のコンテナに閉じ込められているわ。それから…。」


虹色の眼が、私を捕らえた。

ただならぬ事態が起きそうな予感に背筋を冷たいものが駆け抜ける。


「コンテナには、人馬宮のシンボルが描かれているの。」


上半身は人、下半身は馬。

弓をつがえ、真っ直ぐに前を見据える姿を描いたロゴ。

人馬宮は、他国の言葉で"サジタリウス"とも呼ばれる。

それをロゴマークとして採用している商会は、私が知る限り一つしかない。



サジタリウス商会のもの…私の勤め先のものだ。





お楽しみいただけると幸いです。

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