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めくるめく世界の果て  作者: ゆうひかんな


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12/53

魔女との邂逅と、冤罪


窓の外を眺め、深々とため息をつく。

清々しいほどの晴天だった。

だけど心は晴れない。

なぜなら今の状況下においては完全な現実逃避だからだ。


「イライザ、納品先に確認したら貴女の指示で発注を取り消したそうよ?どういうこと?!」

「そんなことしていません!むしろどうして私がそんな事をするのですか?」

「だからそれを聞きたいのよ!貴女のせいで大事な取引先を失うところだったのよ?!」

飲み会で仲良くなって、最近は仕事の相談にも乗ってくれていた先輩が私を睨みつける。

定期的に注文を入れてくださるお得意様の商品が、私の電話によって取り消されていたのだという。

「新人で仕事もできないくせに、()()()()余計なことばかりするのよ?!」

彼女の言葉は正しい、そう言わんばかりに皆の厳しい視線が私に注がれる。


どうして、どうして。


本当に、()()()()私ばかりがこんな目に合うのか。

それは私が聞きたいくらいだ。

確かに最近、思わぬミスが多発している。

発注書を紛失したとして納期に間に合わなかったり。

指示された個数を発注したはずなのに、なぜか納品されてみると数が少なかったり。

書類や在庫の管理を任されている私に対して風当たりが強くなるのも当然と思える。

ミスが発覚する度にクラウスさんや先輩方の力を借りて乗り切ってきたけれど、私はミスすることが多いとの風評がたって、職場での私の印象は日に日に悪化の一途をたどる一方。

最近は、挨拶しても目すら合わせてくれない人もいる。


そして今日。

装飾品を扱う部署の先輩方が血相を変え、こうして怒鳴り込んできたのだ。


ただ、今回に限れば私は確実に何もしていない。

そんなこと冷静に考えればわかることなんだけれどな。

そう反論したいのだけれど、想像以上に激しい剣幕に言い返すことすらできなかった。


「言い訳でもあるのなら説明しなさい!」


彼女の中では私がやらかしたと決めつけているわけか。

どうしてここまで人のことを疑うことができるのだろう。

それに自らの瑕疵がないと頭から信じている人が、果たして私の意見を正しく聞き入れてくれるのだろうか。


「黙っていたってわからないでしょう!」


答えないわけにもいかないし、黙っていても埒があかない。

仕方なく、ダメもとで説明をしてみようと口を開いた私の視界を遮る広い背中があった。

その背中の持ち主は…上司であるクラウスさんのもの。


「状況は聞いているよ。だけど、なんでイライザは担当者である君の名前ではなく、わざわざ()()()()()()()()()発注を取り消したのかな?そんな事をすれば後で間違いなく自分が責任を問われることくらい、簡単に想像がつくのに。」

「だけど相手の担当者がはっきりと言ったんですよ?『イライザという女性がしつこく頼んできたから、仕方なく取り消した』と。」

「君が彼女の立場になって考えた時、わざわざそんな回りくどいことをするかい?そもそもイライザがそういう悪質なことをして、どんな得があると?」

「私も最初はそう思いました。だけどそう思われることを織り込み済みで、自分から疑惑を遠ざけるために、わざと名前を告げたかも知れないじゃないですか!!」


()()()()()()()()()()()()()()

先輩が私を睨みつける。

負けじとぐっと奥歯をかみしめ、見返した。

順調だった取引が、私のものとされる意味不明な行動で危険に晒されたのだ。

さぞかし悔しいのだろう。

滲み出る彼女の血を吐くような思いはいつぞやの私と同じで、妙に共感するものがあった。


それでも、私はやっていない。

だがこれほど彼女の頭に血が上った状況では、正論も単なる言い訳と思われそうだ。


「イライザ、心配しないで。」


クラウスさんは私と目線を合わせるために、腰を落とす。

普段、彼と話すときは目を合わせずにいることの方が多かったから、彼の瞳を覗いたのは初めてだった。

灰色の瞳の奥にある、わずかな青。

…ダレルと、同じ色だ。

かつての護衛騎士と同じ湖面の青を宿す瞳を瞬かせ、彼は穏やかな口調で私に尋ねた。


「今回の件に関して、君に心当たりはあるかい?」

「ありません。だってそんな事をしても、誰も()()にならないじゃないですか!!」


私は激しく首を振りながら答えた。

"商売の醍醐味は自分も含めた皆を幸せにすること"。

"自己の幸せだけを追求する者は、他者から妬まれ憎まれて、結果不幸になる。"

一回目の"父さん"も三回目の時の"お父様"も、言葉は違えど、そう教えてくれていたから。

言葉足らずで、どこか抽象的になってしまった私の言葉に声を荒げていた先輩も一瞬虚を付かれたように目を見開く。

だけど思いを込めたこの言葉でも疑いを晴らすには至らなかったようだ。


「ならどうして担当者が貴女の名前を知っているの?この件で、どれだけうちの部署が迷惑を被ったのか貴女わかっている?今回はクラウスさん達が手を尽くしてくれたから何とかなったけれど、次回同じような失敗をしたら、どうなるかわからないのよ?だから中途半端にせず、原因を追究し、問題を解決しておく必要があるのよ。」


先輩の意見はもっともだ。

だからこそ、こちらも反論しようとしたけれど、それをクラウスさんに遮られる。


「不審な点は他にもあるし、それを含めて俺の方で調べる。君にもきちんと説明するから、今回の件は一旦預けてくれないか?」


穏やかな語り口で、クラウスさんは彼女に申し出た。

クラウスさんの対応は濡れ衣だと思っている私にとって都合がいい。

私が頷いたのを確認して、クラウスさんは先輩方に視線を向ける。

ところが先輩の怒りの矛先が、なぜか今度は彼に向いたのだ。


「クラウスさんがそうやって甘やかすから、彼女が成長しないんじゃないですか?」


強く非難する言葉に、思わず俯いた顔を跳ね上げる。

私の失敗のせいで、クラウスさんが悪く言われるのは嫌だ。

たとえ避けて通りたい相手であっても、それとこれとは別。

クラウスさんのせいではないと、そう言い返そうとした時。

私の視界を遮る背中がもう一つあった。

女性のものとわかるそれは…()()のものだ。


「ねえ、皆落ち着いて?クラウスは精一杯イライザさんの指導に取り組んでいるわ。新人のうちは思わぬミスをしてしまうものでしょう。だからこれは()()()()()に問題があるせいで、望まずとも上司となっただけのクラウスに()()()()()()()の。」

そして、彼女は顔をこちらに向け、有無を言わせぬような強い口調で言った。

「ね、イライザさんもそう思うでしょう?」


()()()()()()


言外に、そう命令されたような気がした。

うっかり頷きそうになったところで、はたと気がつく。


この人、今なんて言った?

私の資質に問題が、って言わなかったか?

立ち位置は私に寄り添っているし、見た目だけは私を庇っているように思えるけれど、彼女の言葉は清々しいほどにクラウスさん()()を擁護していた。

そして他の皆も彼女の言葉を疑問に思うことなく受け入れ、同調している。

何だろう。

一方的に私が悪とされている、この空気は。

私のことも無理矢理その空気に巻き込もうとしているみたいで、とても気持ちが悪い。

そしてようやく気付いた。

…この嫌な感覚、もしかして…。

そう思った瞬間、服の下に仕舞っていたお守りが、ぐんと重みを増した。


パチン!

弾けるような感覚と共に、嫌な空気が霧散する。


明らかに、場の空気が変わった。

周囲の人も我に返ったような、どこか困惑した表情を浮かべている。

私を囲む皆の表情も、先程までの険悪なものから気まずい雰囲気のものへと変わっていた。

途端、目の前の景色が不自然に切り取られた。

なに、これ。

飲み会の時と近い状況だ。

皆の気配が極限まで薄くなり、視線の先には彼女の背中だけが浮かび上がる。

そして脳に直接響くような、誰かの声が聞こえた。


…こんなことって…のろいかえし…?、もしかして…け、ゃ…の…。


間違いない。

これは()()()()()()()

この時、ハッキリとそう認識した。

言葉として聞こえるものもあれば、意味を成さなず雑音にしか聞こえないものもある。

ただ記憶の奥に残るこの言葉だけは、なぜか明確に聞こえたのだ。


…いまいましい、むつの、つき…。


むつのつき?

まさか、"六つの月"!?


「!!!」


手のひらで口元を押さえて、叫びそうになった言葉を慌てて飲み込む。

ぎょっとした表情で振り向いた彼女と視線が絡んだ瞬間、心の声とおぼしき雑音が消える。

代わりに他の人々の声が戻ってきて、目の前の景色も鮮明になった。

見つめ合う彼女の表情が、険しいものに変わる。


もしかして気付かれた?

そう思う私の目の前に立つ彼女の口角が、不自然につり上がる。

そして形の良い唇が弧を描き、にいっと嗤った。

おぞましい、一言で言い表すならばそんな表情。

…みぃつけた…。

脳に直接響くようなこの言葉は、間違いなく彼女の心の声。


魔女だ、彼女()


私に流れる血が、そう叫ぶ。

しかもお伽噺に出てくる悪い方の魔女。

自分でもわかるくらいに血の気が失せる。

呆然とした私に対して更なる呪いを紡ごうとしたのか、彼女の禍々しい赤に色に彩られた口が開かれた。

こわい、誰か…。

恐怖から体が強ばって、言葉が出てこない。

思わずギュッと目をつぶる。


「どうしたの?」


頭上から、二人の間を割って入るような声が聞こえた。

見上げれば、クラウスさんが微笑んでいる。


「二人とも、無言で理解し合っているような不思議な表情をしてるよ。」


途端、場を支配していた緊張感が霧散し、体の強ばりが解ける。

その隙に、さり気なく彼女と距離を取った。

何をされそうだったのかわからないけれど…あ、危なかった…。

クラウスさんは、興味津々という表情で笑った。


「いつの間にそんなに仲良くなったの?全然気付かなかったよ。」

「…え、ええ、なんとなくだけどね。わかるのよ。」


一足早く立ち直った彼女が言葉を濁しつつ、微笑む。

『実は何か良からぬことをしようとしてました』なんて、好きな人には言えないものね。

とにかくクラウスさんのおかげで、これ以上は彼女に追い込まれなくとも済みそうだ。

職場の雰囲気も、いつものような空気が戻りつつある。

今なら聞けそうだ。

そう思った私は先輩の方を向いた。


「先輩。今回の件についてですが、私からも直接相手の担当者に事情を聞きたいと思います。ついては、()()()()()()()()と、()()()を教えていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


あくまでも口調は丁寧に。

そして言外で今回の一件に関する矛盾点を指摘する。


「はっ?!何をいってるの?当然知っているでしょう?」


怒りに満ちた先輩の表情から確信する。

やっぱり大事な点がすっぽりと抜け落ちているわけか。


「先輩の所属は装飾品部門ですよね?」

「そうだけど?」

「お忘れかも知れませんが、私の所属は美術品部門なんです。」


その瞬間、先輩の顔色がくっきりと青白く変わる。

今回の一件で、確認すべき重要な点が抜け落ちていることにようやく気がついたのだろう。


()()()()()()()がないように、商品の発注は、原則として部門ごとに担当者本人が行うよう商会の規則で定められています。ですから補助的な立場の私が単独で、しかも他部門の注文をすることはないのですよ。」


本来は自分達で連絡するもの。

忙しいときは代わりに発注を頼まれる事もあるけれどね。

そういう場合でも別の先輩方の同席が必須とされている。

特に最近はミスが多かったせいで、先輩方は私を通さずに発注することが増えていた。

もし私を通した発注書であれば、別のものと取り違えたということも考えられる。

だけど自分を通していない発注なのに、どうやって取り消せるというのか。

しかも先輩方の扱う商品には高額なものもあるから、必然的に慎重になる。


「私の場合、新人なので勉強の一環として発注することもありますが、そういうときはクラウスさんや他の先輩方の同席の元で行います。ちなみにクラウスさんは同席した際に、この発注を受けた記憶はありますか?」

「ないね。君達は?」


クラウスさんは装飾品部門の先輩方に対して視線を投げかけたけれど、皆さん首を振っている。

それもそうだろう。

装飾品に限らず高額品は、仕入先の自分に対する信用で仕入れるものなのだから。

だから私のような新人がお願いしてもまともに受けてもらえない。

発注取り消しについても、同様だ。


「そもそも発注を取り消す前に『見ず知らずの第三者がしつこく』頼んだ時点で、発注先の担当者は不審に思わなかったのでしょうか?」


その時点で、先輩に連絡すればこんな意味不明な状況を防げたというのに。

取引は金品や契約だけでなく、自分の積み上げた信用を対価に相手の信頼を得るもの。

あえて口にはしないけれど、連絡をしなかったのは相手の認識不足、怠慢だと私は思うのだ。

その事に思い至ったのか、先輩は言葉に詰まり視線を逸らした。

微妙な空気になったところで、彼女が割って入ってくる。


「イライザさん、貴女の自分の失敗を認めたくないという気持ちはわかるわ。でもそれを第三者に責任転嫁するのはどうかと思うのよ。彼女は先輩として貴女の将来を心配して内々に収めようと気遣ってくれているのよ?その気遣いを無にするような行為は、人として問題があると思うわ。」


とうとう人としての資質を問われてしまった。

先輩は、感動したような眼差しで彼女を見つめている。

部屋のそこここから、優しいだの、素晴らしいといった、彼女を賞賛する声が聞こえる。

比例して私には先程とは違う冷たい視線が注がれた。

まあ、魔女の血が流れているから普通の人とは感覚が違うかも知れないけれどね。

それとも店舗の従業員がほぼ揃っているといっても過言ではないこの状況下で、新人を吊し上げるという行為は人としての資質に問題がないということなのだろうか?

反論しようと顔を上げたところで、再び背中に庇われる。


「それは言い過ぎだよ。さっきも言った通り、調査が終わるまでこの件は預かると言ったよね。それとも君は彼女が電話した場面を見たのかな?」

「そうではないのだけど…ごめんなさい、実は()()()()()番号を教えたのよ。」

「「「はっ?」」」

「ちょっと聞きたいことがあるからと言われて、軽い気持ちで教えてしまったの。内緒にしてって言われていたのだけど…こんな事になるなんて思わなかったから…。ごめんなさい、彼女がこんな質の悪い()()()()を貴女にしたのは私のせいかも知れないわ。」

チラリとクラウスさんを上目遣いに見上げる。

その仕草に、理解した。

皆も途端に蔑むような視線を私に向ける。

私がクラウスさんに横恋慕した挙げ句、彼女を排除しようとして電話番号を聞き出したというシナリオを思い描いたのだろう。


「嘘です!」


…嵌められた。

すかさず否定するも場の空気は変わらない。

しかも先程までどっちつかずの立場をとっていた人達も彼女の困ったような表情に同情したようで今や共通の敵と認識したようだ。

ただクラウスさんだけは、彼女に厳しい表情を向ける。


「ならば君はそれが規則違反だとわかっていてやったということだね。」

「ごめんなさい!だってこんな使い方をされるなんて思わなかったの!!」


まるで悲劇のヒロインみたいだ。

涙を浮かべながら彼女は手で顔を覆う。

だけど私には彼女の震える肩が笑いを堪えているもののように思えてならない。

皆が口々に彼女を慰め、私をこそこそと小声で貶す。

彼女から、悪意の鎖が私を縛ろうと伸びてくるのを感じた。


気持ち悪い。

そう思った私を守るように立ち塞がる背中。


「怪しいと言う状況証拠だけで、皆は彼女を犯人だと決めつけている。もし違ったら、君達は彼女に謂われのない罪を負わせることになるけれど、その覚悟は当然できているということだよね?」


皆が、ぐっと言葉に詰まる。

そう、状況証拠だけなのだ。

取引先の電話だって録音があるわけでもなく、録画があるわけでもない。


「さっきも言った通り、調査が済むまで預かる。いいね?」


完全に私が黒と思い込んでいるだろう皆も、表向きはクラウスさんの言葉に従う。

私は視線も合わせてくれない同僚達の姿に、ひっそりとため息をついた。

明日からさらに仕事がやりにくくなりそうだ。



ーーーーーー


帰り道。

店の前にエレナさんの姿が見えなくて落胆する。


今こそ相談したいときなのに。

この国でのエレナさんの拠点を聞かなかったことに後悔する。


せめて、彼女が魔女だということを知らせたい。

そう思ったところで、今度は別の不安が湧き上がる。


…もしかして、エレナさんの身もすでに何かが起きているとか?


最近の私の不安定な状況も相まって、不安は益々膨れ上がった。

どうしよう、どうしたらいいの?

深く思い悩み、道の端で立ち止まった、その時。


待ち構えていたかのように、ぐっと手を引かれた。

あまりにも強い力に抵抗もできず、そのまま路地裏に引きずり込まれる。

そして悲鳴を上げようとした口元を誰かの手が塞いだ。


見知らぬ、男の手。


怖い、怖いよ。

恐怖に身体が震え、涙が零れる。

どうして私ばかりこんな目に…。

五回目の人生もやはり抗えず死ぬのか。

諦めかけたその時、路地裏に月明かりが差し込んだ。


「お前は…。」


どこか驚きを含んだ声。

知っている人なのかと滲んだ視界の先に浮かぶ相手の顔を確認する。

残念、知らない人だ。

一度見たら、忘れられないような品のある端正な顔立ちをしている見ず知らずの人。

今はその美しい顔立ちに相応しくないような険しい表情を浮かべている。

…でも、どこかで見たことある気がするのよね。

最近ではなく、もっともっと…ずっと昔に。

もう少しで掴めそうだったのに、記憶は呆気なく霧散した。

彼の手が私の首に下がるエレナさんから借りたお守りを強く引っ張ったから。


「教えろ。お前がなぜエレナの守護石を持っている。」


守護石。

男の言葉と同時に月にかかる雲が晴れて…。

記憶にある()()()が瞬いた。





いかがでしたでしょうか?お楽しみいただけると嬉しいです。

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