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第7話:大豚の会計(チェックアウト)

「とりあえず、つのウサギの角とゴブリンの魔力核を冒険者ギルドに持っていこう」


 俺――レンがそう言うと、ゴツい回復術師のトアが頷いた。


「パーティ登録もあるしな」


 俺たち『暁の百合あかつきのゆり』は冒険者ギルドへと帰還した。

 いつものように赤髪の女剣士カインに重い扉を開けてもらい、受付で角と魔力核を鑑定に出す。


「おおっ……! またまた傷一つなく討伐されたんですね! 報酬は銀貨86枚と銅貨564枚となります!」


「これはパーティで山分けにしよう」


 俺がそう告げると、トアがぱあっと顔を輝かせて拳を突き上げた。


「よっしゃ、今日は飲み会だー!」


「もう、バカトア! すぐそうやって調子に乗るんだから!」


「あはは……」


 カインが呆れたように怒り、少年魔術師のハルはやれやれと肩をすくめている。

 そんな俺たちの賑やかなやり取りの最中だった。


「――ねえねえ、どうやって倒されてるんですかー?」


 急にひょこっと、猫耳を生やした亜人の男がすぐ近くから声をかけてきた。その目は好奇心と、どこか値踏みするような光に満ちている。

 だが、俺はフードの奥から冷淡な視線を返すだけにとどめた。


「それは秘密だ」


「そっかー、ざんねーん」


 ちぇっとつまらなそうに唇を尖らせる猫耳の男。すると、その背後から音もなく影が伸びた。


「他のパーティの邪魔はやめろ」


 顔にデカい傷のある大男が、猫耳の男の肩をグイと軽く引っ張る。二人はそのまま、ギルドの雑踏の中へと消えていった。


(な、なんだったのだろう……)


 奇妙な割り込みに少し眉をひそめたが、深く追及する時間も惜しい。


「とりあえず、明日の朝9時に冒険者ギルドに集合ということで」


 俺の言葉でその場は解散となり、俺たちはそれぞれの夜を迎えた。

 


 翌朝。次のミッションは「村に現れたオークの討伐」だ。


 物事にはすべて『傾向と対策』がある。受験勉強がそうであるように、異世界のレベリングもまた、正しい知識と効率的なルートさえ選べば、結果は確実に数字となって表れる。


「ハル、詠唱はもう5メートル離れた安全圏で行えないか。トア、お前はカインの後ろをキープ。カインに疲労が残らないよう、絶え間なく回復術を詠唱し続けろ。……カイン、今だ、踏み込め!」


「おおおらぁぁぁッ!!」


 ザシュッ! と鋭い肉声とともに、カインの大剣がオークの首を綺麗に跳ね飛ばした。


 俺が主導権コントロールを握ったパーティ『暁の百合』の活動は、驚くほど合理的だった。


 朝昼晩と闇雲にクエストを詰め込むような真似はしない。1日1クエスト。そして、週に1日は完全な休みとする。体調管理コンディショニングまで含めての計画だ。

 

 地道に、だが確実に毎日1つずつの成果を精算チェックアウトしていくサイクル。


 最初はただひたすらにお荷物だった3人だったが、俺が現代の戦術論を叩き込んだ結果、見違えるように動きが洗練され、ようやくこの世界の『一般人並み』の体力と筋力を手に入れた。


 その確かな成長は、ギルドの重厚な鉄の二重扉を、カインが何気なく片手で引き開けた瞬間に証明された。一般人並みになったということは、この過酷な街で、ようやく『スタートライン』に立てたということでもある。

 



 そして訪れた、初めての休日。


 リスタッタの街を4人で歩いていた時、街道の脇の高い木の上から、もう聞き慣れた、か細い鳴き声が聞こえてきた。見上げると、小さな子猫が枝の先に取り残され、今にも落ちそうに震えている。


「またあの子猫か……」


「え? レン、あの子猫知ってるの?」


「ああ、この前も同じように木に引っかかっていた」


「可哀想に、高すぎて降りられないんだわ。トア、肩貸して! 私が登って助ける!」


「おいおいカイン、大剣背負ったまま木に登るなよ、危ねえって」


 カインはトアの肩を器用に踏み台にすると、身を乗り出して枝の先の子猫をそっと掴み取った。


「ミャ〜オ」


「よし、よく掴んだ!」


 地面に降り立ち、子猫を草むらに逃がしてやったカインは、腰に手を当てて誇らしげに笑う。ハルもトアも、そんな彼女を囲んで嬉しそうに笑っていた。

 彼らの屈託のない笑顔を見て、俺の胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。

またあの少女に猫を渡す。少女は


「あ、まえのおじさんだ!あ、お姉さん!ミャーコたすてくれてありがと。あのお姉さん、さっきのミャーコみたいに抱っこしてー」


 カインは調子がいいのかそれともいつもこんなお人よしなのか、少女を担ぎ家まで送ってやった。



 その日の夜。宿屋の食堂で、俺たちは静かにスープをすすっていた。

 昼間の出来事が嬉しかったのか、カインが


「改めて、レンが仲間になってくれて良かったよ」


としみじみと呟いた。


 俺はスプーンを止め、フードの奥から3人の顔をまっすぐに見つめた。


「俺がお前たちといるのは、俺自身の利益のためだ」


「え……?」


 急に冷徹な言葉を放った俺に、ハルが少しビクッとする。だが、俺は言葉を続けた。


「俺のスキルは、まともに知られれば確実に命を狙われる。

だから、お前たちの存在が必要なんだ。カインが大剣を振り回し、ハルが派手に魔法を撃つ。周囲が『あの3人が魔物を倒したんだ』と勝手に勘違いしてくれることが、俺の最高の隠れカモフラージュになる。……それに、トア」


「お、俺かい?」


 ゴツい体躯を縮こまらせるトアの目を、俺は真剣に見据えた。


「俺の身体能力は一般人以下だ。アサシンとしてどれだけ完璧に立ち回ろうと、一発掠っただけで致命傷になりかねない。

……だから、もし俺が怪我をした時、俺の命を繋いでなおしてくれるトア、お前の回復術が必要なんだ。カインもハルも、俺の死角を補うために欠かせない。

お前たちは、俺がこの世界で生き残るために、絶対に失うわけにいかない大切な仲間だ。だからこそ、俺は全力でお前たちを強くするし、全力で守る。異論はあるか?」


 それは極めて利己的で、合理的な理由だった。

 だが、俺の言葉を聞いた3人は、一瞬の静寂の後


――トアがボロボロと大きな涙をこぼし始めた。


「な、なんだよそれ……っ! 嬉しいこと言ってくれるじゃねえか……っ!」


「私たち、レン先生の役に立ててるんだね……っ!」


「ああ、レン! お前が怪我した時は、俺の全魔力を使ってでも絶対に治してやるさ!」


 ゴツいトアまでが鼻をすすり、カインは俺の肩をバシバシと力強く叩く。


「おい、カイン!……それと、『先生』っていうのはやめてくれ」


 歪な形かもしれないが、俺たちの間には、確かに誰よりも強固な『合理的絆(友情)』が結ばれた瞬間だった。

 


 週が明け、俺たちが次のステップとして選んだのは【グレイトボアの討伐】だった。


 新人が見れば腰を抜かすような、体長5メートルを超える巨大な牙を持つ猪の魔獣。だが、今の俺たちにとっては、ただの効率的な経験値リターンでしかない。

 森の開けた場所で、グレイトボアが不気味な咆哮を上げる。


「ブモォォォォオオッ!!」


「カイン、正面。ハル、威嚇射撃」


「応さッ!」


 カインが大剣を構え、正面からグレイトボアの視線ヘイトを引きつける。ハルの放った小さな火球がその顔面をかすめ、魔獣の意識を完全に俺から逸らした。


 一瞬で生じる、完璧な死角。

 俺は音もなくグレイトボアの背後、半径5メートルの絶対射程エリアへと滑り込んだ。


決済チェックアウト


 ――パチッ。


 グレイトボアがカインへ向けて巨大な牙で突撃した瞬間、その強靭な心臓の内部に、直接硬貨をポップさせる。


 分厚い毛皮も、強靭な筋肉も関係ない。内側からダイレクトに心臓を破壊された魔獣は、悲鳴を上げる間もなく、白目を剥いてドサリと地面に崩れ落ちた。


「ふぅ……相変わらず一瞬だな! さすがレン先生!」


 巨躯の突進を完璧にいなしたカインが、大剣を肩に担ぎながら笑う。


「よし、素材を回収して撤退だ」


 グレイトボアの巨躯すらサクッとスマートに処理し、俺たちは大きな戦果を持ってリスタッタの街へと帰還した。


 ――あの悪徳鑑定士・マルタの手下にずっと監視されていることにも気づかずに。


(第7話 完)

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