第6話:子鬼の会計(チェックアウト)
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前回、つのウサギを乱獲し、己の身体が劇的に強化される『レベル30』の壁を突き破ったレン。【索敵】の第六感と、世界の景色に完全に同化する【潜伏】の境地を掴み取りました。
今回はそのスキルを使いどんな戦闘を繰り広げるのか…!
レンの活躍ご期待下さい!
己の身体に満ちる生命力――『レベル30』という強者の領域に到達し、「暗殺者」としての確固たる基盤を完成させた俺は、街への帰路についていた。
背嚢には、出発前に購入したナイフを使い、仕留めた角ウサギから剥ぎ取った『角』が大量に詰まっている。毛皮や肉はかさばるし重い。効率を最優先するなら、最も高値で売れる小ぶりな角だけを持ち帰るのが正解だ。
このレベルに達して解放された『潜伏』のスキルだが、当然ながら万能ではない。発する音や匂い、体温、気配のすべてを周囲に同化させるこの技術は、全身の筋肉と神経を極限まで張り詰めさせる必要があり、感覚としては全力の無呼吸運動に極めて近い。
常に使い続ければ、魔力よりも先に俺の心肺と肉体が限界を迎えて酸欠で倒れてしまう。
そのため、今はスキルをオフにし、気配を適度に殺しながら並足で歩を進めていた。
その時、脳髄の芯が、冷水を浴びせられたようにゾクリと跳ね上がった。
(――ッ!?)
脳の芯を直接揺らすような、強烈な感覚。常にパッシブで働き続ける第六感――効果範囲100メートルを誇る【索敵】の能力が、その限界ギリギリの境界線である前方100メートルの異変を、俺の意識に直接叩き込んできたのだ。
鬱蒼とした森の境界線、そのわずか100メートル先。
そこから、肌を刺すようなギラギラとした十個の邪悪な殺意――そして、それらに包囲され、今にも圧し折られそうな三つの微弱な生命の灯火が、はっきりと感知できた。
(血の臭いが風に乗ってきているな……。数は十。このねっとりとこびりつくような不快な気配の質は、なんの群れだ?――よし、ここから切り替える)
俺は深く息を吸い、新スキルを起動した。
――【潜伏】、オン。
その瞬間、俺の身体の輪郭が世界からふっと消え去る。ここからは、一瞬の油断すら許されない時間制限付きのゲームだ。
俺は背嚢の紐をきつく締め直し、地面を蹴った。音もなく、しかし突風のような速度で木々の影へと滑り込んでいく。
「クソッ……! なんでこんな浅い森に群れがいるんだよ……っ!」
「ハル、魔法の詠唱を急いで! 私が前を維持するから!」
「無理だよカイン、数が多すぎる……! うわあああ、後ろからも来てるっ!」
鬱蒼とした木々の隙間で、三人の若い冒険者たちが背中合わせになって絶望に震えていた。
装備の初々しさや, 無駄な動きの多さからして、まだギルドに登録したばかりの新人だろう。
前衛を張る、大剣を構えた赤髪の女剣士が一人。後ろで冷や汗を流しながら杖を握りしめる男の魔術師が一人。そして、クラブを抱えてガタガタと震えている筋肉質な男の回復術士が一人。
彼らを取り囲むのは、下卑た濁った目をぎらつかせる十体のゴブリン。
そのうち、前衛の五体は新人たちを弄ぶようにジリジリと追い詰めており、後方の高い木の上には、毒矢を番えた『吹き矢兵』が五体、完全に死角から魔術師と回復術士の喉元を正確に狙っていた。
(……木の上に吹き矢が五体か。マズいな)
葉の擦れる音とわずかな呼吸音から、死角に潜む遠距離職の位置を完璧に割り出した俺は、即座に脳内で戦術の組み立てを開始する。
いくら『空間会計』が五メートルの絶対射程を誇るとはいえ、あいつらに高い木の上から一斉に毒矢を放たれたら、こちらに防ぐ盾はない。奇襲において、遠距離攻撃持ちの息の根を真っ先に止めるのは、鉄則中の鉄則だ。
だが、木の上の五体へ間合いを詰める一瞬の隙に、前衛のゴブリンが新人二人の喉をブチ抜くだろう。
(なら、リソースを割いて同時処理するまでだ。――)
俺は全身を襲う無呼吸運動のような猛烈な圧に耐えながら、音もなく前衛と後衛の中間地点――すべての標高と距離が五メートル以内に収まる『死の交差点』へと滑り込み、能力を解放した。
(まずは新人二人を狙う前衛ゴブリンの視界を物理的にジャックする――『決済』!)
パッ! と、新人2人の背後から飛びかかろうとしていたゴブリン2体顔面に、突如として二枚の『千円札』が出現した。
異世界の魔物からすれば、目の前がいきなり謎の紙で完全に覆われ、糊で張り付けられたような形だ。
「ギャッ!?」
「ゴブッ!?」
いきなり光を奪われた前衛のゴブリンたちが、空中で衝突し合いながら派手に地面をごろごろと転がる。
その一瞬の混乱の隙に、俺は木の上の吹き矢兵たちへ一気に踏み込んだ。絶対射程内。意識のピントを完璧に合わせる。
(吹き矢兵五体。5体同時に、十円玉四枚、五百円玉一枚を――胸腔、心臓の内部へ『空間会計』!)
ボボボボボッ!!!
(連続で貨幣を決済、回収する)
木の上から、肉が内側から弾けるような、鈍く不気味な破裂音が五つ同時に響いた。
ゴブリンたちの胸の奥、血液を送り出す心臓の内部。そこに何枚か冷酷な硬貨が強引に物質化し、心臓そのものを内側から木っ端微塵にブチ破ったのだ。
「――が、はっ……」
吹き矢を構えた姿勢のまま、五体の吹き矢兵はまともな悲鳴すら上げられずに木の上からバラバラと地面へ落下し、泥の上でピクピクと痙攣して即死した。
「な、何が起きたの……っ!?」
女剣士が裏返った驚愕の声を上げるが、俺の会計はまだ終わっていない。
俺は間髪入れずに、地面を見下ろして次のコマンドを冷徹に唱える。
「――『回収』」
パッ、と息絶えた吹き矢兵の胸から硬貨が消え去り、俺の財布へと一瞬で舞い戻る。使った元手は一円のロスもなく手元に戻る。
そして俺は、千円札の目隠しを食らって泥まみれになりながら慌てふためいている2体を合わせて、残り5体の前衛ゴブリンへと視線を向けた。フードの奥で、俺の瞳が冷酷に細まる。
「お前たちも、まとめてここで会計だ」
バババババッ!!!
同じように、十円玉と五百円玉の質量が、前衛五体の心臓を内側から正確に撃ち抜いた。
さっきまで下卑た笑みを浮かべていたゴブリンたちは、自分がなぜ死ぬのか、何が起きたのかさえ理解できないまま、胸からどす黒い血を吐いて一斉にドサリと崩れ落ちた。
わずか数秒。完璧な隠密単独殲滅の完了だ。
「『回収』」
使った金を一瞬で引き揚げると同時に、俺は【潜伏】を解いた。
「ぷはっ……!」
と、喉の奥から一気に激しい呼吸が漏れ、引き締まった筋肉が急速に弛緩していく。凄まじい疲労感だが、リターンは十分だ。
新人の三人からすれば、ゴブリンたちが突然内部崩壊して全滅したかと思ったら、その中心に、黒い防具を纏ったフード姿の男が『最初からそこに佇んでいた』かのように、唐突に姿を現したのだ。
「あ、あの……あなたが、助けてくれたんですか……?」
魔術師の少年が、ガタガタと膝を震わせながら俺を見上げてくる。
女剣士も、腰が抜けたように剣を杖代わりにしながら、圧倒的な強者への畏怖と感謝が入り混じった目で俺を見ていた。
「怪我はないか?」
「は、はい! ありがとうございます! 俺たち、登録したばかりの新人パーティで……本当に死ぬかと……!」
涙目で何度も頭を下げてくる三人。
そんな彼らの様子を観察しながら、俺はふっと、クラブを握りしめて震えているゴツイ男に目を留めた。
(……ん? こいつ、さっき背後から仲間に向けて回復魔法の詠唱をしようとしてたよな。ってことは、こいつがこのパーティの回復術師か)
異世界ファンタジーの定番なら、回復役といえば清楚で可愛い聖女か女の子と相場が決まっているものだが。
(……回復役は女の子じゃないんかいっ!!)
思わず脳内で全力のツッコミを入れてしまった。
だが、すぐに俺はフッと息を吐き、頭を振る。
(いや、いかんいかん。ゴッツイ男の回復術師がいたって何の問題もない。完全に俺の元の世界の偏見だな。反省しよう)
「あ、あれ?この前冒険者ギルドの扉で手こずってた兄さんですか?」
「え、あ、そうです!あの扉重くて笑
あの時は本当に助かりました。」
(あ、あの女剣士だったのか。あの時は恥ずかしい場面を見せたなーー。)
「あの、もしよければ……!私たち『暁の百合』に入ってくれませんか?」
急に、前衛の女剣士が真剣な顔で俺の手を握ってきた。顔を真っ赤にしながら、必死に言葉を紡ぐ。
「私たちはカイン、ハル、トアの三人パーティです!あなたのような凄腕の冒険者がいてくれたら、本当に心強いです……! もし迷惑でなければ、私たちのパーティに入って、力を貸していただけませんか!?」
魔術師の少年ハルも、また、ゴツイ男の回復術師のトアも、仲間の手当てをしながら「お願いします!」と縋るような目で俺を見つめてくる。
初めてのパーティの勧誘。
元ゲーマーの効率厨としての脳が、瞬時にメリットとデメリットを天秤に掛ける。
20歳の浪人生であり、あちらの世界では実質ニートだった俺の脳裏に、かつての記憶が不意に去来した。
(――必死だな、こいつら)
この、合格ラインに届くかどうかも分からないのに、ただがむしゃらに、泥水をすするような思いで明日の希望にすがりつこうとする姿。
それは、ただ部屋に引きこもって現実逃避を続けていた「20歳の浪人生」の自分ではなく――まだ人生を諦めていなかった頃、それこそ中学生の時、がむしゃらに机にかじりついて高校受験を頑張っていた、あの頃の自分の姿に、ひどく酷似していた。
(あの頃の俺は、不器用だけど、確かに必死に生きてた。今のこいつらは、まさにその境界線にいるんだな……)
マルタの件を隠れ蓑にするため、目立たない新人パーティに紛れ込むという合理的メリットもある。だがそれ以上に、このがむしゃらな若者たちを、かつて挫折した自分のようにここで見捨てて終わりにしたくない、という奇妙な感情が胸を突いた。
また、あの扉を親切に開閉してくれた恩もある。この女剣士がいなければ一生冒険者ギルドに行けないかもしれない。
「いいだろう。俺の名前はレン。暗殺者ジョブだ。……これからよろしくな」
「レンさん……っ! ありがとうございます!」
パッと顔を輝かせる三人。
彼らの笑顔を見据えながら、俺はフードの奥で、静かに、しかし冷徹なまでの野心を燃やしていた。
(入ったからには、生半加な育成はしないぞ。俺の効率的な戦術論と、安全かつ確実なレベリング理論を叩き込んで、こいつらをこの世界で『最強のパーティ』に育て上げてやる)
現代通貨を操る暗殺者レンが、ついに仲間を得た。
これが、新しい旅の始まりだった。
――だが、この時の俺は、まだ知る由もなかった。
この選択が、俺たちの運命をどれほど激しく狂わせていくことになるのかを。
あんなことになるなんて、この時の俺は、本当に思いもしなかったんだ。
(第6話 完)
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