第5話:角兎の会計(チェックアウト)
第4話まで読んでいただき感無量です!
第5話は初心者キラー角兎との戦闘です!ぜひ最後まで見ていって下さい!
数日間に及んだ下水路での引きこもりレベリング生活を終え、俺はギルドの換金所へと向かっていた。
さすがに精神的な疲労はデカい。
俺の【空間会計】は、あくまで『現代通貨(日本円)』しか対象にできない。異世界のアイテムボックスのように食料や荷物を空間にしまうなんて便利な芸当は不可能だ。
そのため、この数日間は、下水路で一定数の粘魔を狩っては一度地上へ上がり、宿に戻って食堂の温かいスープとパンで腹を満たし、少し仮眠を取ってはまた下水路へ潜る……という、地道で泥臭いピストン運動を繰り返していた。
そんなオフィスでのデスマーチさながらの効率主義的なレベリングの成果が、今、俺の手元にある。
俺は再び冒険者ギルドに行き、今度は他の冒険者が扉の中入る時に一緒に通り、窓口に集まった袋をドサリと置いた。
中に入っているのは、千円札ハメ技によって「傷一つなく」回収された、大量の粘魔の魔力核。その数、実に748体分。
「――な、これ全部あなたが一人で!? しかも、どれも信じられないくらい綺麗に核が残っているわ……!」
受付の姉ちゃんが目玉を飛び出させんばかりに驚愕している。普通は武器で叩き潰すからコアが割れて価値が落ちるが、俺のは水分だけを蒸発させる完全無欠の脱水処理だ。品質はすべて最高級である。
「粘魔の魔力核、最高の状態のものが748点ですね……! 本来なら1点につき1銅貨ですが、これほどの美品であれば、1点あたり10銅貨で買い取らせていただきます!」
提示された合計金額は、74銀貨80銅貨(約74万8,000円)。
大手企業の給料ほどの大金が、ドサリと俺の懐に転がり込んできた。
宿代と防具代で削られていた軍資金が一気に跳ね上がる。これだから効率厨のレベリングはやめられない。
(よし、十分すぎる軍資金もできた。次は予定通り、街の外の草原エリアだ)
草原に何日も籠もるなら、飯のためにいちいち街に戻るピストン運動は時間のロスだ。
俺はギルドの売店や露店を回り、日持ちのする干し肉と固焼きのパンを数日分買い込んで、新調した背嚢へ隙間なく詰め込んだ。
さらに、俺は裏通りの武器屋へと足を向けた。
基本は五メートルの絶対射程内でハメ殺す戦法だが、不意の奇襲で間合いを詰められたり、万が一にも日本円の残高が底を突いた時のためのバックアップが必要だ。
店主に銀貨を数枚支払い、これといった特徴のない、ごく一般的な鉄の短剣を一本購入する。それをアサシン防具の腰の後ろへ、いつでも抜けるように忍ばせた。
「よし。これで食料も、最悪の事態への備えも万全だ」
ここからは純粋な効率勝負。
フードを深く被り、荷物を背負い直した俺は、リスタッタの重厚な城門をくぐって外の世界へと踏み出した。
目の前に広がるのは、のどかな大草原。
だが、ここは初心者がよく命を落とす危険地帯でもある。ターゲットは、この背の高い草むらに潜む『つのウサギ』。
一見、ただの可愛いウサギだが、額から生えた一本角は鉄の盾をも貫く破壊力を持つ。しかも、草むらに気配を消して潜伏し、通りかかった冒険者の死角から時速100キロを超える速度で喉元を突き刺してくるという、最悪の「初見殺し」モンスターだ。
(普通なら、どこから来るか分からなくて神経をすり減らすステージだが……)
俺はふっと口元を歪め、脳内でジョブスキルを起動した。
(【索敵】、オン)
その瞬間、第六感とでもいうべきか『気配の網』が展開される。
草むらのあちこちに、ギラギラとした【赤い光(明確な敵意)】が点灯した。
――その直後だった。
ガサッ!!! と、俺の視界の完全に『死角』にあたる、左後方の草むらが爆発したように揺れた。
時速100キロの肉弾戦車と化した角ウサギが、俺の喉笛を目がけて一直線に飛び出してくる。額の角が、キィンと不吉な鋭さで陽光を反射していた。
――速い……ッ!!
音を聞いてからでは絶対に間に合わない。もし俺に、周囲の敵意を100%感知する【索敵】スキルが無かったら、今の一撃で間違いなく喉をブチ抜かれて即死していただろう。冷や汗が背中を伝う。
だが、「索敵スキル」のおかげで「いつ、どこから、どう飛び出してくるか」をコンマ秒単位で先読みしていた俺は、寸前で身体をわずかにずらし、その突進の軌道上――空中に浮かぶウサギの喉元の内側へと、決済座標をロックした。
「お前のその命――ここで会計だ」
パッ、とウサギの気管のド真ん中に、冷たくて硬い「500円玉」が出現した。
「キッキキッ!?!?!?!?」
突進していたつのウサギは、空中で突然、自分の口の目の前に直径2.65cmの金属塊が出現したことで激しく動揺したのか鳴き声をあげた。
当然、時速100キロの突進の慣性が、喉に500円玉が入ることを拒絶することなく衝突、自分から喉をブチ破る形になる。
ドサッ!!!
着地と同時に、角ウサギは泡を吹いて痙攣し、そのままピクピクと足を震わせて絶命した。
外傷は一切ない。ただ、突進のスピードをそのまま利用されて、内側から窒息・内部破壊されただけだ。
俺は死体を見下ろし、脳内で次のコマンドを唱えた。
「――『回収』」
パッ、とウサギの喉の奥から500円玉が消え去り、俺の手元へと一瞬で舞い戻る。
返ってきた硬貨には、ウサギの血も脂も一滴すら付着していない。完全な新品状態だ。
(……危ねぇ。本当に【索敵】があって助かった。だが、タイミングさえ分かってしまえば、つのウサギ相手なら500円玉の質量でワンパンだな。消費した元手は実質0円。これぞノーリスク・ハメ殺しだ)
本来ならただの手元に小銭を出すだけの無能スキル『手元会計』。それが空間全域をレジに見立てる『空間会計』へと昇華したことで、異世界の戦闘バランスは完全に崩壊していた。
「さて……俺のレーダーにはまだまだ赤い点がウジャウジャいるな。一匹残らず決済してやるよ」
それからの俺は、まさに草原の死神だった。
草むらに隠れて不意打ちを狙う角ウサギを、【索敵スキル】で位置を見切り、飛び出す前に心臓へ500円玉をロック。影から一方的に死を送り届ける。
ザシュッ、ドサッ、ピクピク。
決済、回収。決済、回収――。
機械的な作業のように、草原の角ウサギを片っ端から倒していく。
数日後。俺が歩いたあとの草原には、傷一つない角ウサギの死体が山のように転がっていた。
そして、何百匹目かのウサギが『回収』の光と共に絶命した瞬間、俺の身体がふっと軽くなり、世界から「自分の存在」が消えていくような奇妙な感覚に包まれた。
(これが【潜伏】……。なるほど、ただ隠れるんじゃない。自分の発する音、匂い、魔力、そして『気配』そのものを完全に周囲に同化させて消せるのか)
試しに近くを通りかかった角ウサギの前を堂々と歩いてみたが、目の前を横切っても全く気づく気配がない。
レベル30。
半径100mの配置を把握、またあらゆる殺意を見通す【索敵】。自分は気配を消しこれで誰にも気づかれずに接近し、気づかれずに【空間会計】の効果範囲内に近づけ体内に弾丸(硬貨)を撃ち込み、実質0円で引き揚げる。
誰も姿を捉えることすらできない、完全無欠の『暗殺者』としての基盤が、今ここに完成。
俺は大量のドロップ素材を見下ろしながら、暗闇のフードの奥で、冷酷にほくそ笑んだ。
(第5話 完)
第5話をお読みいただきありがとうございました!
見事レベル30に到達し、【索敵】と【潜伏】という、暗殺者としてこれ以上ない最強のバディスキルを揃えたレン。
次回、第6話。
大量のウサギの素材を抱えて帰路につくレンの【索敵】が、複数の邪悪な気配――そして、絶望に震える「人間の気配」を捉える。
森の中でゴブリンの群れに襲われ、絶体絶命の窮地に陥る冒険者たち。
レベル30、完全無欠の『暗殺者』となったレンの、初めての対集団・隠密殲滅戦闘が幕を開ける――!




