第4話:粘獣の会計(チェックアウト)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
前回、粘魔の酸を浴びて私服をドロドロに溶かされ、屈辱の敗走を喫したレン。
しかし、本屋で見つけた『モンスター攻略本』から、日本の紙幣技術とスキルの「質量」の盲点を突いた最強のハメ技を閃きます。
知略型ゲーマーによる、効率最優先のハメ技リベンジ劇をどうぞ!
「……クソ、マジで冷えるし臭ぇな」
俺はスライムの酸で襟元や袖がドロドロに溶けた私服を引っつかみながら、不快感に顔を歪めていた。下水路の生臭い粘液を浴びた状態で街をほっつき歩くわけにもいかない。俺は周囲の白い目を避けるように、急ぎ足で一度宿へと戻った。
宿に駆け込むなり、俺は湯浴みをする。
備え付けの浴室で、じわじわと皮膚を焼いていた微弱な酸と、鼻を突く下水の臭いを綺麗に洗い流す。さっぱりしたところで、俺は一階の受付にいる宿屋の親父の元へと向かった。
「親父、この辺りで軽くて丈夫な装備を扱ってる、防具屋を教えてくれないか?」
「あん? 装備新調か。それなら、ここを出て二つ先の角を右に曲がったところに、ドワーフの偏屈オヤジがやってる店がある。腕は確かだぞ」
「助かる」
俺は親父に礼を言うと、教えてもらったルートを頭に叩き込んで宿を出た。
飛び込んだ防具屋の親父に予算を告げ、店内を物色する。
戦士用の重い鉄の胸当てなんかは今の俺にはただの重りだ。【空間会計】の射程である5メートル以内に音もなく近づくためには、とにかく軽さと足音が響かないことが最優先。
そこで俺が選んだのは、暗殺者御用達の、黒を基調とした軽めで丈夫な布製の防具一式だった。
「お買い上げ毎度。銀貨1枚と銅貨50枚だ。」
(日本円換算すると約1万5000円か……。)
マルタから毟り取った貴重な資金から支払う。残る現地通貨は銀貨1枚と銅貨45枚。本代と防具代、そして湯浴み代で早くも予算の大半が飛んだ計算になるが、これは必要経費だ。
店の裏手でさっそく着替える。
防具を身に纏い、フードを深く被ると、鏡の中にはすっかり様になった「アサシン風の男」が映っていた。心なしか、布の擦れる音も前の私服より圧倒的に小さい。
(よし、装備のコーティングは完了だ。待たせたな、クソアメーバ。第二ラウンドといこうじゃねえか)
俺は新品の防具のフードを軽く直し、今度こそ迷いのない足取りで、急ぎ足で下水路へと引き返した。
再びやってきた下水路。先ほど俺の服を溶かしてくれたスライム――粘魔が、相変わらずのんきに這い回っている。
俺は壁の影から息を殺して接近する。4メートル、3メートル……。
出現位置(決済座標)を液魔の体内の中心部に設定し、俺は脳内でコマンドを猛烈にイメージした。
「お前のその体――ここで会計だ!」
パッ、と液魔の体内に千円札が出現する。
硬貨とは比べ物にならない超軽量の紙幣は、俺の思考速度と完全に同期し、恐ろしいほどのキレで決済と回収を繰り返す。
(回収、決済、回収、決済、回収、決済……ッ!!)
シュパパパパパパパパパパパパパパパッ!!!
暗闇の中で、緑色のゼリーが狂ったように波打ち、凄まじい速度で明滅を繰り返した。
予想は完璧に的中した。
出現するたびに、カラカラに乾いた日本の最高品質である和紙が、粘魔の命である水分(液状の魔力)を「一口ずつ」確実に強奪していく。
私たちが日常で使うお札が、異世界の魔物にとっては最悪の乾燥兵器と化していた。そして回収を念じるたびに、水分は空間の彼方へと消え去り、再び新品の乾燥状態で体内に舞い戻る。
「――ッ!?!?!?!?!?」
声なき悲鳴を上げ、パニックを起こす液魔。だが、体内で起きている「質量の盲点を突いた超高速の強制脱水ハメ技」から逃れる術などない。
ジュ、ジュウウウウウウウウウッ!!!
わずか十数秒の間に数百回の連打が走り、まるで沸騰した熱湯をかけられたかのような音が響いた。
みるみるうちに全身の水分を「毟り取られた」粘魔は、形状を維持できなくなり、急激に萎んでいく。
そして――パリ、と乾いた小さな音がした。
水分を完全に失い、カラカラに蒸発した粘魔は、中心の魔力核もろとも塩の柱のように崩れ落ち、ただの灰となって霧散した。
あとに残ったのは、床に転がる小さな魔力核(魔石)だけだ。
「よし、魔力核は無傷だな」
転がった魔石を拾い上げ、俺はほくそ笑んだ。
もし最初の作戦通り、500円玉の質量でコアを物理的に押し潰して倒していたら、この魔力核まで一緒に粉砕されて売り物にならなくなっていたところだ。だが、千円札の脱水ハメ技なら、コアを一切傷つけずに水分だけを綺麗に蒸発させられる。
(経験値が稼げて、ドロップアイテムも100%綺麗な状態で回収して売れる。最高じゃねえか。あの時クソ真面目にコインを当てようとしなくてマジで良かったわ)
財布に戻った千円札は、一滴の水気すら残っていない完全な新品状態。バラバラに破けでもしない限り、回収すれば元通りになる仕様のおかげだ。
消費したリソースは、俺の精神的疲労だけ。天敵のはずのスライムを、金策の効率まで最大化しながらハックしてのけた。
(よし……この効率なら、いける!)
それからの数日間、俺は下水路に引きこもり、ひたすらスライムを効率的に間引き続けた。
迫り来るスライムを、千円札の爆速連打で片っ端から蒸発させていく。
そして、何百匹目かのスライムが灰となった瞬間俺の脳内にドッと未知の感覚が流れ込んできた。
視覚や聴覚を超えた、圧倒的な『気配の網』。
(……すごいな。半径100メートル以内の全生物の配置が、手に取るように分かる。それだけじゃない。俺に向けて放たれる『明確な殺意』や『敵意』が、まるで暗闇の中の松明みたいにギラギラと強調されて感知できるぞ……!)
不意打ちを防ぎ、同時にこちらからは確実に不意打ちを決めるための、最高のスキル【索敵】を手に入れた。
足元に転がった、傷一つない大量の魔力核を袋に詰め直し、俺は暗闇の中で冷酷にほくそ笑む。
残弾2,540円。レベル20。
これでようやく、この治安の悪いリスタッタの街で、本格的な「暗殺者」としての狩りを始める準備が整った。
(第4話 完)
第4話をお読みいただきありがとうございました!
日本の紙幣による、まさかの「超高速リロード・脱水ハメ殺し」。
無事にレベル20に到達し、半径100mの殺意まで見通す壊れレーダー【索敵】を手に入れたレンですが、次回はこの能力がさっそく「ある反応」を捉えることに――?
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