第3話:登録の会計(チェックアウト)
前回、悪徳鑑定士マルタと護衛のガルドを、身近な「小銭」を使ったハメ技で分からせたレン。
今回は、カツアゲした軍資金を手に、いよいよ冒険者ギルドへの登録、そしてファンタジーの定番「最弱モンスター」との初陣です。
……が、異世界の洗礼はそんなに甘くはなかった!?
翌朝、俺は今までのことは夢であって現実に戻って欲しいと思いながら目を覚ました。
「はあ、これが今の現実か……。」
気を取り直して今は冒険者ギルドだ。
顔を洗い宿のおじさんに挨拶をして外に出る。
しばらく歩いた先で唐突に言われた。
「ねぇ、おじさん」
三つ編みの幼い少女に足を止められる。
「おじさんじゃなくてお兄さんな」
おれは初めておじさんと言われたことに若干怒りを覚えながら言った。
「こねこがきのうえにいるの、わたしのミャーコ、とってほしいの」
おれはまあ朝のいい運動にはなるだろうと思い背を伸ばす、だがギリギリ届かない。
(仕方ない、あれを使うか)
俺は空間会計で子猫の前にキラキラと輝く10円玉を決済する。
(これで誘導できたら良いが)
すると子猫は10円玉に飛びついてくれて無事キャッチし子猫を少女に渡すことができた。
「ありがとうおじさん、銀貨あげる」
「おじさんじゃないって…いやっ銀貨⁈」
マルタから教わった金の価値って本当なのだろうか?
ある程度この世界の金の価値を知ってるものなら誰しもが驚くだろう。
「昨日の夕方のパン屋のおじさんもこうだったのかな。」
「パンやのおじさん?だれー?」
子猫を抱えた三つ編みの少女が言う。
「君にはは関係ないよ、お金に困ってたんだ。ありがとう。今度は子猫から目を離すなよ!」
嬉しい誤算だ。ほぼ現代通貨が使えない今、一文なしの自分にとっては大変ありがたい。
道すがら、俺は市場の屋台や道具屋の看板を盗み見て、この世界の経済感覚を頭に叩き込んでいく。
串焼き1本が小銅貨40枚。粗末な鉄の短剣が銅貨50枚。
マルタの言っていた通りだ。この街の物価は「小銅貨1枚=約1円、銅貨1枚=約100円、銀貨1枚=約1万円」のレートでほぼ間違いない。
あの時パンをたくさん買ってたらどうなっていたのやら。そんなことを思い冷や汗を流しながら、俺はギルドの重い扉を開ける。開ける———。開かない。
いや、本当に重い、なんだこの扉は、バリアフリーって概念がないのか?
「なんだ?兄さん、ここの扉も開けないのか?」
一度も戦闘をしたことがなさそうな赤髪の女剣士が嫌みを言いながらも通してくれる。
そのままガラの悪い冒険者たちが騒ぐ酒場を通り抜け、受付の前へと進む。
「冒険者の登録をしたい」
「はい、承ります。担当のミリーです。……あ、あなたがレンさんですか?」
受付嬢のミリーは、手元の引き継ぎ資料に目を落として引きつった笑みを浮かべた。
「ええと……鑑定士のマルタさんから『手のひらに小銭を出すだけの、戦力外のスキル持ち』という報告が上がっていますが……お間違いないでしょうか? 普通、その固有スキルでしたら、ここではなく【商人ギルド】へ登録しに行くものですが……本当に冒険者ギルドでよろしいのですか?」
(よし、ババアはちゃんと口を噤んだな。俺にとって『無能』と思われることほど都合のいいカモフラージュはない)
「ああ、間違いない。それで登録してくれ」
「う、そ、そうですか……。それではこちら、あちらの大きな看板をご覧ください。当ギルドで選択可能な一般的な初期ジョブの一覧になります。ここからご自身の好きなジョブを1つ選んでいただく形になりますが……」
ミリーは手元の書類にある、俺のステータス表をじっと見つめ、驚いたように声を弾ませた。
「あ、レンさん! あなた、体力や防御力、攻撃力は一般人以下ですけど、『知力』の数値だけは異常に高いですよ! これなら、命を懸けて前線で戦うよりも、絶対に『精霊術士、召喚術師、結界師、軍師』に向いてます! 安全な後衛から呪文を唱えるのが一番ですよ!」
知力が高い――あっちの世界で、クソ真面目に高校受験の勉強を頑張っていた頃の遺産が、ステータスに反映されているらしい。ミリーは親切心から魔術師を勧めてくれている。
だが、俺の目は看板の片隅、一番下にひっそりと書かれた、不穏な黒い文字に釘付けになっていた。
「いや、精霊術師などにはならない。……受付さん、この『暗殺者』のジョブについて聞きたい。ここに書かれている通り、【索敵】、【潜伏】のスキルが、レベルアップで確実に誰でも手に入るんだな?」
「えっ!? あ、暗殺者ですか……っ!?」
ミリーはガタッと椅子を鳴らして驚愕の声を上げた。周りの大柄な冒険者たちからも、
「おいおい、あのモヤシっ子が暗殺者だってよ」
とクスクス笑う声が聞こえてくる。ミリーは引きつった顔で俺の顔を覗き込んできた。
「は、はい……暗殺者のジョブに就けば、20レベルで【索敵】、レベル30で【潜伏】が誰でも自動で解放されます。ですけど、アサシンは身のこなしや高い身体能力が求められる、非常に危険で物騒な戦闘職ですよ!? レンさんのそのステータスで選ぶなんて正気ですか……っ!?」
「ああ、問題ない。『暗殺者』で登録してくれ。登録料はいくらだ?」
俺がピシャリと言い切ると、ミリーは
「わ、分かりました……」
と圧倒されたように肩をすくめた。
「……登録料は銀貨1枚になります。ジョブの選択は人生で一度きり、変更は不可能です。……それでは、こちらの魔導水晶に触れて、ご自身のジョブを選択してください」
お礼に貰った銀貨一枚を使いレンは水晶に手を触れる。
『――【暗殺者】に就職しました』
よし、まずはこれでいい。だが、特に何かが変わったようには思えない。やはりミリーの言った通り、スキルはいきなり手に入るわけではなく、レベルを上げることで順次解放されていくらしい。
(まずはレベル上げか。安全に狩れる最下級モンスターのスライムで、手っ取り早く経験値を稼ぐとするか)
俺はギルドの依頼板から、初心者向けの「下水路のスライム討伐」を引き剥がし、ドアの開閉をさっきの女剣士に手伝ってもらいそのまま街の下水路へと向かった。
だが――俺はそこで、異世界の洗礼を浴びることになる。
薄暗く生臭い下水路。目の前をペチャペチャと変幻自在に這い回る半透明の緑色の塊、スライム。
俺は息を殺して5メートル以内に近づき、奴の体内に向けて10円玉を決済した。
「そこだ!」
パチリ、とスライムの体内に10円玉が出現する。しかし、金属のコインは緑色のゼリーの中でプカプカと浮くだけで、スライムは何のダメージも受けていない様子で平然と動き続けている。骨も喉もないから、ガルドを仕留めた窒息技が全く通用しないのだ。
(チッ、なら……コアを直接潰す!)
スライムの体内をよく見ると、中心で怪しく光る小さな核があった。俺はそこに500円玉を重ねて出現させようと試みる。だが、コアはゼリーの流動に合わせて常に不規則に動き回っていた。
「……あ、クソッ、当たんねえ!」
狙いを定めて「出現(決済)」させようと念じるたびに、コアがするりと位置を変える。
そうして脳内で焦っている一瞬の隙を、野生の魔物は見逃さなかった。
ペシャッ! と不快な音を立てて、スライムが地面を蹴って跳躍した。
「おわっ!? ――ぶふぇっ!?」
避ける間もなく、緑色の粘液の塊が俺の顔面に思いきりぶつかってくる。
衝撃自体は重いクッションで殴られた程度だったが、問題はその性質だ。鼻腔を突く生臭い匂いと、ドロドロとした不快な感触が顔中に広がる。おまけにスライムの体液は微弱な酸性らしく、じわじわと皮膚が焼けつくように痛み、着ていた服の襟元がジュウ…と音を立てて溶け始めた。
「っつ……!? 汚ねぇなチクショウ……ッ!」
慌てて顔の粘液を袖で 拭い落とすが、スライムはすでに次の体当たりを仕掛けようと体を波打たせている。5メートルの距離から、動き回る数センチの的をピンポイントで打ち抜くなんて、今の俺の技術じゃギャンブルが過ぎた。
これ以上小銭を無駄撃ちして、服と一緒に体まで溶かされるわけにはいかない。俺は迫り来るスライムから逃げるように、命からがら下水路を飛び出した。
「ハァ、ハァ……クソ、最弱の雑魚敵に手も足も出ないとか、笑えねえぞ……」
悔しさと焦りがこみ上げる。情報をケチったのが敗因だ。
俺はそのまま街の本屋へと走り、カツアゲした資金から銀貨1枚(約1万円)という大金を支払って、お目当ての『モンスター攻略本』を貪るように読み漁った。
『最下級魔獣:スライム。全身が液状の肉体であり、弱点となる【心臓】すら存在しない。中心にある小さな魔力核を破壊しない限り、物理攻撃はほぼ無効である』
本に書かれていたのは、さっき身を以て知った絶望的な事実だった。
どうやってあの流動する液体を仕留めるか。俺はベンチに腰掛け、財布を開いて自分の残弾を見つめた。4枚の10円玉、1枚の500円玉。そして――2枚の「千円札」。
(……待てよ。スライムの肉体って、要するに『魔力を帯びた水分』だよな? だったら……)
ニート時代にネットの雑学で見た知識が、ゲーマーの脳内でカチリと火花を散らした。
日本の紙幣。それは破れにくく、水に濡れてもボロボロにならない、世界最高峰の技術で作られた特殊な和紙の結晶だ。そしてその性質上、信じられないほどの吸水力を持っている。
さらに、俺はある『仮説』を思いつく。
(この【空間会計】の決済と回収のスピード……もしかして、物質の『質量』に比例してないか? 金属の硬貨を出し入れする時はわずかにタイムラグがあるが、圧倒的に軽い『紙幣』なら、硬貨の何倍もの速度で超高速連打ができるんじゃねえか……!?)
【空間会計】の射程は半径たったの5メートル。
だが、紙幣の軽さを利用したこのハメ技なら、わざわざ動き回る小さなコアを狙い撃ちする必要すらない。ただスライムの体内で出し入れを繰り返すだけで、全身の水分を根こそぎ奪える。
(試してみる価値はあるな。リベンジだ、クソアメーバ)
俺は不敵に笑い、再び下水路へと足を進めた。
(第3話 完)
第3話をお読みいただきありがとうございました!
3話目まで読んでいただきとても嬉しいです!
次回4話はスライムをぶっ倒しまくる物語になると思います!
4話目もお願いします!




