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第2話:情報の会計(チェックアウト)

ゲーマーニートの本領発揮となる第2話、ぜひお楽しみください!

「ひっ……!? ひいいいいいっ!!」


 松明の火が消え、月明かりだけが差し込む薄暗い宿の一室。


 鑑定士の老婆――マルタは、床に崩れ落ちてピクリとも動かない用心棒のガルドと、俺の顔を交互に見ながら、歯をガタガタと鳴らしていた。


 そりゃそうだ。自分の雇ったプロの用心棒が、最弱の商人スキルしか持たない若造を前に、何もできずに一瞬で窒息気絶させられたんだから。


「た、助けておくれ! 悪かった、あんたを奴隷市場に売り飛ばそうなんて、ちょっとした冗談だったんだよぉ!」


 床に額を擦り付けんばかりに命乞いを始めるマルタ。


(俺を悪魔かなんかだと思ってるのだろうか、だがこれは好都合だ)


 俺はふぅ、と息を吐き、ベッドの端に腰掛けた。


 心臓はまだ早鐘を打っているが、ここで弱気を見せるわけにはいかない。

俺はポケットから財布を取り出し、手元でパチパチと10円玉を出し入れしてみせた。その金属音が、今のマルタにはカウントダウンの死神の足音のように聞こえるはずだ。


「おばさん。まずは聞きたいことがあるんだ。」


「な、何でも言う通りにする! だからその、呪いだけは勘弁しておくれ!」


(じゃあ、まずは実験だ)


 俺はマルタがさっき床に投げ捨てた『500円玉』に意識を向けた。

「回収」と念じると、床にあった500円玉がパッと俺の財布の中に戻る。ここまではいい。

 次に、俺はマルタが腰の巾着袋に入れているであろう、この世界の硬貨(現地通貨)に意識を向けた。あの袋の中の金を、直接俺の財布へ『空間会計』で引き抜く――。


(……あ。ダメだ)


 頭の中に、冷たい拒絶感だけが返ってきた。エラーコードを叩きつけられた気分だ。

 何度念じても、マルタの財布からコインが移動する気配はない。 


(なるほどな……。この【空間会計】ってスキル、俺が最初から持っていた『日本通貨』しか認識しない仕様なんだ。異世界の硬貨や紙幣は、システム上まったく使えないわけか)


 背筋に冷や汗が流れる。


 つまり、俺の現在の全財産であり、唯一の武器の弾数は――。

 千円札が2枚。500円玉が1枚。10円玉が4枚。

合わせて、たったの2,540円。

紙切れが2枚、コインが5枚、これが俺の武器か。


 昼間、マルタから鑑定のお釣りで貰ったこの世界の銅貨は、さっき宿の親父に宿代として払っちまったから手元にはない。

マルタから500円玉は回収した。

つまり、俺の財布の中身は1円も減っていないフルリソース状態だが、もしこの2,540円から1枚でも紛失したり、回収不可能な場所に置き去りにすれば、二度と弾は戻ってこない。

 とんでもない縛りプレイだ。

 だからこそ、この人から「この世界で生き残るための情報」を毟り取る必要がある。


「おばさん。いくつか質問に答えてもらう。嘘をついたら、次はあんたの喉の奥にこれが現れると思って」 

「ひぃっ!」と短く悲鳴を上げて激しく首を縦に振るマルタ。


「まず、ここはリスタッタか?どんな街だ?」


「そ、そうさ、り、リスタッタって街さ!国境近くの交易都市リスタッタ! 旅人や流れの冒険者が多くて、裏じゃ奴隷の売買も盛んな、ちょっと治安の悪い街さね……!」


(リスタッタ、か。やっぱりろくでもない街に転移しちまったな)


「次。昼間、おばさんは俺のこの500円玉を見て金貨って言ったな。この世界の通貨について教えろ」


「この世界じゃ、白金貨、金貨、銀貨、銅貨、小銅貨

の5つが流通してるんだよ!

銅貨1枚があれば、リンゴ1個は買えるさね。

金貨1枚は銅貨10000倍の価値があるさね。

あんたのその偽金貨は、金貨と大きさが同じで色もよく似てた。」


「だからワシは、そんな大金を持ち歩く坊ちゃんかと思って 金貨を巻き上げようとしたんだよ。」


「でも、後で天秤にかけたら、本物の金貨より軽すぎた。だからワシを騙すための鉄クズの偽金貨だと思って用心棒を差し向けたんだよ!」


(つまり、マルタの話だと、銅貨は日本でいうところの『100円玉』みたいな感覚か? だとすれば、金貨1枚が100万、銀貨1枚が1万、銅貨1枚が100円、小銅貨1枚が1円ってとこか?)


 (なるほど、マルタは約100万円という桁外れな金額で鑑定をぼったくろうとしていたわけだな?

鑑定料にそんな金額かかる訳がないと思う。

そしてマルタはまんまと坊ちゃんが騙されたと思って偽金貨(500円玉)を喜んで受け取り後で天秤に掛けたら偽物だってことに気づいたのか。)


――パチッ、パチッ。


 俺は手元で10円玉2枚ををパチパチと決済、回収しながら、ぶつけ合い、まるでガラガラ蛇の威嚇のような音を出しながら次の質問を重ねた。


「次だ。昼間のステータスで気になっていたんだが、『ジョブ』って何なんだ? あと、『固有スキル』と普通の『スキル』の違いについても、正確に教えろ」


「じ、ジョブってのは、冒険者ギルドか商人ギルドにある『魔水晶』に手をかざすことで誰でも選べる『職業』のことさね……! だが、選択は人生で一度きり、一度決めたら死ぬまで二度と変えられねぇんだ……!」


――パチッ、パチッ。


「ひっ…!?固有スキルってのは、一人につき一つしか持てない特別なスキルだ… !非常に強力だったり、その人の本質や才能に最も適したものが発現するんだだ……。大体の人間は、その固有スキルを基準にして、自分に一番合ったジョブを決めるんだよ……っ!」


「じゃあ、普通の『スキル』は?」


「そ、そっちはそのジョブについてレベルが上がれば、誰でも獲得できる能力のことさね……! そのジョブにさえ就けば、誰でも得られるのがスキルなんだよ……!」


「次だ。この世界の『魔法』ってやつについて教えろ。どうやって発動させてる?」


「ま、魔法かい!? そんなの、体内の魔力を練り上げて、呪文を唱えて外に放出するに決まってるじゃないか! 火を出すなら手元から火球を飛ばすし、風を出すなら自分の周りに風を纏わせる。一流の魔導師だって、魔法を『詠唱して、纏わせ、飛ばす』のが絶対の基本さね!」


(なるほど。この世界の魔法は『自分の体から放出して飛ばす』という物理法則に従っているわけだ。

だからこそ、弾道を完全に無視して視界内の空間に直接10円玉を決済(具現化)する俺の【空間会計】は、こいつらにとって恐怖の対象でしかない)


 マルタは俺がパチパチと出す10円玉に怯えながらも必死に言葉を続ける。


「だ、だから、あんたみたいに呪文も唱えず、魔力の気配すら一切見せず、障害物を無視して『最初から標的の内部に攻撃を出現させる』なんて魔法、この世界の常識じゃありえないんだよ!」


「そんなことできるのは、神話に出てくる邪神の呪いか何かさね……!」 


 障害物(アーマーや盾)を無視して、視界の通る場所ならどこにでも弾を送り込める。

 このアドバンテージのデカさを再確認し、俺はほくそ笑んだ。


「よし、最後の質問だ。あんた、俺のステータスを『手元会計のバグ』って言ったよな……これを他の誰かに話したか?」 


「だ、誰にも言ってない! 宿の親父から『見慣れない服を着た子供泊まってる』って聞いて、ガルドには『イカサマの偽金貨でわしを騙したガキがいるから、捕まえて奴隷に売ろう』としか言ってないよ! 本当さ信じておくれ!」


「そうか。じゃあ、これからもそのままでいてもらおう」


 俺はベッドから立ち上がり、マルタの目の前まで歩み寄って、冷徹な声で見下ろした。


「明日から、街の奴らに『あのガキのスキルは、手のひらに小銭を出すだけのただのゴミスキルだった』と触れ回れ。」

「もし俺の本当のスキルを、一文字でも誰かに漏らしてみろ。……距離なんて関係ない。あんたがどこで何をしていようが、俺を裏切ったその瞬間に、あんたの心臓の内側へ10円玉をたっぷりと『生やして』やるからな」


「ひっ、ひいいいいっ……!!」


 マルタは自分の胸を両手で押さえ、顔面を蒼白にしてガタガタと震え上がった。肉体を内側から銅貨のトゲで破壊されるイメージでも想像したんだろう。


(ふん、かかったな。――本当は、効果範囲はたったの5メートル。しかも、こいつが裏切ったかどうかを遠隔で察知するスキルなんて俺にはない。完全にただのハッタリだ。だが、このババアにそれを確かめる度胸なんてあるわけがない)


「わ、分かった! 誰にも言わない、神に誓って絶対に言わないよぉ!」


「話は終わりだ。さあ、俺の機嫌が変わらないうちにその大男を連れてさっさと出ていきな」


「ひ、ひいいいっ! ありがとよ、命だけは助けてくれて……!」


 マルタは腰を抜かしながらも、必死になって大柄なガルドの腕を引っ張り、這う失せるようにして壊れたドアから出て行った。夜の廊下に、ズズズ……と重い体が引きずられていく音が遠ざかっていく。


(マルタ、あの容姿でこんな大男を運べるほどのパワーがあるのか…と驚いた。この固有スキルがなければおそらく本当にボコボコにされて奴隷にされていただろう)


 静寂が戻った部屋で、俺は再びベッドにドカリと横たわった。

 手の中にあるのは、奪い取った5枚の銀貨。

 そして、俺の本当の武器――財布の中の2,540円。無くさないようしっかりと握り締める。


(……よし、一晩の危機は脱した。だが、冷静に俺のスキルの仕様を整理しておかないと、次はマジで死ぬな)


 俺は天井を見つめながら、ゲーマーの脳をフル回転させて自分の弱点を洗い出す。


(【空間会計】の現在の効果範囲は、半径たったの5メートル。

もしこれ以上遠い距離から魔法や弓矢で狙撃されたら、俺は手も足も出ない。

おまけに、俺のゲームで鍛えられた動体視力でも今回の用心棒で攻撃がギリギリ見えたくらいだ。

そして、俺の残弾は『日本円』だけだ。

千円札は少し丈夫な紙切れ、10円玉や500円玉だって金属だ。

もし敵がゴリゴリの炎系の敵で、超高温の炎を浴びせられたら、決済した瞬間に弾が溶けるか燃え尽きる……。)


 近づかれたら終わり。遠くから狙われても終わり。炎系の敵が来たら終わり。

 つまり、俺がこの世界で生き残るための正解は、一つしかなかった。


(まず、敵に狙われてるのかも分からない。さっきのマルタ達の襲撃にも直前でしか気付けなかったしな。索敵スキルが必要だな。

正面から戦うなんて論外だ。敵に気づかれる前に5メートル以内に接近し、相手が魔法を唱える前に、不意打ちで確実に仕留める。潜伏スキルも必要だ。)


引きこもりニートだった俺の脳が、かつてないほど冷徹に、そして好戦的に回転し始めていた。


(第2話 完)

第2話をお読みいただき、ありがとうございました!

商人スキル×暗殺者ジョブの相性を考えるレン、ここからレンの本当の異世界サバイバルが始まります。

次回、第3話。

マルタからカツアゲした銀貨5枚、現金2540円を手にリスタッタの街へ繰り出したレン、暗殺者ジョブを目指し冒険者ギルドへと駆け抜けます!

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