第16話:奴隷の会計
地下市場の崩壊から数日後———。
俺たちは、街の目抜き通りから一本入った、重厚な石造りの古びた商館を買い取っていた。
ベンバルから没収した莫大な金貨と宝石。それは汚れた金だったが、俺たちにとっては、この街の巨大な「負債」と戦うための立派な軍資金だ。
「……ここなら、ハルの魔術研究もトアの回復術の鍛錬も、誰にも邪魔されずにできるな」
俺がそう言うと、トアは笑いながら頷いた。そして、俺の横で鼻をヒクつかせているのが、今回仲間に加えた犬の亜人、ドットだ。
経緯はこうだ。
かつてベンバルの荷物持ちだった奴隷、ドットは犬系亜人特有の極めて鋭敏な嗅覚を持っていた。彼は金銭の匂いだけでなく、隠された罠や構造、さらには財宝の在処さえも嗅ぎ分ける。荷物持ちとして、これほど優秀な人材はいない。
なので、スカウトした。
「……ドット、頼む。ベンバルが残した隠し財産や、罠が残っていないか、奴隷市場を隅々まで嗅いでくれ」
俺の言葉に、ドットは無言で頷くと、獣のような動きで館の床や壁を這い回った。
数分後、彼は書斎の壁の一角で立ち止まり、激しく鼻を鳴らす。
「……ここ。壁の裏に、別の空間がある。金と……死んだ奴隷の、匂いがする」
ドットが指差した先は、書斎の重厚な本棚の裏だった。ハルが【解除魔法】の術式を壁に描き、術式を解除すると、隠し扉が音もなく開いた。
そこには、大量の金貨と「上納金リスト」が収められた鉄の箱が隠されていた。
ハルが青い指で書類を広げ、絶句する。
「……これ、全部徴税局の公印だ。上納先は、街の徴税人『ゲイボルグ』……!」
リストの内容は、想像を絶するものだった。
ゲイボルグ。表向きは街の税を管理する徴税人。
しかしその実態は、徴収した税を私的に流用し、それを元手に奴隷を買う汚職の主だった。
ベンバルはその手下に過ぎない、汚れ仕事を代行するだけの集金装置だったのだ。
「武闘派徴税人ゲイボルグ……。法と暴力の両方を支配している男か」
トアが神妙な顔つきで呟く。ゲイボルグは法を盾にするだけでなく、自ら剣を振るい、滞納者の心臓を串刺しにする冷酷な武人としても恐れられている。
「……ベンバルを殺されたことで、ゲイボルグは激昂しているはずだ。奴は必ず、自分たちの不正会計を暴きかねない俺たちを排除しに来る」
俺はリストを懐に収め、窓から徴税局のある北の方角を睨んだ。ゲイボルグは武力に長けた男だ。奴は必ず、圧倒的な暴力を使って、俺たちを確実に消しに来るだろう。
「ベンバルという駒を失った今、奴は焦っているはずだ。自ら動くか、あるいは刺客を差し向けるか……」
ドットが俺の横で、鼻を鳴らしながら玄関の方を見つめる。彼の鋭い嗅覚が、街のどこかから迫りくる「ゲイボルグの悪臭」を捉えていたのだ。
「復讐か、それとも隠蔽か。……どちらにせよ、あちらから招待状が届くのは時間の問題だな」
徴税人ゲイボルグ。街の富と暴力を牛耳るその男が、俺たちの背後に迫る影を感じる。
(第16話 完)




