第14話:痕跡の会計
湿った路地裏。俺たちは足を止め、トアの回復術を受けていた。
カインを失い、復讐に燃える俺たちの体は、これまでの過酷な逃走と戦闘でボロボロだった。
「……耐えてくれ。レン、ハル」
大柄で筋肉質な男・トアが、丸太のような腕を震わせながら、俺たちの背に巨大な掌を添える。彼が放つ聖なる光は、俺たちの深く刻まれた傷や、疲労で悲鳴を上げる筋肉を優しく癒やしていく。トア自身の体も限界のはずだ。だが、彼はカインを喪った悲しみを、その広い背中の中に押し込めるようにして、ただ俺たちを守るためだけに力を振り絞っていた。
俺たちは、マルタの鑑定所から押収した資料を広げる。その中の一枚、厳重に封印された「二重帳簿」に、すべての汚濁が記されていた。
そこには、ベンバル子爵が裏で行っている違法奴隷売買の売上と、冒険者を「処理」するために支払った毒薬の経費、そして屋敷の地下に直結する秘密ルートが克明に記されていた。
資料に記された座標を確認する。ベンバル子爵家の地下に隠された闇の市場。そこが、すべての元凶だ。
「……間違いない。この地下道が、奴らの奴隷市場に繋がっている」
少年魔術師のハルが、青ざめた指先で地図をなぞる。彼の眼には、燃えるような怒りが宿っていた。
「この帳簿が正しければ、奴らは今夜、大規模な『出荷』を行う。ここで潰せば、奴らは完全に破綻する。……カインの仇を討つんだ」
カインという、パーティの光だった女剣士を失い、俺たちの絆は一度、音を立てて砕け散った。
だが、今の俺たちに必要なのは、彼女がいつも先頭に立って開けてくれていた重い扉を、自分たちの手で押し開く強さだ。
「……付いてこれるか。相手は街を牛耳る貴族だ。これはただの討伐じゃない、権力に対する宣戦布告になる」
俺は懐の硬貨を握りしめる。
トアの強靭な肉体と癒やしの手。ハルの正確な援護魔法。そして俺の、距離を無視して心臓を射抜く【空間会計】。
(今度は、誰一人として失わない。……必ず、全額精算してやる)
俺たちは、薄汚れた鉄の扉の前に立った。
カインがいないこのパーティには、かつてのような温かい調和はない。だが、その代わりに俺たちには、共有する深い喪失感と、それを埋めるための強固な「約束」という共通の目的がある。
俺が手を掛け、重厚な扉をこじ開ける。
闇の奥から聞こえてくる高慢な貴族の笑い声と、悲痛な叫び声。
俺たちは、一歩ずつ――だが確実に、カインを奪った闇の心臓部へと足を踏み入れた。
(第14話 完)




