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第13話:老婆の会計

「——やっぱり、殺さない♪」


メロンは首元に食い込んだ刃を、寸前で止めた。

彼女はレンの血が混じった雨水を拭い、背後のマルタに視線を送る。


「面白いねえメロンは。レン、メロンはお前が、絶望の中でどんな顔をするのか見てみたいんだよ」


メロンはレンの髪を掴み、床の泥に引きずり倒したままどこかの地下施設へ連れて行った。


そこにはカイン、ハル、そしてトアが拘束されていた。


「じゃ、順番に殺っちゃうよー♪」


そしてメロンの無慈悲な刃が、カインの心臓、ハルの首筋、トアの腹部を容赦なく切り裂く。


レンは喉を鳴らして叫ぼうとしたが、全身の神経が麻痺していた。三人は血だまりの中で動かなくなり、冷たい沈黙が地下施設を支配した。


「……あ、あぁ……」


レンの視界が歪む。

 

致命的な傷口から、三人の命が溶け出していく。レンは血に汚れた手で必死に這い寄るが、カインの瞳は既に光を失っていた。


(計算が……合わない。俺は、誰一人として失わないために……)


「キャハハハハッ♪その顔イイッ♪もっと見して?レン」


レンの意識が深い闇へと沈んでいく。

だが、その闇の底で、重なり合う二つの感覚があった。


泥の中で微かに脈動する、ハルとトアの残存する「生命の残り香」。  


トアは、その分厚い筋肉で致命的な一撃を紙一重で逸らしていた。全身血まみれだが、その心臓はまだ、諦めを拒絶するように鼓動を刻んでいる。


トアは死にかけながらも、動かなくなったカインと死にかけのハルの傷口に強引に手を当てて「治療」を試みようとしていた。


その光景を見た瞬間、レンの魂が強烈に震えた。


カインの命は完全に消えた。


この場を打開するための「力」が今、必要だ。 


理不尽なまでの喪失が、レンの意識の鍵を力任せに引き抜く。


(カインの分まで、俺がすべて清算する) 


扉が開く音がした。冒険者ギルドでもここでもいつもカインが俺の扉を開けてくれる。 



「覚醒スキル【等価交換】――2枚の千円札を換金する」



レンの左腕を止血していた千円札2枚が回収され物理的な質量へと変貌した。


瞬時、レンを中心に半径5メートルの空間が歪む。二千枚の一円玉が空気を埋め尽くした。


「……な、ばかな。コインは5枚の……っ!?」


メロンが驚愕に目を見開き、叫びかけながら、空中を埋め尽くした二千枚の硬貨に飲み込まれた。


かつての制約を塗り替える圧倒的な「数」の弾幕。メロンの肉体は瞬時に内側から粉砕され、崩れ落ちた。


「メロンが……消えた?」


マルタの表情から余裕が消え去り、濁った眼に恐怖が浮かぶ。

彼女が杖を掲げるよりも速く、レンは血に汚れた手をかざした。


「次は、お前たちの番だ」


レンの指先が動く。すでに空間を飽和する二千枚の硬貨が、意志を持つかのように魔術師たちへと殺到した。


魔術師たちの絶叫すら許さない。硬貨の奔流は防壁ごと生命を削り取り、ガルド達を正確に切断していく。


ガルドが倒れ込む。レンはトアとハルを庇うようにしてゆっくりとマルタに近づく。


「ま、待っておくれ……! 命だけは……ベンバル様に話を通せば!」


マルタの懇願を聞き、レンの瞳に冷徹な殺意が灯る。


「……ベンバル。奴の命もだ。お前たちの腐りきった命。その全てを俺が消し去ってやる」


レンが掌を向けると、空中に滞留していた硬貨がマルタを取り囲んだ。最後の一撃。二千枚の重圧が、マルタという存在をこの世界から物理的に消し去った。

施設は崩落し、天井が割れる。


そこには突き抜けるような青空が広がっていた。


レンは瓦礫を退け、手近な丘の頂にカインのための墓を築く。


石を積み上げ、カインの愛用していた品を供える。その手は震えていたが、瞳は澄んでいた。


「待っていろ、ベンバル。次は貴様の番だ」


レンはカインの墓に一礼すると、ハルを抱え、復讐のその先へ向かって歩き出す。


この先は、もう誰も犠牲にさせない———。


(第13話 完)

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