第10話:疑惑の会計
レンが重要参考人として衛兵たちに連行され、ギルドは重苦しい静寂に包まれていた。
先ほど、連行される直前の持ち物検査で、レンの鞄の奥から禍々しい魔力を放つ『呪殺の魔道具』が発見されてしまったのだ。それが決定打となり、レンは弁明の余地なく連れ去られた。
床には、毒を煽って時間差で倒れた冒険者たちの凄惨な死体が転がっている。ギルドの片隅では、マルタとメロンがひっそりと寄り添い、この惨劇を眺めていた。
「あらあら、ひどい有様だねぇ……。レンって子が、自分の暗殺スキルと魔道具の実験のために、ギルドの仲間を皆殺しにするなんて」
マルタはあからさまに大げさなため息をつき、わざと周囲の冒険者に聞こえるような声で毒を吐く。
「ええ、本当に恐ろしいよねぇ。さっき衛兵さんに連行される時も、あのガキ、ニタニタ笑ってた気がするよぉ? ……まあ、決定的な証拠の魔道具まで出てきたんだから、あいつの処刑はもう確定だね」
メロンもまた、猫耳をぴこぴこと揺らしながら、まるで面白い見世物を見るような目で、呆然と立ち尽くす冒険者たちを見回していた
カインは、先ほど毒殺の標的にされ、トアの命がけの回復術でかろうじて一命を取り留めたものの、声帯を焼き切られて声が出せなくなった。
その場に残されたトアは、信じていた仲間の裏切りの「証拠」を突きつけられ、ショックでその場にへたり込んでいた。
「そんな……レンの荷物から、本当に魔道具が……あいつ、本当に……」
トアが涙を浮かべて声を震わせる。
だが――ハルだけは、手帳に書き留めていた討伐記録を見つめたまま、静かに言った。
「……トア。ちょっと待って、何かがおかしい」
ハルの切羽詰まった声に、トアが顔を上げる。
「ハル……でも、レンの荷物から本物の魔道具が……」
「それは罠なんだよ」
ハルは手帳を強く指さした。
「僕たちが今まで見てきた、レンが『スキル』で魔物を仕留めた時のことを思い出して。オークも、グレイトボアも、ドラゴンも、レンがノーモーションで仕留めた時って、例外なく『レンの相当近く』まで魔物を引きつけないと殺せていなかったはずだ」
「……え?」トアの目が泳ぐ。「そういえば……いつもレンが『下がってろ、俺のスキルを使う』って言う時って、魔物が目の前まで迫ってきた時だけだった。遠くにいる魔物を、レンが呪殺したことなんて一度もない!」
「そうなんだよ!」
ハルの目が、確信に満ちてギラリと光る。
「もし、あの魔道具で遠くの席の連中を時間差で殺したんだとしたら、これまでの戦闘データと絶対に辻褄が合わない。レンの本当のスキルは、射程が極端に短いんだ。だとしたら、あの魔道具は一体何なんだ?」
「……気づいたよ。あの魔道具、きっと精巧な偽物だ」
「偽物……!? でも、衛兵たちも本物だって!」
「衛兵たちだって本物の呪具なんて見たこともないんだ! 知るわけがない! 奴らは『自分たちには使い方が分からないだけで、呪殺のプロであるレンだけがこれの使い方を知っていて、それを使ったんだ』っていう偏見で、頭からレンを犯人に仕立て上げているだけなんだ!」
「――っ!!」
トアの顔から血の気が引く。レンは何もやっていない。それどころか、自分の能力の絶対的な弱点である『短い射程』という秘密を守るために、あの場で何も弁明できなかったのだ。
「レンは、自分の能力の秘密を守るために『俺のスキルは射程が短いから、あの魔道具は俺のじゃない』って言えなかったんだ……。自分の秘密をばらすわけにいかないから、何も言えずに理不尽な犯人として……っ!」
トアが震える拳を握りしめ、立ち上がった。
今はカインが動けない。自分がレンを助けなければならない。
「ハル、行くぞ。あの魔道具のメッキを剥がして、レンを絶対に連れ戻す!」
ハルもまた、決意の表情で頷いた。論理という武器を手に、二人は衛兵所へと駆け出した。
一方、レンは鉄格子の向こう、薄暗い牢獄で壁に背を預けていた。
カイン……。トアの命懸けの回復で一命は取り留めたものの、代償として声を失ったアイツ。
俺は牢の隅に蹲り、ポケットの中の俺の存在証明である現代通貨を握りしめた。取り調べの際、衛兵にすべてを没収されそうになったが、これだけは死守した。
財布を取られる前に胃の中にコインを出現させ検査を免れたのだ。これがなければ、俺のスキルは発動できない。これだけは、何があっても渡すわけにはいかなかった。
(俺のせいで、カインは……)
怒りよりも先に、胸を締め付けるような喪失感が押し寄せる。
(第10話 完)




