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2.胎に潜むは星屑

「ねえ、看守さん。あんた、地球外生命体って信じてる?」


 囚人番号〇九六に突然話しかけられたのは、ある日の巡視の途中、宵の口のことだった。

 独房の鉄格子の向こうにいる人間を見やる。相手は日頃、日中の作業中や食堂での食事中などに、私や他の看守にしつこく話しかけている人物だった。無論私語は禁止であるため、注意する以外は誰も相手にしていない。

 私は思索を巡らせる。一度話を聞いてやったら、それで満足してくれるかもしれない、と。

 この一回だけだ、と心を決めて「どうだろうな。何か話したいことでもあるのか」と返事をすると、相手はにんまりと笑んで滔々と語りだした。



 まあひとつ聞いとくれよ。地球外生命体って言っても定義が色々あるだろう。単細胞生物だって生命体のひとつだしね。ここで言う地球外生命体ってのは、いわゆる宇宙人のことさ。人類みたいな知的生命体ってやつ。ああ、自分たちも宇宙に生きてるんだから厳密には宇宙人だろうとか、そういうつまんない話は今はナシだよ?

 自分はね、宇宙人は確実に存在すると思ってる。――あんた、頭のおかしい人間の与太話だと思ってるだろう? ところがね、地球じゃ宇宙人を探すSETIっていうプロジェクトが何十年も実行されてんのさ。日本語でいうと地球外知的生命探査、だったかな。大勢の科学者が大真面目にこれに取り組んでるんだ。ふふ、ロマンがあるだろ。看守さんくらい賢い人にゃ、釈迦に説法かもしれないけどね。

 こんだけ宇宙が広くて、生き物がうじゃうじゃ蠢いてる地球みたいな星があるんだ。地球人類だけがこの宇宙でひとりぼっちなんて、そう考える方が不自然ってもんじゃないかい?

 ここで例えばの話をするよ。ものすごい科学力を持った宇宙人が、地球を発見したとする。それから彼らは何を考えると思う? ――そう、侵略だね。こんな過ごしやすい星、手に入れたいと思うに決まってるさ。

 SF小説とか映画なんかじゃ、よく宇宙人と地球人類との全面戦争が描かれるよね。でも正直、正面からのドンパチなんて効率が悪いにもほどがある。そう思わないかい?

 だって考えてもみてごらん。地球人類だって簡単に星を破壊し尽くすくらいの兵器をたっぷりこさえて持ってるんだ。宇宙人はそれと同等の、もしくはより高度な戦力を運んでくるかもしれない。そしたら戦場になった星はめちゃくちゃどころじゃない。占領が目的なのに、その過程で目標物がおじゃんになったら、目も当てられないよ。

 だから自分が考えるにだね、地球にやってきた宇宙人たちは劇的な事態を極力避けるはずさ。じゃあどうやって侵略するかって?

 たくらんだよ。――いやいや、企んじゃいないよ、自分は。ほら、『託卵』ってあるだろ。鳥のカッコウなんかがやるやつさ。

 思うに、地球まで来る宇宙人ってのはきっと小さいんだよ。その方が移動手段の燃料を節約できるだろ? あの有名なグレイなんか、子供みたいな大きさじゃないか。

 そこで奴らの策はこうだ。女の(はら)ん中に、ちいちゃい同胞の種をこっそり送りこむのさ。別種の鳥の模様そっくりな卵を、カッコウが巣の中に産み落とすみたいにね。

 自分が腹を痛めて産んだ子だ、子供の外見が多少人間と違ったとしても、親は異星人を育てちまうって寸法さ。家族の中に入りこんで、ある程度成長しちまえばあとは簡単。病死に見せかけて親を殺し、家族に成り代わるとかして、じわじわと人類を同胞に置き換えていくんだよ。ドンパチやるより時間はかかるけど、星を荒らさず確実に手に入れられる。

 怖いだろ? だからね、生まれた子供が本当に地球人類なのか、母親はちゃんと確認して、しっかり見極めないといけないのさ。赤子が宇宙人だと分かったら……もう分かるだろう。宇宙人が蔓延(はびこ)るのを防ぐために、そいつは生かしちゃおけないってことがね。

 つまり、()()()()()()のはそういうことだよ。



「……」


 囚人の女はそこで唐突に言葉を切った。私は何も言えずに黙りこくる。

 女がなぜ独房に何年も収監されることになったのか、うっすらだが聞き及んではいる。この女は、自らが産み落とした嬰児を何度も……。

 痛ましい事件である。彼女の認知機能には確実に何らかのバイアスがかかっている。女が常識的に考えられていたら、自らの子供が宇宙人だなどと思いこむ事態は起こらなかったはずだ。

 女は私を見つめて目を細めた。


「あんたにゃ分からないだろうね。自分の胎ん中に、自分とは決定的に異なる存在が息づいてるってのがどんな感覚か。言葉にできないくらいおぞましいもんだよ」

「……なぜその話を、私に?」

「さあてねえ。今ちょっと困っててね。こいつもいずれ(くび)らないといけないと思うと、憂鬱で仕方ないのさ」


 女はそう言って物憂(ものう)げに腹を撫でた。

 ぞっとした。囚人の体型は普通に見えるが、だから妊娠していないとは断言できない。もし本当に、そのおなかの中に別の生命が宿っているとすると――彼女は一年以上、ここに収監されている。想像したくはないが、父親は看守の誰かということになりはしないか?

 女には何とも言えない、どこか「放っておけない」と思わせる危うさや引力があった。その雰囲気にやられて、看守が組織ぐるみで女を(はずか)しめたのだとしたら……。

 私は二の句を継げず、ふらふらと独房のそばから離れた。一晩悩んだ末、囚人番号〇九六に妊娠の疑いあり、と現場には出ていない管理者に匿名で報告したのだった。

 その後の動きは迅速であった。女は検査のためという名目でどこかへと移送されていき、水晶髑髏の話をした男と同じように、ここへ帰ってはこなかった。

 不可解なのは、看守にも他の従事者にも懲戒解雇される人間が出なかったことだ。調査しても父親が判明しなかったのか、もしくは(考えたくないが)調査自体されていないのか……。

 その後囚人番号〇九六について私なりに調べたところによると、女は収監前の裁判において、相手の男について一言も触れなかったらしい。男を庇っている様子もなく、最初からそんな相手などいなかったのだ、と言わんばかりに。

 そんなわけはない。人間が宇宙人を出産するなんて、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ない。ただし、私に真偽を判定する(すべ)がないことも事実なのだ。

 パンドラの箱のようだと思った。あの囚人の女だけでなく、世の中の女性は皆、謎めいた箱に似ているのかもしれない。



 私は自分の精神衛生を守るため、女の存在や彼女とのやり取りを、すべて忘れることに決めた。

 囚人番号〇九六の動向は、それきり知らない。

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