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1.密室の煌めく骨

「なあ、看守さん。あんた、オーパーツって知ってるかい」


 囚人番号三七一に突然話しかけられたのは、ある日の巡視の途中、夜のことだった。

 独房の鉄格子の向こうにいる痩せた男をじっと見つめる。普段なら黙殺して通り過ぎるところだが、この日に限って立ち止まったのは、何か虫の知らせがあったのか。または――。

 魔が差したのか。

 私は口を閉ざしたまま目顔で先を促した。相手はそれを合図に滔々(とうとう)と、嬉々として語りだした。



 オーパーツ。ちょっと不思議な響きだよな。オーパーツってのは、Out-Of-Place Artifactsの略らしい。訳すと〝場違いな工芸品〟とか〝場違いな人工物〟って意味になるか。例を挙げりゃあ、恐竜と人間が一緒に彫り込まれた石碑とか、ヘリコプターや飛行機が描き込まれた壁画とか、古い地層に埋まってた電化製品とか、いくらでもある。……ははあ、眉唾物だろって顔をしてるな。もちろん、今話したのは全部偽物か、現代の俺らから見るとそう見えなくもないっていう、いわば思いこみの産物さ。大概は真っ赤な紛い物だよ。だが俺はガキの頃そういうオーパーツが大好きでね。テレビしか楽しみがなかったんで、オーパーツの特集番組なんか食い入るように眺めたもんさ。滅んだ超高度文明の存在とか、タイムトラベルの証拠だとか、嘘だとしても聞くだけでロマンを感じるじゃねえか。

 一番名の通ったオーパーツに水晶髑髏ってのがある。あんたも聞いたことあるんじゃないか? クリスタルスカルっつってよ、映画の題材にもなってるみたいだしな。滅ぼされた帝国の技術の粋を集めて作られた、精巧で緻密な髑髏(しゃれこうべ)の模型……。わくわくするだろ? 残念ながらこいつも捏造品だがな。しかし時と場合によって、偽物のオーパーツも本物に為り変わることがある。どんな場合かって?

 ここからは俺の話よ。

 俺は地方の辺鄙な村の出身でね。あんた、都会のいいところの()だろ? 見りゃ分かるさ。お育ちがいい、賢い人間の顔をしてらあ。貧しさってものを知らずに生きてきたんだろうな。俺はほとんど娯楽もねえ、それどころか日々の飯にも困るような生活を送ってた。便所も汲み取り式でな。もちろん戦後の話だぜ。都会に憧れはあったがとにかく学がねえもんで、村の出ていき方すら分からなかったんだ。

 そんなこんなで成人したての頃かねえ。故郷一帯を大きな揺れが襲ったんだわ。記録にも残る、大地震だった。明治からある家は潰れるわ、裏山は崩れるわ、田畑に段差はできるわ、散々だった。家族の命だけは助かったがよ。みんな呆然として途方に暮れてるとき、俺は崩れた山の中で何かが光ってるのに気がついたんだ。

 近づいてみるとでかい(かめ)みたいなのが割れて、中から土と、きらきらしたものが覗いてた。その甕ってのはまあ、棺桶さ。俺の祖父母の代までは土葬だったんで、人が亡くなったら火葬せず、全身を座らせるような格好で甕に入れて、土の中に埋葬してたんだ。ありゃおそらくじいさんの墓だったんだね。それが壊れちゃ大変だってんで、俺は慌てて親父を呼んだ。甕の中身を見るなり親父は何かに憑かれたようになってよ。ふらふら甕に近づいたと思ったら、素手で中を掘り起こし始めたんだ。

 俺ぁぶったまげたね。親父の行動にも、棺桶の中身にも。骨ってのは白くてかさかさしてるもんだろ。なのに、じいさんの骨は透明で、宝石ぐらいきらきら輝いてた。水晶、って言葉が自然と頭に浮かんだよ。髑髏なんか美術品みたいに綺麗な形をしていてね。俺は人生で初めて何かを美しいと思ったよ。

 その後かい? 特に何も起こらなかったよ、表向きはね。親父はどっかから重機を借りてきて裏山を元通りに埋めちまうし、水晶の骨について口に出そうもんなら「そんなものあるわけない、地震で混乱して白昼夢でも見たんだろう」ってんだ。この話題に触れちゃいけねえって思ううち、なんだか俺もそのような気がしてきてね。

 ただ地震の後、親父は急に羽振りがよくなったんだ。前のより大きい家は建てるわ、毎日豪勢な食事は出るわ。俺は確信してるよ。親父は『あれ』を売り飛ばしたんだろうってな。奴は実の親の亡骸(なきがら)を金に替えたんだ。

 この話にはもう少し続きがある。そんな豪遊してたら金なんかいくらあっても足りゃしねえ。親父は次第に、俺を変な目でじろじろ見てくるようになったんだ。服も肌も透かして、体の内部を見定めるような、そんなじっとり湿った目だよ。

 俺には親父の考えが手に取るように分かった。じいさんの血筋の俺の骨も、もしかして――ってな。親父は昔から思いこんだら見境のないところがあったんで、本気で殺されると思ったよ。だから、そうされる前に先手を打つ。この世界の定石(じょうせき)だろ?

 あんたはもちろん知ってらあな。俺がなんで牢屋ん中にいるか。

 親父の骨も、それはそれは綺麗だったよ。



「……」


 私は相槌も打たず、囚人の話を聞いていた。すべてを聞き終えた結果、何もかも妄言だ、と断じた。脊椎動物の骨の主成分はカルシウム。生前であれ死後であれ、それが水晶に置き換わるはずがない。この男が服役中におかしくなったのか、おかしくなったから服役することになったのか、それは分からないが、私をからかっているのは確実だ。疲労を覚えつつ、私はため息をこぼす。


「それなりに面白い話ではあった」

「おや。あんた、信じちゃいないね。俺が見たオーパーツの話をよ」

「当たり前だ。人間の骨が水晶になるなんて……ましてや骨が水晶でできた人間なんてあり得ない。お前が法螺(ホラ)を吹いているか、墓の骨を誰かが入れ替えたのか、理論的に考えてそのどちらかだろう」


 男はさも(たの)しげにくつくつと笑った。私は何か、空恐ろしいものを感じて身を震わせた。なぜだか全身が粟立っている。


「じゃあ、俺の体ん中ならどうだい」

「……は」

「俺はここにぶち込まれてから本をよく読むようになったんだが。推理小説ってのによく密室とかいう概念が出てくるだろう。密室と謳ってはいるが、作中で探偵がなんのかんのと理屈をつけて解体しちまう概念だ。つまり、完全な密室なんてのは存在しないってこった」

「なんの話をしている」


 にやにや笑う囚人は、髪を剃られ、頭蓋骨《とうがいこつ》の形が浮き出すほど痩せこけた自分の頭部、そのこめかみあたりをとんとんと叩く。


「完全な密室が存在するとしたら『ここ』だけさ。人間の体の中はこの世で最も完璧に近い密室だ。そうは思わねえか? 俺が、あんたが生きてる限り、誰も好き勝手には手出しできない。俺は今まで一回の手術も受けたことがねえ。俺のドクロがもし水晶だったら、あんたも俺の話を信じる気になるだろう」


 正直言って、私は気圧(けお)されていた。この男は模範囚で、自由時間にはいつも黙々と本を読んでいる物静かな人間だと思いこんでいた。こいつは一体――何なんだ?


「……どうして私にそんな話をする? 他の看守にもそう言ってからかっているのか」

「この話をしたのはあんたが初めてだよ。裁判の時だって口に出さなかった。ま、頭がおかしくなったと思われるのがオチだからな。……さて、話をした理由かい。あんたに信じてもらいたかったのか――いや、ただ聞いてほしかっただけかもしれねえなあ。訳なんてたぶん、ないんだよ」


 男がどこか遠くを見る目をする。私は腕時計を確認し、無駄な時間を過ごしたことを後悔した。舌打ちをこらえ、巡視の再開を決める。去り際、男に声をかけた。


「今の話を証明しようなどと、変な気を起こすんじゃないぞ」


 返事はなかった。

 それから何の異状もなく数週間が経った。男から感じた不可思議な慄然も薄れた頃、ある騒ぎが職員たちの耳を駆け巡った。

 囚人番号三七一が、己の指を噛み千切るという事件を起こしたのだ。

 根拠のない罪悪感を抱きながら騒然とした現場に駆けつけると、男は既に数人の看守に取り押さえられていた。独房の床に血溜まりが見える。不意に、囚人の首が持ち上がり、ぎょろりとした両の目がこちらを捉えた。不敵な笑みを浮かべるや否や、彼は口内に含んでいたものをべっ、と吐き出した。芋虫のようにころりと床へ不恰好に転がったのは、血にまみれた指だった。ちょうどこちらを向いた断面は、きらりと輝いているように見えなくもなかった。



 彼はその後すぐ、別の刑務所へ移送されていった。

 囚人番号三七一の動向は、それきり聞かない。

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