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英雄の杖を狼に  作者: 真っ逆
王都ハーヴェス編
11/13

保守と革新


午前九時三十分頃、外から響く単調な雨音を背景に、にんにくはソファに深く腰掛け、ぼーっとニュース番組を眺めていた。


『――続いてのニュースです。昨日正午頃、行方不明となっていた「英雄の杖」を所持しているとされる子供が発見されました。』


画面越しのアナウンサーが、神妙な面持ちで原稿を読み上げる。

その内容を聞いた瞬間、にんにくは鼻で短く笑った。


にんにく(今更かよ 警察何やってたんだよ)


『近隣住民の証言によりますと、その子供は英雄の杖を起動させ、小型の犬に酷似した土のゴーレムを生成・使役していたとみられています――』


にんにく(あのガキのカバン拾ったときか)


にんにくは昨日、生垣からカバンを回収するために使った「犬型」を思い出し、嫌な汗が背中を伝うのを感じた。


『なお、国王陛下は、「あの子供は杖に選ばれた。故に、そのことを非難することは避けてほしい。」との声明を発表しています。』


『プルルルルルプルルルルルプルルルルル』


ニュースの音声に重なるように、にんにくのスマホが突然、着信音を鳴らした。

画面に目を落とすと、そこには『ニラ』の二文字。


にんにく「はいはいはいどちら様」


『ニラだよ。そんなことより大変な状態になってるよ。』


スピーカー越しに届く声は、どこまでも平坦で静かだった。


にんにく「は?大変とか言う割には落ち着いてんなお前」


ニラ『今さっき、ニュースで君のことが報道されてたんだけどさ。そのせいで、今ネットがすごい勢いで荒れてるんだよ。』


ニラは淡々と、しかし事の重大さを突きつけるように言葉を繋いだ。


にんにく「今更だよな本当に ……あれか?『なんで神聖な物を盗ったんだ』ってやつか?」


ニラ『……それもそうなんだけど、問題はそこじゃないんだ。今回の件で「聖杖教」の教徒たちが、二つの派閥に割れちゃったんだよ』


にんにく「せいじょうきょう?」


聞き慣れない言葉ににんにくは眉をひそめ、耳をぴくりと動かした。


ニラ『アニスとその杖を信仰してる宗教だよ。』


にんにく「今は俺の杖だけどな」


にんにくは鼻を鳴らし、冗談めかして屁理屈を飛ばした。だが、スマホの向こうのニラは、笑い飛ばすこともなく淡々と話を続けた。


ニラ『それで、「杖は皆が崇めるための聖遺物なんだから、持ち出した奴は万死に値する」っていう保守派と、「杖が本来の役割を果たして使われているなら、杖自身も本望だろう」っていう革新派に真っ二つ。今、その両方がネットで大乱闘してるんだ』


にんにくはソファの背もたれに体を預けた。


にんにく「つまり俺は宗教問題に片足突っ込んだってわけか」


ニラ『片足どころじゃ済まないよ。もう耳の先までどっぷり埋まってるくらいだよ。』


にんにく「……なぁ、宗教ってことはお偉いさんいるだろ、司教とか ソイツらはどう考えているんだ?流石に偉い奴の指示くらいなら聞くだろ」


にんにくは、ソファで足を揃え直して事も無げに尋ねた。

組織には上がいて、下がそれに従う。そんな単純な理屈が、この「聖杖教」にも通用すると思っていた。


ニラ『あのね、司教や大司教が皆同じ思想ならこんなことにはなってないでしょ。』


スマホの向こうで、ニラが呆れたように息を吐く気配がした。


にんにく「そりゃそうか じゃあ偉い奴の中でも意見が別れているってわけだ」


ニラ『さっきからそう言ってるんだけどね』


にんにくは「やれやれ」と鼻を鳴らした。自分を巡って、雲の上の偉いさんたちが顔を真っ赤にして言い争っている。その光景を想像しても、にんにくの心には欠片ほどの興味も湧かなかった。


にんにく「そういえば教皇っていたよな ソイツはどうなんだ?」


にんにくはソファのクッションを抱きながら、組織の頂点にいるはずの人物を思い出した。


ニラ『……何も声明を出してないよ。その沈黙のせいで、余計に収拾がつかなくなって荒れてるんだ。』


ニラの声には、事態の停滞を憂うような、少し重い響きがあった。


にんにく「まぁそうなるわな」


にんにくは他人事のように鼻を鳴らした。自分を巡る嵐の目である教皇が何を考えていようが、今のにんにくにはどうでもいいことだった。


ニラ『とりあえず迎えに行くから、家に待機しておいて。』


にんにく「危ないのに外歩かせ――」


『ピロン』


にんにくが言い終わるより早く、無慈悲な電子音が響いた。

一方的に切られたスマホを耳に当てたまま、にんにくの狼耳が、困惑したようにぴんと直立した。


にんにく(なんだアイツ 最後まで聞けよ)


心の中で毒づきながらも、にんにくはニラの言いつけ通りソファに深く沈み込み、大人しく待つことにした。

消音(ミュート)にしたテレビ画面では、相変わらず自分の杖を巡る議論が文字の羅列と共に流れている。


にんにく(ネットなぁ……あんなの、同調圧力に甘んじてる奴らの掃き溜めだろうよ だからどいつもこいつも暴言と批判ばっかりなんだ)


にんにくはテレビを消して、窓の外を眺めた。

画面の向こうで誰かが「正義」や「教義」を盾に喚き散らしているよりも、ガラス一枚隔てた向こうで降り続く雨の方が、よほど価値があるように思えた。


にんにく(とりあえず杖隠せるものあったらいいよな)


にんにくは壁に立て掛けてあった杖を手に取ると、部屋の中をあちこち探し回り始めた。


にんにく(このリュック……、デカいけど流石に入りきらないな こっちの布でも巻いてみるか? ……いや、全然足りない あ、そうだ)


にんにくはガーリックの部屋へ走っていった。


にんにく(これだ、酔った勢いでガーリックが買ったこれ 傘を入れるビニール袋)


束の中から一枚を抜き取ると、おそるおそる杖を差し込んでみる。

驚いたことに、杖の先端から末端までが、あつらえたように綺麗に収まった。


『ピンポーン』


静かな室内に、インターホンの電子音が鋭く響いた。

にんにくは反射的に身構える。今の状況だ、変な教徒や、特ダネを狙う記者が来ないとも限らない。

警戒しながらリビングへ向かい、モニターの液晶を覗き込む。そこに映っていたのは、見慣れたニラの無愛想な顔と、その隣で所在なげに立っているホウレンの姿だった。


にんにく「誰っすか」


あえて他人の振りをしながら、インターホン越しに声をぶつける。


『ニラとホウレンさんだよ。迎えに来たんだよ。』


スピーカーから聞こえる声は、確かに聞き慣れたものだ。だが、にんにくはすぐには鍵を開けない。姿形をなぞるだけなら、変装すれば済む話だ。


にんにく「本当にホウレンか?」


確証を求めて食い下がる。すると、画面の中のホウレンが、少しだけ呆れた様子で返した。


『また問題出してもいいぞ。あの時みたいにな。』


にんにく「……じゃあホウレンか」


過去に自分が問題を出した事実を共有しているのなら、間違いなく本人だ。

にんにくはそれ以上の確認を無用とし、レインコートを羽織ってドアの鍵を開けた。


にんにく「なぁ、なんでホウレンも来てるんだ?」


ホウレン「ニラに頼まれてな。保守派の教徒などが襲って来たときに追い払ってほしいと。」


ホウレンは背に細長い剣を差し、頭上には平たく防御魔法を張り、雨を弾いている。


にんにく「……それは頼もしいな」


魔王直属の部下ですら容易く消し去るボディガードの威容に、にんにくは引き気味になった。


ニラ「とりあえず急ごうか」


雨の中、ホウレンを先頭に、にんにく、ニラの順で歩き出す。跳ね返る水飛沫が、レインコートの裾を濡らしていく。


道中、にんにくが閃いたといった様子で尋ねた。


にんにく「なぁ、なんでそんな信仰の対象にもなるようなものが、あんな広場に置かれてたんだ?堂々と置いてあって、盗まれても何も文句言えないだろ?……てかなんで誰も盗ってなかったんだ?」


にんにくの声が、雨音に混じって少しだけ上ずる。あまりに無防備だったその光景が、今になって気味が悪かった。


ニラ「……確かに、でもなんとなく触れたいとは思わなかったんだよね」


ニラは正面を見つめたまま、独り言のように返した。その「なんとなく」という言葉の奥にある正体不明の忌避感に、にんにくはそれ以上言葉を重ねるのを止めた。


雨のおかげか人通りは少なく、何の問題もなくニラの家へ辿り着いた。


三階へ上がり、突き当たりの奥から二番目。重厚な木造りの会議室へと向かった。


短くノックをして一行が中に入る。

そこには、長いテーブルを囲うようにして、ゼレニアの主要な貴族たちが居並んでいた。部屋の奥、その視線の集まる先に堂々と佇んでいるのは、アサツキだ。


アサツキ「よく来た、にんにく。……それに師匠も。」


普段の気さくなアサツキからは想像もつかない、その神妙な面持ち。にんにくは、部屋に満ちた刺すような静寂に、拭いようのない重苦しさを察した。


にんにく「……で、用はあの宗教の話っすか」


にんにくのぶっきらぼうな問いに、室内の空気がわずかに震えた。


アサツキ「そうだ。ここにいるのは全員、ゼレニアの中枢を担う存在だ。皆、お前のことを心配している。」


アサツキの声は低く、部屋の四隅まで響くような重みがある。その視線は、ただの友人としてではなく、国の主としての色を帯びていた。


にんにく「結構協力的なんすね」


「当たり前だ。王が認める程の者なら、我らが認めない理由が無い。」


長いテーブルの端に座っていた老貴族が、不遜に、だが確かな敬意を込めて割って入った。にんにくを値踏みするような鋭い視線が、一斉に突き刺さる。


三人が空いた椅子に腰掛けると、にんにくが静まり返った室内で口を開いた。


にんにく「……で、なんてテーマなんすか」


アサツキ「保守派への今後の対応についてだ。」


アサツキの視線が、にんにくを真っ直ぐに射抜く。その瞳には、子供を政治の渦中に引きずり込まざるを得ない渋面が浮かんでいた。


にんにく「今後の対応?」


アサツキ「お前への非難を続ける者がいる。それが保守派だ。そして避難が過熱していけばお前の身も危ない。奴らに対して何か手を打つべきだが、何をすべきか。……という話だ。」


アサツキは言葉を切り、組んだ指に力を込めた。王の言葉が止まると、周囲の貴族たちが一斉ににんにくの反応を伺うように、じり、と身を乗り出す。


にんにく「王なら中立であるべきなんじゃないんすか? なんで俺に肩入れするんすか?」


にんにくの言葉は、静まり返った会議室に石を投げ込むような無遠慮な響きを持っていた。それと同時に、にんにくの耳が、居心地が悪そうにペタンと倒れる。


アサツキ「……言い方悪いな。」


アサツキはわずかに眉を寄せ、ため息混じりに応じた。友としての気安さと、公人としての立場が混ざり合った、複雑な苦笑がその唇に浮かぶ。


「そうだ!無礼だぞ!」


沈黙を破り、一人の貴族がテーブルを叩かんばかりに身を乗り出して一喝した。にんにくの不遜な物言いに、周囲の家臣たちの間にも、沸き立つような憤慨が広がる。


アサツキ「論点はそこじゃないだろう。」


アサツキの静かな、だが逃げ場のない一言が、色めき立った室内を瞬時に凍りつかせた。王の鋭い視線が再び、耳を伏せたままのにんにくへと戻る。


「……申し訳ございません。」


その貴族はゆっくりと席に座り直した。


アサツキ「にんにく、言っていることは確かだが、これは肩入れではない。保守派によって万一に何かが起こった場合の対処と……あわよくば起こらないようにするために何をすべきかという話なのだよ。」


アサツキは、友を説得するように言葉を尽くした。だが、その瞳の奥には、理屈では拭いきれない色濃い影が落ちている。


ホウレン「……起こるのだな?その何かが。」


それまで影のように控えていたホウレンが、鋭い楔を打ち込むように問うた。背に差した剣の存在感が、一瞬にして会議室の空気を戦場のそれに変える。かつての教え子が口にする「あわよくば」が、単なる希望的観測でしかないことを、ホウレンは嫌というほど知っているのだ。


アサツキ「えぇ、恐らく。」


アサツキは視線を逸らさず、静かに、だが逃げ場のない確信を持って頷いた。


「しかし、本当に起こるとも限らないことに資財を投げ打つなどという博打……私は反対です」


テーブルの端に座る貴族が、不服そうに唇を尖らせて言い放った。その瞳に宿るのは恐怖ではなく、帳尻を合わせようとする商人のような計算高さだ。


「何か起こってからでは遅いと言っていただろう。真面目に話を聞け。」


間髪入れず、対面に座る武官風の貴族が一喝した。苛立ちを隠そうともしないその視線が、反対した貴族を射抜く。


「……何かが起きてから動けば済む話です。未然に防ぐための予算など、空振りに終わればただの損失だ。税を不確かな予感に溶かすわけにはいかない」


反対を唱えた貴族は、淡々と、だが鉄のような頑なさで言葉を重ねた。卓上の資料を指先で整えるその仕草には、王の言葉すら『一つの不確定要素』として処理する冷徹な事務感があった。


「……本当に話聞いていたのか?明日が来るとも限らないのに明日の予定を立てるだろう?それと同じなんだよ」


別の貴族が、呆れたように吐き捨てた。


会議室の空気は、アサツキの予感を前提に進む者と、目に見える損得を握りしめる者の間で、鋭く火花を散らし始めた。


議論は白熱し、同じ言葉が何度も形を変えて投げ合われる。にんにくは、自分を巡る損得勘定が頭の上を飛び交うのを眺めながら、次第に重くなっていく瞼と戦っていた。踊るように言葉だけが空転し、遅々として進まない会議を前に、眠い目をこすり、あくびを噛み殺した。


倒れたままの耳が、退屈そうにピクリと動く。

隣に座るニラが、呆れたような、あるいは同情するような視線を一瞬だけ向けたが、にんにくはそれにも気づかないほど微睡(まどろ)みの淵にいた。


にんにく(こんなのが本当に中枢担ってんのか?終わってんな てかなんでアサツキは止めないんだよ、会議進まないだろ……)


上座に座るアサツキを薄目で盗み見る。王という立場上、独断で黙らせるわけにはいかない事情があるのかもしれないが、それに付き合わされる身にもなってほしい。


重い瞼の裏で、雨音と貴族たちの甲高い声が混ざり合い、不快な子守歌となってにんにくを微睡みへと誘う。


「……にんにく殿。先ほどから黙っておられるが、当事者として何か意見はないのか?」


突然、一人の貴族が矛先をこちらへ向けた。にんにくは、ピクリと片方の耳を跳ね上げ、驚いた表情で声の主を見返した。


白熱した議論の正解を求められたような重苦しい沈黙が、一斉ににんにくに注がれる。


にんにく「え〜〜、あ〜〜、そっすね……」


にんにくは、喉の奥に溜まった欠伸を飲み込み、頭の中を流れる「損失」だの「博打」だのという言葉の残骸を適当に掬い上げた。


にんにく「……職権乱用にならなかったら、いいんじゃないすか?」


その、あまりにも緊張感に欠けた、当たり前な一言。

王の権限で金を使うことの危うさを言っているのか、あるいは単に「やりすぎるな」と言いたいだけなのか。


質問をした貴族は、目を見開いたまま、ゆっくりと自分のこめかみを押さえて頭を抱えた。


「……そういう話をしているのではないのだ、にんにく殿」


絞り出すような溜息が漏れる。会議室に満ちていた鋭い殺気は、にんにくの放った気の抜けた一言によって、風船が萎むように霧散していった。


「あなたの身が危ないからと、皆ここに集まっているのです。あなたが一番緊張感を持つべきでしょう。」


眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな貴族が、眉間に深いシワを刻んで横槍を入れた。その視線は、呆れたような、憐れみと憤りが混じっている。


にんにく「危ないのは嫌すけど、そうなったらそうなった時っすよ 抗いはするけど受け入れるべきっすよ」


にんにくは、当然のことを口にするように淡々と言い放ったあと、伸びをするかのように背筋を伸ばし、まるで他人事のように肩をすくめた。

そこに悲壮な覚悟も、未来への絶望もない。ただ、『やるべきことをやり、抗えないならそれまで』という、極めて簡潔な理屈がそこにあるだけだった。


「その抗う術の話なのですよ……」


眼鏡の貴族が、疲れた顔で頭を抱えた。にんにくの考えは、複雑な議論を積み重ねてきた貴族達にとって、あまりにも掴みどころのない霧のようなものだった。


「いや、そもそもその危険が起こらないようにすればいいだろう」


「危険が起こると確信できない状況で、何故起こる前提で考えるのかと、私はずっと問うてきているのだぞ!」


「貴様、王を信じていないのか!?」


「信じているからこそ、一つ一つのことを慎重にやっていただきたいのだよ!」


「それは信じているのではなくて、勝手な思想の押し付けだ!」


「そんな話をしている場合ではないぞ!」


怒号、罵声、机を叩く音。

にんにくは、その喧騒を遠くの雷鳴のように聞きながら、また一つ、今度は隠しきれないほど大きな欠伸を噛み殺した。


議論が迷走を極める中、一人の小太りの貴族が、短く太い指をゆっくりと挙げて発言した。その声は周囲の喧騒をなだめるように、低く、落ち着きを帯びている。


「……SNSには、革新派もいます。その人たちを味方につけ、動かすのはどうでしょうか。それなら、大きく資材を失うこともないでしょうし、何かが起こる前に行動を起こせる。何より、にんにく殿が危惧していた職権乱用はまず起こりません。」


小太りの貴族は、議論に参加している全員の顔を、順に、穏やかに見渡した。

資材を惜しむ慎重派の納得を引き出しつつ、にんにくの懸念も解消し、さらに王の先見の明にも応えようとする。それは、この場に漂う全ての不満を汲み取った、この貴族なりの懸念への「答え」だった。


「味方につける段階で、職権乱用が起こりえる」


間髪入れず、冷ややかな声がそれを遮った。


「……確かに、その懸念はあります。しかし、私たちが直接扇動するのではなく、あくまで革新派の人たちの自発的な動きを支援する形であれば、法の枠内に留めることも可能かと。」


小太りの貴族は、否定されても声を荒らげることなく、淡々と、だが粘り強く議論の糸口を探り続けた。


「確かにそうだが、革新派の人数は? 高位の聖職者は? それらが無いと我々には勝ち目がないぞ。発言力こそが、この対立を止める武器となるのだぞ」


反対派の貴族が、最後の手札を叩きつけるように問い詰めた。数と権威。政治の盤面を動かすための絶対的な「重石」が足りないと指摘する。


「分かりました。では少し失礼します……」


小太りの貴族は、そう言うと懐から自身のスマホを取り出し、手慣れた指つきでSNSアプリを開いた。


「あれ、圏外……?」


小太りの貴族が、電波を探すようにスマホを高く掲げ、困ったように画面を見つめていた。最新の戦略を提示しようとした矢先の、あまりにも初歩的なトラブル。

その様子を見て、ホウレンが少しだけバツが悪そうに、だが淡々と口を開いた。


ホウレン「すみません、いつもの癖でこの建物に防御結界を張っておりました。もう外したので圏外ではなくなっているかと。」


その言葉を聞いた小太りの貴族は、解かれた結界の隙間から滑り込んできた電波を逃さぬよう、指先を急ぐように動かした。流れるような操作でSNSの深層を掘り下げ、革新派のアカウント群を浮き彫りにしていく。


「革新派は今調べただけでも、七百名ほど見つかりました。その中には四人いる枢機卿のうちの一人、カサブランカ氏もおられました。」


にんにく「すうききょう?」


聞き慣れない言葉に、また眉をひそめ、耳をぴんと立てた。


ニラ「教皇のサポートだったり、次の教皇を決める人達の事だよ」


隣からニラが、にんにくの耳元でささやくように教えた。


にんにく「じゃあ結構偉そうだな じゃあその、カサブランカって奴を味方につければいいんじゃないのか?」


「そういうことです。」


小太りの貴族は、自分の意図を真っ先に汲み取ったのがにんにくだったことに、満足げな微笑みを向けた。


枢機卿。それは保守派にとっても無視できない、宗教的な聖域に座す者。発言力が武器になると言っていた貴族たちは、反対する余地が無くなった。


アサツキ「……決まりだな。革新派を抱き込み、枢機卿を盾に据える。異論はないか」


激しい会議の間、沈黙を守り続けていたアサツキが、ついに口を開いた。その声は低く、だが議場全体を物理的に抑え込むような静かな威圧感に満ちている。


誰も、手を挙げなかった。

何も起こらなくても損失は最小限で済み、かつ反対派を黙らせるだけの権威がそこにある。これ以上ないほど全員の「打算」と「懸念」を汲み取った落とし所だった。


アサツキ「なら、これでいく。……解散だ。」


アサツキが短く告げると、ようやく会議の幕が下りた。


にんにく(あー……ようやく終わった ……帰ろ)


重い腰を上げ、固まった身体をほぐしながら支度を済ませようとしていると、上座からアサツキが声をかけてきた。


アサツキ「今日はもう、うちに泊まれ。」


にんにく「んな夜遅くみたいな言い方 今は昼頃だろうよ」


にんにくは窓の外を指差した。雨上がり、雲の間から差し込む光はまだ高い。だが、アサツキの表情には一切の冗談がなかった。


アサツキ「……あのな。師匠がなんでお前に着いてきているか、分かっているのか?」


にんにく「護衛だろ……、 ……あぁそういう事か そりゃ泊まるしかないな、危ないし」


アサツキ「分かればいい。……ガーリックも泊まれるか聞いてくれ」


にんにく「なんで?アイツ関係ないだろ」


アサツキ「お前の身内ってことで狙われるかもしれないだろ?だからここに避難させるんだよ。」


にんにく「なるほどな 分かった、やっておくわ」


自分一人が助かっても、家族が穴になれば意味がない。アサツキの徹底したリスク管理に、にんにくは二つ返事で応じた。

カバンからスマホを取り出し、手慣れた指つきでガーリックへ連絡を送る。


『アサツキの家で泊まることになった

宗教の過激派が危ないので、今すぐこっちに来い』


すると、すぐ連絡が返ってきた。


ガーリック:『宗教の過激派?どういうこと?』


至極真っ当な返事。自分のきょうだいが宗教問題の中心にいるなどと、考える者などいない。


にんにく:『英雄の杖を信仰している奴らの一部が、俺の事狙ってるみたいで、ガーリックも危ないだろうからとアサツキが』


画面を見つめるにんにくの耳が、気まずそうに少し伏せられる。

説明すればするほど、自分の置かれた状況の異常さが浮き彫りになっていく。


ガーリック:『本当にあんた何してるのよ』


短い文字の羅列から、ガーリックが深く溜息をつき、片手で顔を覆っている姿が容易に想像できた。

ガーリックにとってのにんにくは、いつだって『ちょっと抜けてるけど、なんだかんだで付き合いの長い身内』でしかない。それが今や、国の枢機卿や王を巻き込む嵐の目の中にいる。


にんにく:『とりあえず俺は何も悪くないけどヤバいんだよ 着替えとか持ってこいよ』


必死に身の潔白を主張するメッセージを送りつける。だが、返ってきたのは、慈悲も容赦もない一撃だった。


ガーリック:『杖を盗んでそんな状況なってる時点で悪いわよ』


画面を見つめながら、にんにくの耳がしおしおと垂れ下がる。

確かに、すべての発端は自分がその「杖」を拾い……いや、持ち去ったことにある。ガーリックの指摘は、ぐうの音も出ないほど正論だった。


アサツキ「シトルイユをパート先に送る。早退させてもらってくれ。」


アサツキが傍らに控える老執事、シトルイユに目配せをする。


にんにく:『アサツキの執事がそっち行くってよ 早退がなんとか言ってるわ』


ガーリック:『嘘じゃないでしょうね』


にんにく:『俺そんなに嘘つかないだろ』


ガーリック:『分かった。しばらく仕事できなくなるだろうし、その分のお金、王に請求しといて』


この非常事態にあって、休業補償を真っ先に口にする。その逞しさに、にんにくはスマホをアサツキに見せ、顔を上げた。


にんにく「……だってよ」


アサツキ「あぁ……。相変わらずだな。」


アサツキの遠い目は、皮肉にも雨が上がり、抜けるような青空を映し出した窓へと向けられていた。


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