第9話_可愛いって、リノの話じゃない
「これ、セットなんだよ」
同好会の帰り、北見がスニーカーの上を指した。
白い靴下に、黄色いプリンが一つ。
もう片方には、銀色のスプーンが付いていた。
「左右違うの、わざと?」
「食べられるように」
「実際に食べる気で履くなよ」
北見は足を揃え、満足そうに見下ろした。
説明している時の顔があまりに楽しそうで、俺まで笑ってしまう。
水曜の六時半過ぎ。
駅へ向かう商店街で、俺たちは焼き菓子の店の前に立ち止まった。コック帽の猫が、プリンを持っている小さな看板がある。
「ほら、こっちもセット」
北見が看板を指した。
猫はちゃんとスプーンも持っている。
「撮ってくれる?」
「看板?」
「私も」
彼女が看板の横へ立つ。
俺は自分のスマホを出し、カメラを向けた。
最初の一枚は、帽子の位置がうまく重なり、北見自身が猫のコック帽をかぶっているみたいになった。
画面を見せると、彼女は小さく肩を揺らした。
「なんか、仕事増えてる」
「お菓子作る方?」
「この帽子でプリン持って立ってたら、おすすめ聞かれそう」
声まで少しよそ行きになる。
それから自分でおかしくなったのか、看板の猫と同じように首を傾げた。
俺はもう一度カメラを上げた。
「今の、撮っていい?」
「今?」
笑った顔のまま、北見がこっちを向く。
俺は一枚撮り、スマホを彼女へ渡した。
大きく笑ったせいで目が少し細くなっている。
看板は端へ寄ってしまっていて、靴下も写っていない。
「そっちの方がいいな」
「……今の顔?」
「うん。可愛い」
言ってから、北見の返事を待つ。
私服の感想なら、この前も言った。なのに、顔を見ながら言うと、急に距離の問題になる。
北見は画面を近づけ、少しだけ拡大した。
「プリンの方じゃなくて?」
「ここにいる方」
北見がスマホを少し下げ、俺へ目を上げた。
リノの衣装の話なら、配信の画面を見ながら言えた。
今は、言った相手が目の前にいる。
「……ちょっとピント、甘くない?」
「そこは、俺の腕の問題」
「そうだね。真壁くんの問題だね」
急に責任を引き受けてもらえなくなった。
けれど北見は、スマホを返す前にもう一度写真を見た。
「それ、送って」
「帽子の方も?」
「今の方」
スマホを受け取り、写真を送ると、彼女のスマホが鳴った。
帽子の写真は消し、看板へ向けていたカメラを閉じる。
「じゃあ、今度こっち」
北見が看板の横を空けた。
俺は自分の後ろを見てから、彼女を見る。
「俺も?」
「公平に」
「何の」
「一人だけ撮られるの、変じゃん」
彼女はカメラを開き、俺へスマホを向けかけて止まった。
画面を見ながら、自分の前髪を直す。
「そっち、自分映ってない?」
「……いま切り替えるとこ」
北見は画面を一度押し、改めて俺へレンズを向けた。
「そこでいいよ」
「帽子かぶる位置?」
「猫の横。少し右」
「俺から見て?」
「昨日と違って、私の画面見えないでしょ。右って言ったら、そっちの右」
昨日、同じ画面を見ながら、二人で同じ穴へ落ちた。
それに比べれば、立つ場所を変えるだけでいい。
俺が看板へ寄ると、北見は一歩引いた。
「真壁くん、今、負けた時の顔」
「写真、あんまり慣れてないんだよ」
「じゃあ、上の通路に何があったか考えてて」
昨夜のゲームで、俺が下で待っていたら、北見だけが上へ持ち上がった。
「俺の体重、役に立ったよな」
「そういう顔でいい」
シャッターの音がした。
北見が近寄り、画面を見せる。
そこにいる俺は、カメラの少し横にいる北見を見て、少し笑っていた。
「……これ?」
「うん。これがいい」
自分の顔なのに、北見が選んだ方が、俺が一人で作った顔より普通だった。
「それなら、もらっていい?」
「もちろん」
送られてきた写真を開く。
拡大するほど気になるところはあったが、消そうとは思わなかった。
*
駅までは、あと十分もなかった。
俺がスマホをしまう横で、北見はまだ自分の画面を見ている。
「どっかに載せるとか、そういうのじゃないから」
「うん」
「真壁くんの写真も。私のも」
俺はうなずいた。
二人で写真を選んでいた時にも、配信や投稿の話は一度も出なかった。
「俺も、送るのは北見にだけ」
北見がスマホを胸の前で持ち直す。
「……うん」
駅の手前で道が狭くなり、彼女が半歩先を歩いた。
俺は、さっきの看板の前にいた二人を思い出す。
北見を撮ったのは、俺のスマホだ。
北見が撮った俺の写真は、今、俺のスマホにもある。
もう一度写真を見ようとして、やめた。
道が広がったところで、俺は北見の隣へ追いついた。




