第8話_二人用なら、俺にも口を出させて
「私、青にした」
画面の中で、小さな四角いロボットが跳ねた。
火曜の六時半。通話の声を聞きながら、俺も色の選択を青へ合わせる。
「これでいい?」
「うん。出発」
ゲームが始まると、同じ形のロボットが二体、同じ足場へ落ちてきた。
俺が右へ動く。北見も右へ動く。
一体に重なった。
「待って。今、どっちが私?」
答えようとして、自分の駒も分からなくなった。
「一回、俺だけ動くから」
「うん」
左へ歩いた。
もう一体も付いてきた。
「俺だけって言った」
「見てたら、つい」
「ついで操作するな」
俺は設定へ戻り、自分のロボットを黄色にした。
北見が小さく残念そうな声を出す。
「せっかく揃えたのに」
「一体になってたぞ」
「仲良すぎたね」
「操作できなくなるほどは困る」
画面に青と黄色が並ぶ。
ふだん配信で聞いている声が、今日は俺の設定を変えるのを待っている。前髪を触りかけて、カメラは使っていないことを思い出した。
「黄色、似合ってるよ」
「俺じゃなくて四角いのに言ってるだろ」
「今は同じでしょ。ほら、真壁くんが止まるとそっちも止まる」
言いながら、青い方が俺の前で跳ねた。
何も押していない黄色まで、跳ね返りに少し揺れる。
俺はようやく、ゲームを進めた。
*
『ツイン・パス』は、二人で一枚の画面を見て、仕掛けを動かすゲームだった。
最初の区間はただ歩けばよかったが、次に来たのは、宙に浮かぶ大きな板と二本のレバーだった。
「左を引けば、床が水平になるんだね」
北見が足場に書かれた絵を見る。
青がレバーを引くと、傾いていた板が平らになった。
「じゃあ、俺が先に渡る」
「うん。渡った先にも何かある?」
俺は板の途中まで歩き、向こう側のレバーを見つけた。
そこで画面の上に小さな通路があるのに気づく。
「待って。上からなら、直接行けそう」
「そっち、床ないとこあるよ」
「一段だけなら跳べるだろ」
「その間に私も渡ったら早くない?」
北見がレバーを離し、俺は通路へ跳ぼうとした。
板が傾いた。
黄色は上へ跳ぶ前に滑り落ち、青は走り込んだ勢いでその後を追った。
同じ穴の底へ二体並んだ。
「……早かったね」
「落ちるのはな」
北見の笑う息が、イヤホンのすぐ近くに聞こえた。
つられて笑うと、彼女がもう一度笑う。配信のコメントを打つより、ずっと早く返ってきた。
やり直して、今度は俺が左のレバーを持った。
「北見が向こうに行ったら、そっちで引いて。俺も渡るから」
「分かった。絶対離さないでね」
「俺を信じろ」
「さっき床がないとこ行こうとした人が言ってる」
北見の青いロボットが板に乗る。
俺がレバーを少し動かすと、彼女はその場で止まった。
「真壁くん」
「どのくらい傾くか確かめただけ」
「今やらなくていいよ」
離すのをやめた。
彼女が向こうへ渡り、右のレバーを引く。今度は俺の番だ。
「真壁くんも、絶対に離さないでって言っていいんだよ」
「さっきの仕返しするつもりか?」
「しないよ。大人なので」
少しだけ板が揺れた。
画面の青いロボットが、一歩も動かずにこっちを向いている。
「今、動かしただろ」
「どのくらいか確かめた」
「分かった。お互いもう確かめなくていい」
俺は一度だけ立ち止まり、板が水平なのを見てから走った。
二体が同じ側の足場へ揃うと、画面の先に扉が開く。
「行けた」
「上の道、使わなかったね」
「あれは次回に取っとく」
「取っておかなくていいと思う」
北見はそう言ったくせに、次の区間で似た通路を見つけると、俺より先に上を見た。
「……一回だけ、試す?」
「誰の提案だったか覚えてる?」
「二人用だから、私の意見も聞いて」
北見は上の通路へ登り、俺は下で待った。
行き止まりには、中央を軸に傾く板がある。青が右端に乗ると、左端が黄色の少し上まで持ち上がった。
「そこまでなら届く?」
「届くけど、その先は行き止まりだぞ」
「うん。そこにいて」
俺は跳んで左端に乗った。板がこちらへ傾き、黄色が下がり、右端の青がせり上がる。
青は右上の足場へ跳び移り、扉の横のレバーを引いた。黄色の前に、橋が出る。
「上、行ってよかったじゃん」
「俺一人で行ってたら、また落ちてた」
「じゃあ、どっちの手柄?」
「俺の体重」
「色を変えたくらいで重くならないよ」
橋を渡り終えても、青はレバーを引いたままだった。
「もう離していいぞ」
「また一緒に落ちたら嫌だし」
黄色で青の横を一度跳ぶと、ようやく彼女も扉へ走ってきた。
*
七時五十二分。
やっと一つの区間を通り抜け、ゴールした二体が画面の中央で手を振った。
俺は机の上のコップを取る。
麦茶はもうぬるくなっていた。
「八時までだよな」
「うん。ここでやめとこうか」
北見の声にも、まだ少し笑いが残っていた。
次のステージへ進まず、二人でメニューへ戻る。
「じゃ、今日はありがとう。また遊びに来てね」
聞き慣れた締めの言葉に、俺は思わず画面の端を見た。
そこにリノの姿はいない。四角いロボットが一体、待機中の動きをしているだけだ。
「明日、同好会でな」
「……あ、うん」
少し静かになった。
通話のボタンへ手を伸ばすと、北見が言った。
「黄色の方、最後のポーズ見た?」
「見た。青だけ遅れてなかった?」
「違う。あれは一拍置いてるんだよ」
そこから、同じ穴へ落ちた話へ戻った。
上の通路の話になり、次はどっちがレバーを持つかでもめた。
「明日は、レバーないやつな」
「対戦に戻ったら、ちゃんと勝つから」
「今日も勝とうとはしてただろ」
「二人で、ね」
時計はまだ八時の少し前だった。
俺はもう一口麦茶を飲んでから、通話の方へ座り直した。
北見が何か言うまでの短い間を、今日はこっちから切りたくなかった。
八時になって通話を終えてからも、イヤホンを外すのだけ、少し遅れた。




