↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/26

第7話_その席、私が先に取った

「あそこ、三つ空いてる」


 江崎が指した席へ、俺がトレーを置くと、北見もすぐ右隣に自分の分を並べた。

 向かいへ座った江崎は、箸を割りながら俺の方へトレーを寄せる。


「真壁、詰めて。俺のこれ、そっち飛ぶかも」

「魚の骨を飛ばす前提で食うなよ」


 月曜の昼の食堂は、空いた席からすぐに埋まっていく。

 北見は鞄を椅子の下へ押し込み、ようやく自分の定食を見た。俺の辛口カレーにも目を留める。


「そっちも迷ったんだよね」

「今日はこっちにした」


 土日の食事が、どちらもパンだった。

 北見がカレーを覗き込む。


「私もそれにすればよかった」

「これ?」


 江崎がカウンター脇の札を指した。

 日替わりの文字の横には、赤い唐辛子が二つ付いている。


「けっこう辛いって。さっき食ってるやつが言ってた」


 北見の手が、箸袋を破りかけて止まった。


「……二つ?」

「一つじゃないな」


 俺が言うと、彼女はもう一度札を見た。

 それから、自分の皿の生姜焼きへ目を戻す。


「こっちでよかった」

「北見、辛いの駄目なの?」

「駄目じゃない。食べる時は気持ちの準備をするだけ」

「今日の準備は?」

「席を取る方に使った」


 言ってから、彼女は水を飲んだ。


 今日は机に盤がない。隣に置かれたトレーは、俺がちょっと肘を動かせば当たりそうな位置にある。


「そんなに急がなくても、席はあっただろ」

「空いてるところから埋まるじゃん」


 彼女は生姜焼きを一切れ、ごはんの上へ載せた。俺の方はもう見ていなかった。


 俺はカレーを一口食べた。

 辛い。けど、食べられないほどではない。


「どのくらい?」


 北見が俺の顔を見た。


「口の中に、しばらく居座るくらい」

「帰ってくれないんだ」

「水飲んでも、わりといる」


 彼女がまだ皿を見ているので、俺は食器台から小皿と新しいスプーンを取ってきて、カレーとごはんを少し分けた。


「一口だけなら試す?」

「……試す」


 北見は自分のスプーンでそれをすくった。

 口に入れ、二回ほど噛み、うなずく。


「おいしい」

「よかった」

「あとから来るね」

「来るって言った」

「まだ来てる」


 コップを見た彼女より先に、俺が立ち上がった。

 自分の水も空になりかけていたので、給水機で二杯注いで戻る。


 北見は椅子を動かさずに、鞄から出したハンカチだけ膝へ広げていた。

 俺の席には、さっきの空き皿が置かれないように端へ寄せてある。


「ありがと」

「もう一口は?」

「勉強になったので大丈夫です」


 俺は隣へ座り直し、小皿に残ったカレーを食べた。


「そういや来月の大会さ」


 江崎が、骨を避けた皿の横でスマホを出した。

 ボードゲームの小さな大会の案内だ。日程を見ながら、参加費と会場までの距離を気にしている。


「お前も考えてみない? 俺、出たいんだよね」

「同好会でやったやつ?」

「そう。初参加の枠もあるっぽい」


 江崎がスマホを俺の方へ向けた。北見も身を寄せて覗くが、斜めからでは文字が小さいらしい。


 向かいでは、江崎の隣にいた学生が食器をまとめて立った。


「北見、こっち来れば。向かいの席も空いたし」


 江崎が自分の隣を指す。

 北見はそっちを見て、椅子を引きかけた。


「……でも、ここ、私が先に取ったから」

「取ってくれて助かったわ。さっきより混んでるし」


 江崎はそう言って、案内を指で拡大した。

 北見の椅子は、元の位置へ戻っていた。


「見えた?」


 俺が聞くと、彼女はうなずいた。


「うん。だいたい」

「大会の日、何日?」

「……来月」


 俺は笑いかけて、やめた。自分の椅子を少し彼女へ寄せ、借りたスマホを二人の間に置く。


「ここなら見えるだろ」


 北見が、俺の顔を見た。動かしていた箸を置いてから、画面へ視線を落とす。


「……見える。十一月八日」

「俺もここ、座りやすいし」

「こっちに寄ってきたの、そっちでしょ」


 彼女は小さく言って、空になったコップを机の奥へ押した。今度は手を伸ばさなかった。

 俺も案内を読む。いつも江崎に勝てるわけじゃないが、知らない人とやってみたい気はする。


「ルール、ちゃんと読み直してからかな」

「それは俺も。あの追加のやつ、まだ覚えてない」

「私、それ見に行ってもいいの?」


 北見が、江崎のスマホではなく俺の方を見る。

 俺はうなずいた。


「出るならな。まだ決めてないけど」

「うん。出るなら」


 スマホを返すと、江崎は自分の予定表を開き、俺たちの講義が終わる曜日を聞いた。

 練習する日を先に考えているらしい。

 北見は自分の定食を食べながら、練習なら同好会でも見られるね、と言った。俺は椅子を戻さず、彼女の隣でカレーを食べ終えた。


     *


 食器を返したあと、江崎は別の棟へ向かった。

 俺は北見と、食堂の外まで一緒に歩く。


「昨日、帰ってから忙しかった?」


 人が少なくなってから聞いた。

 北見は軽く首を振る。


「準備、間に合ったよ」

「俺もちょっと観た。前半だけ」

「そっか」


 北見が嬉しそうに言ってから、俺の歩調に合わせた。


「明日の夕方、空いてる?」

「バイトないから、空いてる」

「この前買った二人用のゲーム、やらない? 六時半くらいから」


 自分の分しかない画面へ、あの声が返ってくるのを考えた。


「八時まででいい?」

「うん。それならちょうどいい」

「じゃ、俺も買っとく。何ていうやつ?」

「ツイン・パス。あとで送るね」


 北見はそこで、俺の学科の棟とは反対へ足を向けた。


「明日は、席を取らなくても俺が来るから」


 北見が足を止めた。


「……分かってるよ。約束したんだし」

 俺が返事をする前に、彼女はスマホを出した。送られてきたゲームの案内には、青い駒が二つ並んでいた。


「明日は、色も揃えられるよ」

「席だけじゃ足りないのか」

「ゲームの話してるんだけど」


 彼女は口元だけで笑い、俺の返事を待ってから歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。