第6話_北見が知らない、俺の好きな店
「その青い上着、似合ってる」
店の前で言うと、北見は開きかけた口を一度閉じた。
「……まだ何も聞いてないよ」
「昨日、先に言えって」
「うん。覚えててくれたんだ」
今日はそう返すらしい。
俺は、店の入口へ向けたはずの手を一瞬止めた。
午後一時。商店街の端にあるゲームセンターは、日曜にしては空いていた。
入口の音楽に、奥から古い電子音が混じる。北見は中を覗き込んで、俺が指した機械より先に、壁際の対戦ゲームへ目を留めた。
「これ、まだ動いてるんだ」
「そっちもある。けど、先に見せたいのがこっち」
俺は六つの丸いボタンが並んだ台へ案内した。
画面に出る順番どおり、光ったボタンを押す反射ゲームだ。見た目は地味だが、速くなると両端のボタンがずいぶん遠い。
「最初は順番に光るだけなんだけど、途中から待つやつが混ざる。点滅してる間に押すと失敗で」
「うん」
「で、急ぐと次の光を見落とす。ここで一回、手を真ん中に戻すと――」
俺はボタンへ両手を乗せかけ、横を見た。
北見はまだ百円玉も出していなかった。
「悪い。長かった?」
「ううん。続けて」
続きを待つ顔だった。
せっかくなので、先に一回見せることにした。
前半は順調だった。両端を往復する光を拾い、点滅を見送る。
北見が声を上げる。
「速い」
「ここから、もう一段――」
言っている間に、待つはずのボタンを押した。
失敗の音と同時に、俺の肩が上がる。
隣で北見が吹き出した。
「今の、もう一回見たい」
「あそこまでは結構いけるんだけど」
「違う。肩」
「肩?」
彼女は俺がしたのと同じように、首をすくめて両肩を上げた。
「押したの、手だよね。なんで肩も怒られるの」
「反省してるんだよ。全身で」
俺が退くと、北見が百円を入れた。
さっきの説明を覚えているのか、両手を中央へ戻して待っている。
最初の五つを押したところで、彼女も待つボタンを押した。
肩は動かなかった。
「真似しなくていいのに」
「押した方? 肩の方?」
「押した方に決まってるだろ」
北見は悔しそうに画面を見てから、次は手を広げたままやってみると言った。
「それ、戻さないと遠い方に間に合わなくなるぞ」
「戻してる間にも、次が来るじゃん」
左右の手で、三つずつを受け持つらしい。
俺はいつも片方の手で追いかけがちだった。言われてみれば、その方が近い。
二回目の北見は、遅いモードを最後まで通した。
俺も同じやり方を試す。さっき教えたことの半分を、早くも撤回することになった。
「やっぱり、この手の置き方いいかも」
「最初から説明に入れていいよ」
「発見者みたいな顔するな」
「発見したので」
今度は七つの光を間違えずに押す短いモードで競った。
俺は最後の一つを早く押しすぎた。北見は、一つごとに声に出して数え、七つとも拾った。
俺の肩がまた上がった。
彼女は結果の画面より、そっちを先に見ていた。
*
台を移り、二人で別々のレースゲームに座ったり、古い音楽ゲームの曲を選んだりした。
北見が知っている曲なのに俺の方が先に落ちるので、彼女は途中から歌うのをやめて笑っていた。
その後、反射ゲームへ戻った時だけ、俺は少し上手くやれた。
さっきより速い区間を抜ける。
「今の見た?」
「ごめん。こっちの遊び方見てた」
彼女が隣の台の説明を指す。
「じゃあ、もう一回」
「見せてくれるの?」
そう言われると、やるしかない。
百円を入れ、最初の五つを押したところで、俺は待つボタンを押した。
北見が笑いながら両肩を上げる。
俺よりずっと上手く、俺の失敗を再現していた。
「そっちはもう覚えなくていい」
「でも、もう一回見たいって言ったの、それだから」
「俺は違う方を見せたいんだよ」
ここへ一人で来た時は、失敗するとすぐ次の百円を用意していた。
今日は、北見が笑い終わるまで、少し時間がかかった。
*
四時を過ぎて、入口近くで飲み物を買った。
北見は壁の掲示に目を止める。
「……ここ、閉まるんだ」
俺も振り返った。
十一月一日、午後六時半をもちまして閉店。
見慣れた壁に貼られた新しい紙を、しばらく読んだ。
「知らなかったの?」
「先月来た時は、なかった」
一人でも寄れるし、百円あれば、失敗してもまた試せる。来月も同じように遊べると思っていた。
さっきの台では、もう別の客がボタンを押していた。俺はその横に空いた一人分の場所を見て、北見へ顔を戻した。
「その前に、また遊びたいね」
「うん。今日、最初の説明に入ってなかった押し方も試したいし」
「じゃあ今度は私が教える」
「それは一回勝っただけの人の発言だな」
「一回の勝ちは一回の勝ちです」
昨日の一打まで、取り返された気がした。
四時半に店を出て、駅へ向かう。
今夜は七時半から配信だ。北見が帰る電車は、俺とはホームが反対だった。
「今日はありがと。連れてきてもらえてよかった」
「北見が見たがってた方ばっかり上手くなったけどな」
「次は成功する方も見るよ」
次。
俺はうなずいて、彼女が改札を通るのを見送った。
帰りの電車で店のことを思い出した時、最初に浮かんだのは閉店の紙ではなかった。
六つのボタンの横で、俺の肩を真似する北見だった。




