第10話_土曜日は、俺から誘う
北見のスマホに、俺が昨日の夜に見ていたクラゲが映っていた。
木曜の講義が終わったあと、駅へ向かう前に少しだけ会う約束をした。学内のベンチへ並んで座り、何から言うか考えている間に、それが見えてしまった。
「それ、水族館?」
「……うん」
北見が画面を伏せる。
俺のスマホには、同じ水族館の開館時間が残っている。昨夜、送られてきた自分の写真を見直し、それから土曜日の天気を調べた。雨でも行けるところを探していたら、このページに来た。
「土曜日、空いてる?」
「今週?」
「うん。十日」
北見が、さっき伏せたスマホを起こす。
「何時くらい?」
「一時から。そこ、一緒に行かない?」
彼女の指が、画面の上で止まった。
返事が来る前に、俺も続ける。
「二人で」
北見はうなずきかけ、先に予定の画面を開いた。俺も一緒に覗こうとして、やめる。
「十三時……うん。そこは空いてる」
「じゃ、どう?」
「行く」
返事のあと、彼女の肩から少し力が抜けた。俺の方も、ようやく鞄の持ち手を離せた。
「大学の最寄駅で、一時に集合でいいかな。改札の外」
「うん。そこから電車だよね」
「二十五分くらい。券は向こうで買おう」
「入口まで歩くのもあるよ。十分くらい」
「詳しいな」
「そこに書いてたから」
北見が画面を俺の方へ向けた。
開いていたのは道案内ではなく、クラゲの展示だった。
「今、そこには書いてないけど」
「……さっきのページにはあったの」
横へ送ると、ペンギンの餌の時間。その隣には、館内の小さな喫茶店の写真まで保存してあった。
「これも行きたい」
「三つとも?」
「真壁くんは?」
「ペンギンは見たい。餌の時間に間に合うなら、そこからかな」
「クラゲは?」
「逃げないだろ」
「ペンギンも逃げないよ」
確かに。
北見はクラゲのページへ戻り、照明が変わった展示の写真を見せた。
「こっちは時間で色が変わるんだって。全部、同じ色かと思ってた」
「そっちの時間も見てみるか」
「うん。喫茶店は、歩き疲れたら」
「急に順番がまともになった」
「今までまともじゃなかったみたいに言わないで」
俺は笑って、北見の画面をもう一度見た。クラゲだけじゃなく、俺が見たかったペンギンの写真もある。
「北見も、行くつもりだった?」
「候補にはしてた」
「誰と?」
口にしてから、聞く必要があったか考えた。
けれど、北見は俺を見た。画面に戻らずに。
「……真壁くんと」
俺はもう一度、手元の開館時間を見た。何か確認するつもりだったのに、さっきまで読んでいた数字がうまく入ってこない。
「誘う方の練習、してたの?」
「練習じゃない。どう聞くかは、考えてたけど」
「じゃあ、俺が先に言わない方がよかった?」
「それは違う」
そこだけ、返事が早かった。
北見は俺を見たまま、スマホの端を指で撫でた。
「誘われたのは、嬉しいよ」
次の講義へ急ぐ学生が、ベンチの前を通った。その一人が過ぎるまで待ってから、俺は水族館のページを閉じた。
「俺も。北見が行きたかったの、聞けてよかった」
彼女の指が止まる。
今度はこっちが見られる番だった。誘いはもう済んだのに、俺は鞄を持って立つのを少し待った。
「……じゃあ、両方見よう。ペンギンもクラゲも」
「うん」
北見がスマホをしまった。俺も、自分の分を鞄へ戻す。
*
駅へ向かう途中、喫茶店に甘くない飲み物もあったか聞いた。それは着いてから、と返されて、俺も調べていなかったことに気づく。
改札の手前で、彼女が足を緩めた。
「一時、ここね」
「うん。土曜は一緒の電車な」
「……分かってるよ」
北見は改札を見てから、俺へ向き直った。
「じゃあ、土曜日」
「まだ木曜だけどな」
「うん。でも、土曜日」
俺もうなずいて、彼女が改札を通るのを見送った。
鞄からスマホを出すと、閉じたはずのページをもう一度開きたくなった。今度は、あの三枚を隣で見せてもらうところから思い出してしまう。
俺に見せる前の北見も、この写真を並べながら、誘う言葉を考えていたらしい。
俺は集合時間の下に、彼女が見たがっていたクラゲのページを添えた。




